sideギルナンディオ2


 サウラの指示を受け、俺たちはすぐさまギルドの外へ出た。それまでの間に影鳥を影の中に飛ばし、頭領ドンへ報せを送る。

 俺1人なら影を通ってすぐに向かえるがアドルがいるため飛んで行くしかない。それに行き先はドワーフの鉱山。頭領ドンとは鉱山前で落ち合う事にしたため、俺だけ先に着いても意味はない。ここで急ぐ意味がないという事でもある。


「ついて来られるか」


 ここから鉱山の前まで飛んで行くのに、丸1日はかかるだろう。急げばもう少し早く着くが、頭領ドンがどの程度で来るのかもわからない上、アドルに無理をさせるわけにもいかない。まぁ、いざとなればアドルは俺が乗せて飛ぶが。


「出来るだけついて行きます。修行になりますから」

「……無理はするな」

「はい。元も子もなくなりますからね。限界が来る前には必ずお伝えしますよ」


 アドルも俺の意図を正確に読み取ったのだろう、満点の答えを口にした。なるほど、サウラの秘蔵っ子であるわけだ。かなり優秀な男だ。


 俺たちはすぐに魔物型へと変化し、飛び立った。

 アドルは俺と同じで黒い鳥型亜人だが、数の多い輔翼鷭ほよくばんの亜人で、文字通り人を補佐する力に長けた種族。補助魔術を得意とした種族で、どんなパーティーにも1人いれば百人力と言わしめる者たちだ。


 そして身体の大きさは比較的小柄。影鷲である俺の半分以下の大きさしかない。だからこそ同じ距離、速さで飛ぼうと思っても俺以上に力を消耗する。

 しかし、そこは補助魔術のスペシャリスト。自身の運動能力を魔術で補佐し、俺の飛行について来ている。非常に頼もしい。だがやはり疲労はするだろう。様子を見て半日飛んだら休憩を挟もう。




 ひたすら飛び続けていると、やはり色んな事を考えてしまう。脳裏に浮かぶのは、満面の笑みを浮かべるメグの姿。


 メグ……無事だろうか。1人きりで泣いてはいないだろうか。悪しき者につかまって、乱暴されてはいないだろうか。

 人間の大陸だから、自然魔術が思うように使えず、さぞ困っている事だろう。身の安全を守る魔道具をたくさん持っているから大丈夫だとは思うが……混乱していたら使えないかもしれない。珍しく、高価な物ばかりを持っているからと、逆に狙われたりするかもしれない。

 人間は狡猾だ。そして信用ならない。笑顔でメグに近付き、騙そうとする者もいるだろう。


 そして何より……寂しがっていることだろう。


 それを思うと胸が張り裂けそうになる。必ず守ると約束したのに、ずっと側にいると約束したのに。


 何がオルトゥスナンバー2だ。どれほど力があっても、いざという時に大切な者を守れないなど、全く意味がない。

 メグ、メグ、メグ……! どうか、どうか無事でいてくれ。必ず迎えに行く。


『ギルさん』


 スッと、冷静な声で俺を呼ぶ声が聞こえた。隣を飛んでいたアドルだ。叫ぶでもないその声は、不思議と頭によく響いた。念話といえど、考え事をしている時は気付かない事があるというのに。


『信じる、ということは、とても勇気のいることなんですよ。知っていますか?』


 おそらく、俺が何を考えながら飛んでいたのかわかっているのだろう。焦りが見て取れるんだろうな……情けない話だ。


『絶対大丈夫だと信じて、もしも実際大丈夫でなかった時に、心に多大なるダメージを負うからなんです。ですから、人は最悪を想定してあれこれ考えがちなんですよ。こうだったらどうしよう、と考えることで、もしもの時の対策を考えているんですね』


 ギルさんなら知っているでしょうけれど、と付け加えてアドルは語る。そうだな、知っている。だが見事にその通りの思考になっているのだからどうしようもないな。


『けれど、人の信じる気持ちというのは時として力になります。信じる気持ちがその結果を引き寄せるんです。希望的観測ですけどね? でも、全くの無関係とは言えないと思いませんか?』


