魔王城へ行こう! 前編
「ふわぁ、海だー!」
「お、メグになってからははじめてか」
現在、私はギルドを飛び出してお父さんと旅に出ております! と言っても任務とかではない。なんと、ついに魔王城へとやってきたのである!
ずっと行くよと約束してたのになかなか機会がなくて、魔王さんから泣きの手紙が届いたんだよね……ついでに魔王さんの側近、クロンクヴィストさん、通称クロンさんからも近頃仕事の進みが遅いので是非にと頼まれたのだ。これは可哀想だ(クロンさんが)と思った私はお父さんに相談したのである。
だって私が魔王城に行けてなかったのって、心配性の保護者たちが理由ってのが大きいんだもん! 心配してもらえるのは嬉しいけどね?
まあそんなわけで、お父さんもクロンさんの言うことならと渋々予定をあけて、ようやく魔王城行きが決まったのだ。オルトゥスのある街以外だとハイエルフの郷くらいしかちゃんと行ったことがないから実はワクワクしている。それに、お父さんとの旅。旅行だよ? 嬉しいに決まってる!
「小さい頃以来だよね、お父さんと来たの」
「そうだな……懐かしいな」
2人で少ししんみり海を眺めてしまう。あ、ずっと遠くに大きな山のような影見えるなぁ……そんな事をのんびり考えていると。
「我を……我を忘れないでくれないか。寂しいぞ……っ!?」
「親子の時間を邪魔すんなアーシュ」
魔王さんの悲しげな声で我に帰る。そうだった、今は魔王さんに周辺を案内してもらってる途中なんだよね! お父さんたら、対応が冷たい……!
「もう、そんな事言わないのっ! 父さま! 海の向こうに見える影はなんでしゅか!?」
見る見るうちにしょげていく魔王さんがあまりにもかわいそうだったので、私が慌てて魔王さんに話を振ると、わかりやすくパァァッと顔を明るくした魔王さんがウキウキ説明しようと声を上げる。お父さんが呆れたようにため息をついたのが聞こえた。
「近くにあるように見えますが、実際はかなり遠いんですよ。空を飛ぶ亜人でさえ、渡りきることの出来る者はほんのひと握りです」
しかし説明を始めたのはクロンさんだった。なんてクールなんだ……! 見てよ、ほら、魔王さんのショックを受けた顔をっ! あ、口角を上げた。クロンさん、確信犯ですね……?
「う、うむ。我であっても渡りきるのは至難の技だ。なんせ人間の大陸に近付けば近付くほど、魔素も少なくなるからな。消費魔力が半端ではないのだ」
すぐに気を取り直した魔王さんは、そのように言葉を繋ぐ。そういえば、人間の大陸には魔素が少ないんだよね、確か。
魔素とは、空気中に含まれる魔力の素となるもの、だったかな。それがあるから魔術を使う時の負担が軽減されてるんだって。こちらの大陸ではそれが普通だから皆気にも留めないんだけど。でも、人間の大陸は魔素がとても少ないから、人間は魔力を持っていたとしてもうまく魔術を使えないし、威力もあまりないんだとか。そもそも魔素の少ない地で育って生まれた者は、その時点で保有魔力も少ないらしいんだけどね。
だから亜人や私たちのような種族は魔力が多いから生活するのにとても便利な存在で、人間の間で奴隷やペットとして売買されてしまうんだって。う、怖い……!
「あの地で全く魔術を使えないわけではないのだがな。我々にとっては不利な大陸だ、あそこは」
「行ったことあるの?」
「あるぞ。1度だけな。鉱物の取引の時に」
けどもう行きたいとは思わない、と魔王さんは続けた。そ、そんなに力が制限されちゃうんだ……魔王さんなら魔術が使えなくてもかなり強そうだけど、魔術が使えないって心細いだろうなぁ。環の時には考えもしなかった思考だけど、世界が違えば環境も違うしね。私なんかは魔術使えなかったら本当にただのひ弱な子どもだもん。ショーちゃんたちに頼めないなんて……無理!
「そん時は船で行ったのか?」
「行きはな。だがあまりにも時間がかかり過ぎるからな……帰りはズルをしたのだ」
そう言いながら悪戯っ子のような笑みを見せた魔王さん曰く、大陸間の行き来の主流は船だそうだけど、もう1つとても簡単な方法があるんだって。
「ここにある鉱山と、人間大陸の鉱山はどちらもドワーフが住み着いているのだ。そして、ドワーフたちは鉱山を自由に行き来できる。何のことはない、鉱山の奥深くに転移陣があるのだ」
その転移陣を魔王権限で通らせてもらったという。もちろん、使わせてもらう代わりにドワーフたちの求めた対価も支払ったらしいけど。
「……うちのカーターは違うが、ドワーフは気難しい奴らだ。一体どんな対価を払ったんだよ……」
「いや、大したことはないぞ。魔王城近くで商売を始めたいと言うのでな。それを言い出せずにいたようでちょうど良かったと快諾してもらえたぞ」
なるほど、ちょうどいいタイミングだったわけだ。まさにウィンウィン! そうでもなければもっと対価を要求されたりとかしたのだろうか。そんな私の思考を読んだのか、お父さんが意地悪そうな顔で付け加えた。
「ドワーフの鉱山はいわば奴らの根城、ホームだからな。まず通してもらうだけでもかなりハードル高いぞ。俺だって鉱山の麓にたむろする厄介な魔物の駆逐で手を打ったからな。ま、無駄足だったが」
イェンナさん捜索の時の話だろうな。お父さんも人間の大陸に行ったことがあるんだねぇ。むしろ人間なのにこちらに来ていたっていうのが最初から詰んでる状況だよね……いわゆるチート能力がなかったらお父さんだって悪い亜人に売り飛ばされてたんだって思うと身震いしてしまう。
ま、まぁ、考えたって意味ないか。結局めでたしめでたしで、私とも再会を果たしたわけだし。私だってそんな危険な人間の大陸に行く事もないからドワーフさんたちに対価を支払う事もないだろうけど。でももし払うとしたら何があるだろう? なんてつい考えちゃう。
「さあ、そろそろ城に行こうではないか。皆メグが来るのを楽しみにしておったのだぞ!」
「腹も減ったし、仕方ないから行くか……」
「仕方ないとはなんだ、ユージン!」
「だって、お前の信者、目が怖ぇんだよ……」
「む、皆我を慕ってくれる良き国民だぞ?」
あー、うん、お父さんの諦めたような顔で何となく察したよ。信者って言うくらいだしね。そして私は次期魔王と言われてる。だから、つまり、私もきっと歓迎されてしまうのだろう。いや、有難い話なんだけどね? だけど、なぜだろう。不安しか感じないのは。
無意識にお父さんの手を握る力が強くなってしまったけれど、これは仕方のないことなのである。お父さんもそれを察してポンと私の背中を叩く。小さな声で諦めろ、と言う声が聞こえた。……心の準備はオーケーです。がっくり。
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