魔物事情


 長閑な村の風景が目に入る。今は早朝と言ってもいい時間だと思うのに、すでに村の人たちは忙しなく動き回っていた。朝早いー!


「おや、旅の人なんて珍しいね」


 村に入ってキョロキョロしていたら、農作業をしていたおじさんが作業を止めて声をかけてきた。最初は不審な物をみるような目付きだったけど、私たち子どもに目を止めるとすぐに警戒をといたようで、目尻を下げて笑ってくれた。子ども効果すごい。


「おはようございます。この辺には誰も来ないんですか?」


 その声を受けてラビィさんが笑顔で問いかけた。慣れてる感じがする。


「そうだなぁ、行商のおっさんたちばっかりだよ! お前さんたちはどこかに行く途中なんだろ?」

「ええ。中央の都まで」

「そりゃまたえらい遠くまで行くなぁ。この村にゃ店もないから物資の調達も出来ないだろう。2つ先の村はそれなりに大きいからそこへ向かうといい」


 気さくなおじさんだなぁ。そして親切。こちらが何も聞いていないのに必要な情報を教えてくれるんだもん。


「2つ先ですね、ありがとう。ちなみにどのくらいかかりますか?」

「歩いて行ったら1日と半日くらいはかかるだろうなぁ。あ、そうだ。おぉーい! ジェットー!」


 腕を組んで考えていたおじさんが、少し離れた場所で馬の世話をしている男性を大きな声で呼んだ。すごいよく通る声! お腹から声を出してる感じだ。豪快な雰囲気がニカさんっぽくて思わずにやけてしまう。


「ん? なんだぁ?」


 ジェットと呼ばれた男性が小走りでこちらに来てくれた。焦げ茶の癖毛を短く切り揃えたガタイの良いおじさんだ。でもまだ若そう。30代くらいかな? あ、ジッと見ていたら目が合ってしまった。でもすぐにラビィさんより濃いめの琥珀の瞳が柔らかく細められた。


「この子たちを2つ先の村まで連れてってくんねぇか? 確かちょうど仕入れに行くとこだったよな?」

「ああ、もうじき出ようと思ってたとこだ。荷台の狭いとこになるが、それで良けりゃ乗ってくれ」

「良いんですか? 助かります!」


 なんとラッキー。たまたま今日は10日に一度村で使う食品や日用品を仕入れにその村まで行く日だったんだって。馬車だから夕方までには着くらしい。ジェットさんは明日村で品物を積んで、その次の日にまたこの村に戻ってくるのだそう。行きは村で採れた野菜などが積んであるから少し狭いぞ、と言われたけど乗せてもらうんだからそれだけで十分だよね!


「じゃ、馬車の準備ができるまで少し待っててくれな」


 そう言い置いてジェットさんは再び馬の元へと駆けていった。イケオジ様だ!


「あの、いつもジェットさん1人で仕入れに向かうんですか?」


 待ってる間、話し相手となってくれたおじさんに、リヒトがそう問いかけた。


「ああ、大体アイツが担当だな」

「その、危険とか、ないんすか……?」


 リヒトの続く質問におじさんは驚いたように目を丸くし、次いで得心がいったというように何度か頷きながら答えてくれる。なんだろ?


「お前さんたちがいたところは盗賊か獣が出て来やすい場所だったのか?」

「う、うん。獣は小型から中型だから、むしろ狩りができて歓迎だったけど、盗賊がいたんだ。小規模のゴロツキみたいな奴らだったけど……」


 盗賊か……やっぱりそういう人たちもいるんだなぁ。これまでとは環境が違いすぎて実感がわかないけど、私、能天気すぎたかも。自分の身は、最終的には自分で守らなきゃいけないんだから。


