護身術を身に付けたい


 朝だ! 部屋の窓から差し込む陽射しで目を覚ました私は、むくりと身体を起こして伸びをする。そこそこ早起きな私だけど、向かい側のベッドにもう人はいないとこを見ると、ラビィさんはもっと早起きさんなのだろう。……夜も私より遅かっただろうに、いつ寝てるのかな?

 キョロキョロと部屋を見渡してもラビィさんはいない。どこかに出かけてるのかな? と思ってヒョイと窓の外を覗いて見ると。


「あっ」

「ん……? おや、メグ。おはよう! 起きたんだね」


 窓の外はちょうど宿の裏庭に当たる場所だったみたい。井戸があるその場所はほんの少し広くなっていて、ラビィさんはそこで剣の素振りをして汗を流していた。すで全身汗だくで、きっと早くから起きてずっと鍛錬してたんだろうなぁ。すごい。


「もう少ししたら終わるから、着替えてこっちにおいで。顔を洗うだろう?」

「はい! わかりましたー!」


 返事をしてから部屋に頭を引っ込ませた私は、ラビィさんの冒険者としての姿を見た事で胸が熱くなっていた。なんでかって?

 カッコいいから! ただそれだけだ。戦う女の人って、鍛錬する女の人って、カッコいい!


 そうだよね、何にもしないで強くなる人なんていないもん。私も、幼女だからって守られて、何もしないままでいたら、結局何も出来ない大人になっちゃう。そ、それはまずい。自然魔術しか取り柄がないだなんて、今みたいに魔術が満足に使えないような状況になったら何も出来ない。


 オルトゥスのみんなだって、それぞれ弱点を抱えてる。でもそれを補う何かをみんな持ってるって聞いたことがあるじゃないか。サウラさんだって身体は弱いけど、いざとなったら逃げ切る事の出来る切り札があるって言ってたもん。

 じゃあ私は? 何が出来る? 何もできずにただ泣くだけだきっと。そんなんで、次期魔王が務まるとは思えない。いつまでも甘ったれてちゃダメだ。もう50歳になるんだもん。そろそろ考えて、鍛錬しなきゃ!


 そう思った私は収納ブレスレットから急いで昨日の服を選び、一瞬で着替えた。毎回収納するだけで洗濯済みな事に感謝し、トタトタと走ってラビィさんの元へと向かう。




「鍛えてくだしゃい! 私をっ!」


 ゼハーゼハー、と荒い呼吸をしながらラビィさんの前でそう告げた。締まらない……まず挨拶から説明からなにもかもすっ飛ばしてこれを言ってしまった辺り幼女だわ、私。ほら、ラビィさんも目を丸くしてるじゃないか。ひとまず、おはようございますと取ってつけたようにペコリと頭を下げて挨拶すると、そこでようやくラビィさんが吹き出した。なんかすみません……


「おはよう。なんだい? 突然。……強くなりたいって、思ったのかな?」


 ラビィさんは首からかけたタオルで汗を拭きながら私に言う。こんなちびっ子だからとあしらう事なく、ちゃんと話しを聞いてくれるみたいだ。それだけで嬉しい。


「ううん……私はきっと、そんなに強くはなれないでしゅ。でも、魔術が使えない時、いざっていう時のために、せめて自分の身が守れるくらいには、逃げ切る事が出来るくらいにはなりたいんでしゅ!」


 自分に出来ることと、出来ないことくらいはわかっている。今からずっと鍛錬を続けていれば、いずれは強くなれるかもしれないけど、正直望みは薄いと思っている。それでも、自分の身を守ることくらいは出来るようになるはずだ。


「足手纏いは嫌なんでしゅ。今から少しずつ、鍛えていきたいけど……何をすればいいのかわからないから……」

「……そっか」


 私がそう伝えると、ラビィさんはそっと頭に手を置いて、そしてひと撫でするとその場に屈んで私と目を合わせた。


「わかった。それなら鉱山までの旅の間、時間の空いた時には一緒に鍛錬しよう。ただ、厳しいよ?」


 ウインクしてそう言ったラビィさんに、頰が紅潮していくのがわかった。私はぐっと両拳を握ってがんばります、と元気良く答えたのだった。オルトゥスの優しすぎる保護者以外からの鍛錬である! がんばるぞーっ!




 ひとまず今日はもう朝食の時間なので、その場で顔を洗い、リヒトやロニーとともに食堂へとやってきました! もぐもぐと朝食のパンとトマトスープを食べながら、今私はいざという時の為の心得をラビィさんから聞いています!


「護身術って言っても、体を鍛えることが全てじゃないんだ。そりゃ強ければ相手を打ち破れるかもしれないけど、1番大切なのは危険な目に遭わないことだ」

「それ、当たり前の事……?」


 ラビィさんの講義に、疑問を口にするロニー。たしかに。


「そう。その当たり前が大事なんだ。でも意識するだけで違うよ? 1人で人通りの少ない場所や暗い場所をウロつかない、怪しいと思った人には近づかない。当たり前のようでいて、意識しないと意外とやってしまったりするもんさ。近道だから、時間がないからって思ったりしてね」


 言われて目から鱗である。説得力がありすぎた! 私なんか特に、未だに大人な自分の癖が抜け切らなくて1人でウロウロしがちだもん。何度叱られた事か……!


「ま、これは大前提の話。誰だって、危険な目にあいたいわけじゃないでしょ? それを、少しの注意で避けられるならそれに越したことはないんだから、これはとにかく頭に叩き込む事。それが大事なんだ」

「わかりまちた!」


 ごもっともである! 私は腕をピシッと真っ直ぐあげて返事をした。良い子だね、と頭を撫でられた。えへ。


「じゃあ次。もしも、危険な場に遭遇したら、だ。簡単に出来ることから教えるよ?」


 ラビィさんはトマトスープを一気に飲み干すと、舌でペロリと唇を舐めた。なんだかセクスィ。


「これは私も緊張した時に必ずやるんだけどね。深呼吸だ」

「深呼吸?」

「そう。危ない、と思った時こそ落ち着かなきゃならない。慌てて変な行動を起こして、余計に厄介な事になったら元も子もないでしょ?」


 だから、危険を前にパニックになったら、ゆっくり大きく息を吸って吐く深呼吸を、落ち着くまで繰り返すんだよ、とラビィさんは言う。それだけで随分落ち着くから、冷静に物事を考えられるんだって。

 理に適ってると思う。脳に酸素を行き渡らせるって事だもん。それに、実際落ち着くよね、深呼吸って。


「さて、じゃあここで問題だ。深呼吸して冷静になった頭で何を考える? 危険な状況は変わらない。さぁどうする?」


 えっとえっと、目の前に危険な状況。私だったらどうにかして……


「逃げる、こと?」

「おっ、正解だよ、メグ。よく出来ました! そこの馬鹿は戦うって答えたからね!」

「ぐっ、昔のことを言うなよラビィ!」


 なるほど、リヒトはすでにこの講義を受けていたんだね! いや、私だって力があったら戦う! って答えてたと思うし、リヒトの気持ちもわかるよ。


「大前提が危険な目にあわないこと、なんだから、逃げる事を考えるのは当然の流れさ」


 そう言ってラビィさんは腕を組んで笑った。お、おう、正解して良かったよ……! 私は誤魔化すようにパンを口に放り込んだ。もぐもぐ、おいしい!

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