魔王城へ行こう! 中編


 魔王城へはお父さんの車に乗っての移動だった。お父さんの記憶にあるものなら生き物以外はなんでも再現して出す事が出来るんだって……何そのチート能力。

 でも、お父さんが触れてなければいけないとか、機械系、武器なども構造がある程度理解出来てないと出せても使えないなどの制限もあるようだ。お父さんは車の部品も扱う会社で働いていたからお手の物だね……それでも出した車は高級車などではなく、家で使ってたごく一般的なものである辺りお父さんだなぁなんて思ったり。ま、使い慣れた物の方がいいってのはわかるけどね!


「お前は飛んで行きゃいいだろ、アーシュ」

「まぁ、そういうな。ユージンのクルマとやらに乗るのも久しいのだから我にも楽しませてくれ」


 前の2人はそんな軽口を叩き合っている。やっぱり仲良しだ! ちなみに私はお父さんの後ろの席に座っています! 安心安全チャイルドシートです!! くっ……!


「メグ様、ほら見えてきましたよ。貴女を歓迎する魔族たちです」


 1人悶えていると、年数を経てだいぶ打ち解けてきたクロンさんが相変わらず不器用な笑顔でそう告げてきた。手で示す先を目で追うと……う、わぁと思わず声を漏らす。


「来たぞ! メグ様ーっ!!」

「お顔を見せてぇっ!」

「なんて不思議な乗り物なんだ……さすがは魔王様の親友、ユージン様!」


 ものすごい熱が伝わる……! チラ、とバックミラーに映るお父さんの目元を見ると、眉間にシワが寄っているのが見て取れた。かと言って心底嫌がっているわけじゃないんだよね、それ。反応に困るんでしょ? うん、わかるよ……私も今同じ顔をしてる気がするもん。


「ユージンよ。約束であるぞ」

「……わーったよ!」


 魔王さんの言葉に嫌そうに返事しながら、お父さんは車の上部分を消し去った。え、そんな事出来るの!? この車はいたって普通の車だったのに、あっという間にオープンカー! おかげで私たちの姿は外に丸見え! そのおかげで歓声がさらにわっと盛り上がった。

 そんな皆さんの声援に応えないわけにもいかなくなった私は、出来るだけ笑顔を心掛けて手を振り続けたのだった。




「ちゅかれた……」

「お疲れ様でございました、メグ様」


 ようやく魔王城内へと入り、周囲の歓声の届かない位置に着いた時、私はくてんと隣に座るクロンさんに寄りかかった。それを優しく受け止めて頭を撫でながら労ってくれるクロンさん、優しい。


「少し休憩したら、城の中を案内しよう」

「お願いしましゅー」


 ぐったりしている私に苦笑を浮かべながら魔王さんがそう告げた。同じように笑顔で手を振り続けていた魔王さんは慣れているのか平気そうだ。うーん、魔王って大変なのね……! 私もいずれ慣れたりするのかな? とても出来そうにないよ……そんな事を考えてちょっぴりしょんぼりしてしまった。


 さて、気を取り直して魔王城探険だー! 魔王城はもっとおどろおどろしい様子を想像してたけど、もちろんそんな事はなかった。おとぎ話に出てきそうな洋風の外観で、内装も高価そうな壺やら絵やらが飾ってあって、庶民派な私は触って壊したらどうしよう……なんてビビりながら歩いた。

 そんな様子を察したお父さんに、後で落としても壊れないように魔術もかけられてるぞ、と笑われたんだけど……そういうのは早く言ってよね! と怒った私は絶対悪くないもん!


 魔王城は正直広すぎるので一度に見て回るのは無理! って事でひとまず魔王城自慢の庭園に行くことになった。それでは庭園でお茶にしましょう、とクロンさんがその場を去ったので魔王さんとお父さんの3人で向かう。その間大人2人が話し始めたので、私は黙ってその会話に耳を傾けていた。


「最近は随分魔王国も落ち着いたらしいな」

「ユージン、それは以前に比べればそう言えるかもしれぬが、まだまだ問題は山積みであるぞ」

「……奴隷か」

「それが一番の問題なのは確かであるな」


 奴隷問題。魔王国では裏で人間やその他珍しい亜人を人間の大陸へと送る売買が密やかに行われているらしい。かなり遠いといえど、魔王国が最も人間の大陸に近い位置にあるからみたい。