 返事に窮するな……それは、自分でもわかっている事だ。信じたい。メグは無事であると強く願っている。だが同時に恐ろしい。もしもの事があった時に、俺は俺を保てるか自信がないのだ。

 俺が黙っていると、アドルは良いんですよそれで、と口にした。まるで考えを読んでいるかのようだ。


『ギルさんは、ギルさんの心を守るためにそうして悪い事を考えていてください。貴方が負う心のダメージは……もしもの時にとても大きなものとなりますから』

『……お前は本当に人の心を読むのが上手いな』

『今のギルさんならわかりやすいですから。普段はこうはいきませんよ』


 アドルはおどけたように言ってみせた。加えて人の心を掴むのも上手いやつだ。


『全面的に信じて疑わない役は、私が引き受けます。私は何が何でも信じてみせましょう。メグさんは無事です。絶対に』


 力強いその言葉に、幾分か心が励まされた気がした。後輩に励まされるなんてな……思わず自重気味な笑いが溢れる。


『……情けないな、俺は』

『親とは、そういうものなのだそうですよ? それに、完全無欠だと噂されるギルさんの、人らしい一面が見られて、私は安心しています』


 完全無欠、か。そうあろうと努力していた時期もあったように思う。だが、メグに会ってからはその考えも変わった。

 メグは、俺にも怖がる事を許してくれたのだ。それが、どれほど俺の心を救ってくれた事か。強くあろう、完璧でいようと自分で自分の首を締めていたその手を、そっと解いて握りしめてくれた。抱きしめ、受け止めてくれた。


『……俺は、ただの人だ』


 俺もただの人なのだと教え、ただの人である事を認めて受け入れてくれたのだ、メグは。


 大切で、誰よりも愛おしい。俺の、家族。


『ところでギルさん、そろそろ、その……』


 アドルが言いにくそうに訴えた。そうだな、そろそろ休憩にしよう。


『気を休ませてくれたからな。今度はお前の身体を休ませるとしよう』

『あ、ありがとうございます……』


 誰にでも遠慮なく意見は言える癖に、こういう場面では少し遠慮がちになるんだな。いや、力不足が悔しいのかもしれない。


 そうして、適当な場所を見つけて地に降り立った俺たちは、各々休憩を取った。その間に俺が放った影鳥が戻ってくる。頭領ドンと繋がっているようだ。


頭領ドン、今どこに?」

『ギルか。俺はもうじき鉱山入り口に着くぜ?』


 なんでも、頭領ドンは最初からそちら方面に向かっていたようだ。驚いて、わかっていたのか尋ねると、勘だと返ってきた。この人は重要な場面でよく勘が当たる。サウラの次に勘が働く人だと思う。


『アーシュもすぐこっちに来るらしい。俺は先にドワーフと話をしてくる』

「わかった。それなら俺たちもすぐに向かう。今日中には着くだろう」

『おう、待ってるぞ』


 それだけを話して影鳥との通信を切った。そうか、魔王も出てくるか。また仕事が溜まってくるだろうが、娘の一大事とあれば当然か。クロンも苦労する。


「……これ、私たちが行く必要あったんですかね? 魔王様も来るなんて……」


 困惑したように言うアドルに少しばかり口角を上げた。言いたいことはわからなくもない。


「必要だ。俺は人間の大陸に行った時に捜索する役目がある。アドルはおそらく、ドワーフとの交渉が最初の役目だろう」

「え、でも頭領ドンや魔王様が交渉するのでは?」


 不思議そうに聞いてくるアドルによく考えてみろ、と声をかけた。


「俺でさえ取り乱してるんだ。あの2人が冷静に交渉出来ると思うか?」

「…………私が必要ですね」


 フッと笑ったアドルを前に、俺はすぐさま魔物型へ変わる。アドルも心得たというように俺の背にのり、そのまま上昇した。


 1分1秒でも早く到着せねばならない。あの2人が暴走して、ドワーフたちと喧嘩する前に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る