sideユージン2 後編


 ケイと向かい合って立つのは小柄な男。たぶん蜥蜴とかその辺の亜人だと思われる。詳しい種族は知らん。正直うちのギルド員の種族すら怪しいくらいだ。それも仕方ねぇ事。こればっかりは前の世界の常識が抜けきらねぇんだもん。まぁ昔から人の名前を覚えるのが苦手なんだ。察してもらいたい。


「くっ……スルスルと避けやがるなぁ? 逃げてばかりで攻撃しないのかぁ? 男女おとこおんなはよぉ!」


 小柄な男はナイフに魔力を込めて投げる事で攻撃をしてくるが、ケイには当たらない。踊るような足さばきでケイは難なく全てのナイフを避けてみせている。何気にすげぇな、おい。投げる方も必ず急所を狙ってやがるし、その数は30本だ。恐らく1本でも当たれば即死級のやつだぞありゃ。それを平気で投げてるとこを見ると、やはり奴もそれなりの腕を持っているって事がよくわかる。


「え? 攻撃していいのかい?」

「あぁん!?」


 ま、ケイには意味のない攻撃だ。肉弾戦でなければケイは大概のやつには負けないからな。にしてもすぐに攻撃をしないあたり、ケイもイラついてるんだなぁ。全て容易く避けてやる事で、相手にお前の攻撃は無駄だと暗に示し、その自信満々な鼻っ柱をへし折っている。小柄な男は苛立ちを隠そうともしない。ありゃ、このギルドではトップクラスだからって持て囃されてんだろう。小さいのは身体だけじゃねぇって事だな。


「じゃ、小手調べといこうか? はい、右手。次は左肩」

「なっ、ぐっ……ぐぁっ!!」


 わざわざ攻撃場所を宣言をしてやってるというのにケイの操る鞭に翻弄されている。それもそのはず、ケイの攻撃は目視する事すら常人には難しいレベルだからな。宣言されたと同時に攻撃されているように思うかもしれんが、あれは確実に宣言してから手を動かしている。あー、ケイには遊び相手にもならんようだな。ご愁傷様。


「こ、このっ……女は女らしく大人しくしてりゃいいものを!!」


 散々おちょくられてついにブチ切れたか。小柄な男は魔物型へと姿を変えた。おぉ、デカい。2メートルくらいの蜥蜴だ。だがこの場では動きずらくねぇか?


「おらぁっ!!」

「んっ」


 おおー、デカい割に素早い。狭い廊下の壁や天井を伝って、一気にケイとの距離を詰めた。そのお陰で華奢なケイは大蜥蜴に組み敷かれてしまったようだ。


『へっへっへっ……これで身動き出来ねぇなぁ? さて、どう料理してやろうかぁ? お嬢ちゃんよぉ?』


 舌舐めずりをしながら勝った気でいる大蜥蜴。うーわ、引くわ。おっさんの俺から見ても気持ち悪い。ケイの不快指数はマックスを通り過ぎてもう振り切ってるな、ありゃ。


「ボク、近距離での戦闘は好きじゃないんだよね」


 心底嫌そうに眉を顰めて呟くケイ。それを見て大蜥蜴はなぜか大喜びで下品な笑い声を上げていた。


『なら女らしく可愛らしい悲鳴でも上げて助けを乞うんだなぁ? その前に潰してやりゅ……っ!?』


 大蜥蜴は最後まで言うことが出来なかった。何故なら魔物型へと姿を変えたケイが見事なまでの絞め技を決めているからだ。ケイは魔物型になる際、その大きさもある程度自在に変えることが出来る。今は恐らく最大まで大きいサイズだろうな。あの大蜥蜴が、ケイに巻き付かれる事で身動きはおろか、声すら出せないのだから。

 やがて、大蜥蜴はパタリと動かなくなった。……落ちたな。南無。白くしなやかな華蛇は、いつものケイの姿へと戻っていく。


「男らしくとか女らしくとか……そんな誰が決めたかもわからない曖昧な基準で人を量るなんてくだらない。何より自分らしくあろうとすべきだろう?」


 ヒュー痺れるね。俺は思わず口笛を吹いた。




 さて、もう一方ではシュリエが殴りかかってくる大柄な男の攻撃を風の魔術と軽やかな身のこなしで躱していた。男の重たくも素早い拳。当たれば吹き飛ぶだろうなぁ。振り回してるだけで周囲の壁や床が抉れていく。このまま建物破壊してくれねぇかな?