「ま、あたしが取っ捕まえたけどね」

「おぉ、姉ちゃん強いんだな! 帯剣してるし、やっぱ冒険者なのかい?」

「ええ。この子たちの護衛にね」

「そりゃあ、心強いな。だが、この辺りは平和そのものだから出番はないかもしれねぇなぁ!」


 わははと豪快に笑うおじさんはやっぱりどこかニカさんっぽくて笑いを堪えるのに必死だ。ついでに恋しさも。でもそっか、この辺は平和なんだね。だから気兼ねなくジェットさんも1人で仕入れが出来るんだ。というかこの村自体、小さな柵で周囲を囲ってある程度で、村も荒れてる様子がないから、平和なのは本当なのだろうことがわかる。でも時々森から出てきた獣が畑を荒らしにくることはあるんだって。それもそうかぁ。

 ここでふと、気になることがあった。でもおじさんに聞くわけにはいかないので、クイクイとリヒトの服の裾を引っ張った。気付いたリヒトが振り向き、どうしたのか目で訴えるので、手を口元に当てて内緒話の姿勢を作る。理解したリヒトは屈んで耳を差し出してくれた。


「人間の大陸には、その……魔物は、いないの?」


 そうなのだ。魔大陸では、村や町から少し離れれば当たり前のように魔物がいる。うじゃうじゃはいないけどね? 当然魔物たちにも縄張りがあるわけだから。でも、悪さする魔物は一定数いて、討伐もされたりしてる。自衛手段を持たない者が村や町の外を歩くのは正直危険なのだ。


「ああ、なるほど。魔大陸にはいるんだよな……聞いたことがある」


 リヒトは片眉を上げて何言ってんだコイツ、という顔をしたが、すぐに私が魔大陸出身だと思い出してそんなことを言った。


「そもそも、空気中の魔素が少ないこの大陸で魔物は生まれねぇよ。つまり答えはいない、だ」


 あ、そっか。魔素が少ないって事は魔物にとっても住みにくい土地なんだここは。身体が少しずつこの環境に慣れてきたから忘れてた。


「でも、鉱山周辺には、いる」

「え、そうなのか?」


 そこへ、話を近くで聞いていたロニーがそう口を挟んだ。鉱山周辺には? ってことはもしかして。


「鉱山周辺は、魔素が濃いって事?」

「そう。でも魔大陸ほどじゃないとは思うけど……僕たち、魔術使えるから」


 言われてみれば確かに。魔素がなきゃ精霊だって住めないんだから、ロニーたちドワーフは自然魔術を使えない事になる。魔大陸の鉱山と転移陣で繋がっているのが何か影響してたりするのかな。でもこれで希望が見えてきた。だって、鉱山まで行けば魔術が使えるって事でしょ?


「ショーちゃん、魔素があったら、離れてても魔大陸までおつかいに行けたりする?」


 そう。魔大陸にいる魔王さんなら、一番近いからなんとかなるかもしれないと思ったのだ。確認のためにブレスレットについてる魔石に向かってそっと話しかけてみた。いつもなら脳内で会話出来るけど、今は弱ってるから声に出して話しかける。ブレスレットは服で隠れてるけど、伝わるはず。


『魔素の濃さにもよるかもしれないけど、たぶん魔大陸の方に向かうなら距離は問題ないのよー』


 魔素の多い方へと向かうなら徐々に力が回復するから大丈夫だと思う、との事だ。帰って来る時は私が呼べば、精霊契約のお陰ですぐ転移されて戻って来られるもんね!


「メグの、精霊?」


 私がショーちゃんと話していると、ロニーがそう尋ねてきた。あ、そっか。ドワーフだからショーちゃんの声が聞こえたんだね。


「うん、声の精霊なの。いつか、紹介するね」

「声? 珍しい……僕は大地の精霊と、契約してる。鉱山に着いたら、紹介する」


 そう言ってロニーは胸元を拳で軽く叩いたので、きっとロニーも魔石のネックレスを隠し持っているのだろう。大地の精霊かぁ。身近にいなかったから会えるのが楽しみだ。私たちはふふっと微笑みあった。


「……不思議な会話だなぁ」


 そんな私とロニーの様子を、リヒトはおかしな表情で首を傾げて見ていたから、思わず吹き出して笑ってしまった。ごめんごめん! だって面白い顔になってたんだもん!

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