 裏で行われている取引ではあるけど、奴隷は犯罪者がほとんどで、ネーモの時のような明らかにおかしいやり取りはないらしい。こちら側は。

 どうも人間側ではそうじゃないらしい、というのが問題となってるんだって。つまり、攫われてきた子どもなんかが売られたりするって事だよね……許せない。でも、遠く離れている地であり、相互不干渉を決めている分なかなか難しい話になってるみたいだ。


 そういう話で悩み、心を痛めている様子を見ると、魔王さんも一国の王なんだなって実感する。そして、自分には到底出来ないって思って心がどんより沈んでしまうのだ。

 これは度々考えてしまう私の悩みでもある。はぁ……


「メグ、また悩んでおるな?」


 そんな私の様子に気付いたのか、魔王さんは目を細めてそう聞いてきた。私は思わず声を詰まらせてしまったけど、素直に頷いてみせた。


「メグよ、そなたはまだ世界を知らぬ。確かにそなたは次期魔王だ。それは足掻いても変えられぬ」


 そう。私は次期魔王。本来実力で決まるが、私は魔王の血を受け継いでいる時点でこれは変えられないとわかってる。思わず俯くと、突如感じる浮遊感。気付けば目の前に魔王さんのうっつくしい顔が。あわわ!


「ただ、そなたの人生はそなたが決める事というのも変えられぬ事だ。今すぐに覚悟を決めろとも、どうするか決めろとも、誰も言わぬ」


 魔王さんは私を抱き上げたまま庭園をゆっくり歩き、開けた場所にあるお洒落なテーブルまで来ると、椅子に腰掛けて私を膝の上に乗せた。


「我とて魔王となるのが嫌で、恐ろしく、逃げ出した身。だからこそ見えてきたものがあった。失ったものは多く、それでいて得たものは微々たるものであったが、それでも答えのようなものが見つけられたのだ。こんな未熟な我であるというのに支えてくれる者が増えたのだ」


 向かいの席にお父さんが座り、私に優しい眼差しを向けてくれている。再び魔王さんを見上げると、今度は少し切なげな表情を浮かべた。


「メグ、そなたはこれから長い時を生きる。……それにまだ幼い身であるからな。今仲の良い者たちはそなたを置いて先に逝く。だが悲観ばかりするでない」


 ツキンと胸が痛んだ。それは私が最も恐れている事だからだ。私はとにかく寿命が長い。同じくらい長いマーラさんたちでさえ、私よりずっと長く生きているわけだから、事故や病気にでもならない限り、どうしてもいずれ私が取り残されてしまう。


「そなたは人を惹きつける。長い生の中、また新たな縁を結び、輪となって広がってゆく。安心するのだ、そなたの家族は我らだけではない。まだ見ぬ、まだ生まれてもおらぬ家族が、そなたを待っている筈だ」


 別れもあるけど、出会いもまたある、と魔王さんは言ったのだろう。チラ、とお父さんを見ると魔王さんと同じような、切なくも優しい目をしていた。


「……でも、やっぱり寂しくて、悲しいのはどうしようもないでしゅ」


 わかってはいるけど、まだ出会っていないからこそ未知で、不安は大きい。しょんぼりと肩を落としていると、大きくて暖かな手が私の頭を撫でた。


「そうだな。今はそれでいい。悲しんでもらえないのも寂しいものだからな」


 お父さんが苦笑を浮かべてそんな事を言った。


「うむ、今の世は平和だ。ゆえにこれもまたずっと先の未来。今から心の準備をせよと言うつもりもない。少しずつでいいのだ」


 魔王さんはそう言うと私をそっと隣の椅子に腰掛けさせてくれた。


「今はただ純粋に、我の自慢の魔王国を楽しんでくれ。様々な者たちと言葉を交わしてみてくれ。それだけで良いのだ」


 そう言って笑う魔王さんの笑顔は、とても清々しく、自信に満ち溢れていた。

 いつか私も、そんな風に笑えるといいな。そう思いながらタイミング良く運ばれてきたクロンさんの紅茶を飲み、ホッと一息をつくのだった。

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