「エルフってのはっ! 魔術ばっかでっ! なよなよしたやつがっ! 多いよなぁっ!?」

「まぁ魔術特化である事は事実ですし。得意分野を駆使するのは当たり前の事でしょう?」

「ふんっ! それしかっ! 能がねぇっ! て事だなっ!」


 攻撃を繰り出す度にいちいち喋る大男。あれか? 雑魚はお喋りという方程式でもあるのか?


「貴方も同じ攻撃しかしませんね。しかも掠りもしてませんよ?」

「余裕ぶってられるのも今のうちだっ!」


 突如、大男はシュリエに向けていたその拳を足元に向けた。床にヒビが入り、そこから壁、天井にまで亀裂が走った。おっ、いいぞ。そのまま建物破壊してくれ。


「吹き飛べぇっ!」

「! 少しはやりますね」


 遅れて崩れた瓦礫が1つ1つ爆発し始めた。あーこれだよこれ! この能力ありゃ一瞬で建物潰せるのになぁ。こいつは多分岩と大型獣の亜人だろう。崩すのも戻すのも自由自在。でもこいつは魔力の扱いが雑だから、戻すのは苦手とみた。まぁ、どうでもいい分析だが。


「ありがとう、頭領ドン。ボク自分でも防げたのに」

「いいじゃねぇか。お前らは戦えたんだからこのくらいやらせてくれよ」

「暇つぶしにもならなかったよ?」

「言うね」


 流れ岩が当たらないように簡易の結界を俺とケイに張ってみた。当たったところで俺たちにとっちゃ大したダメージにゃならないがな。わざわざ食らうのも癪だし。シュリエには何もしてない。手を出したら後でお小言が怖いからな!


「なっ……無傷だと!?」

「おや、防がれた事はないのですか?」


 涼しい顔で立っているシュリエに驚愕の表情を見せる大男。普通は無数の瓦礫を避けることも出来ねぇし、結界張ってもいくつかはダメージが残る程の威力でもあったしな。普通は。


「この程度、呼吸をするように対処出来る者ならウチのギルドにまだ何人もいますよ? 随分と狭い世界でお山の大将気取ってたんですねぇ?」

「て、めぇ……っ!」


 相変わらずシュリエの挑発は天下一品だな。美形の笑顔付きってのがまた……わかってて微笑んでるんだろうな。怖い、怖い。


「では。いい加減終わりにしましょうか」

「なんだ、と!?」


 瞬殺、とはこの事だな。

 シュリエはそう言うや否やその姿を消した。次の瞬間には、大男の左頬にシュリエの白い拳がめり込んでおり、そのまま地面へ大男ごと殴りつけた。その衝撃で周囲の壁や天井がガラガラと崩れ落ちていく。自身や俺たちに瓦礫が降ってこないように、風の魔術で対応さえする余裕。

 濛々と立ち昇る砂塵が収まると共にシュリエが立ち上がる影が見えた。


「私はあえてご要望にお応えして拳で解決しましたよ? 男らしく、ね」


 足元には白目を向いて気を失う大男が転がっていた。




「そもそもコイツら、俺の存在無視しすぎだろ。まず勝ち目がない事に気付かないとか、脳内花畑かよ」


 それを抜きにしても、ウチのギルドの主要メンバーは、己の弱点を熟知しており、対応策も持っている。その辺り考えに至らないのが雑魚なんだよな。やれやれ。


「ま、コイツらのお陰で楽に破壊は出来たから良しとするか。後は国王に連絡しつつ、これ見よがしに証拠書類を置いてとんずらだな。奴隷たちは国の者に見つけてもらおう」

「……頭領ドン。これを見てください」


 思ったより簡単な仕事だったな、と欠伸をしていたところにシュリエの声がかかった。見れば倒れている大男の側に伝達用魔道具が落ちている。これは対になっている魔道具で、見た目は脆いガラス板だが、そう簡単に割れる事のない不思議な素材で出来ている。仕組みとしては、片方に書かれたメモがもう片方にも浮かび上がるというだけの簡単な物だが、使い勝手が良い。

 そのガラス板にはこう記されていた。


《目的の子どもは我が手中に》


「コイツらの余裕はこれか……!」

「……ダメですね。メグからの応答がありません」


 風の精霊で連絡を試みたのだろう。シュリエがやや焦ったようにそう告げる。


頭領ドン、すぐに向かおう」

「ああ。こうしちゃいられねぇな」


 俺たちは事後処理をさっさと終わらせると、すぐさまハイエルフの郷へと向かった。一体何があったというんだ……!?

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