ささやかな幸せ
「メグ、どうした?」
目を覚ますと、そこには首を傾げてこちらを見るギルさんがいた。キョロキョロ辺りを見回してみると、どうももう朝みたいだった。
あ、あれ? 私、夢を見ていて……それで、何か大事なことをギルさんに伝えなきゃって。忘れないようにしないとって頑張って覚えてたんだけど……
「わ、わしゅれたでしゅ……」
ガックリと肩を落とす。なんでぇ!? 覚えてようって、忘れちゃダメだって強く思ったことは覚えてるのにっ!! 悔しい……
「何をだ?」
「夢を……」
「夢など、すぐに忘れてしまうものだ」
「でも、大事な夢だったんでしゅ。ギルしゃんに、伝えなきゃって思ったのは覚えてるんでしゅけど……」
「ふむ……」
ぐぬぬ、と唸っているとギルさんは腕を組んで何やら難しい顔をし始めた。
「……あぁ、すまない。考え事をしていた。着替えたら朝食に行く。……手伝いは?」
「だっ、大丈夫でしゅ!!」
私がこてんと首を傾げてギルさんを見ているのに気付いたのだろう。ギルさんがそう聞いてきたので慌てて答えた。今日はもう筋肉痛じゃないからね! さすがは子どもの身体である!
「では俺は部屋にいる。用意が出来たら俺の部屋に来てくれ」
「わかりまちた!」
「……夢のことは、思い出した時でいい。焦っても、忘れてしまったものは仕方ない。夢とはそういうものだからな」
クスリと笑って部屋を後にしたギルさん。うん、確かにそうなんだよね。気になるけど考えたって思い出せないものはしょうがないのだ!
それにしてもギルさん、最初の印象を思えば、かなり表情豊かになったよなぁ、なんて感想を抱きながら、クローゼットへと向かう。
「んー、どれにしよーかな」
いかんせん、服がたくさんあるわけで。そしてこうして自分で選ぶのは初めてなのだ。ついつい目移りしてしまう。可愛い系でいこうか、スポーティーにいこうか。モデルがいいと何着てもオッケーなの羨ましいよ! 今はそれが自分なわけだけどね!
「よち! これに決めた!」
とはいえ、いつまでも悩んでるわけにもいかないので、直感でパパッと選んでしまった。昨日はシュリエさんの精霊、ネフリーちゃんみたいなスタイルだったから、今日はアクティブな感じで選んでみましたー!
ハッキリと目立つピンクのシンプルなタンクトップの上に、薄手の黒いパーカー。なんと、フードには猫耳が付いているのだ! せっかくなのでフードは被る。下は黒くて動きやすいショートパンツで、作りはシンプルながら、なんとピンクリボンの付いた黒い尻尾付きである。そこに黒とピンクのボーダー柄ニーハイソックスに黒い靴で完成!
クローゼットに入ってる服は、基本的にセットコーデになっているので選ぶのがとても楽だ。そうじゃなかったらもっと時間がかかる上にチグハグになってるところである。元社畜や幼女に優しい心配り……!
ちなみに、準備が出来て突撃した先のギルさんの反応は「似合うな……」だったのでオールオッケーである! 嬉しかったのでありがとにゃーん! と答えておきましたよ。数秒ギルさんが固まってしまったけどね。反応に困る発言してごめんよ……お姉さん、浮かれすぎた。
それからすぐに2人で食堂に向かう。道中で黒キャトルちゃん、とよく声をかけられたので、きっと猫の事をキャトルというのだろうと察した。みんながたくさん声をかけてくれるので、おはにゃん! と返事をしていく。みなさん可愛い可愛い言ってくれるのでご機嫌である! 決して、さっきのギルさんの無反応が悲しかったからではない。うん、違うの……
「おや、おはよう。可愛い格好だね! 今日はメグにゃんだね!」
食堂にて朝食を受け取る時に、チオ姉がそんな風に言ってくれた。メグにゃん! どことなく気恥ずかしさを感じる。今の今まで幼女のノリだったのに、私の中の元社畜精神が蘇ってきたのかもしれない。うわ、痛々しいアラサーに思えてきた!
何なんだろうなぁ……環の時なら絶対しないであろう行動を近頃は平気で出来てしまう。見た目年齢がこうだから、遠慮なく出来るっていうのはもちろんある。まさか潜在意識の中でこういう風なキャラになりたい! って思いがあったとか? 社畜生活の反動? もしくは、身体の持ち主の意識に引っ張られてるのかな? どのみち私は、私という人格を基準に少しずつ変わっていってるのかもしれない。
「さ、今日はホットケーキだよ! 甘いのと甘くないのがあるからね!」
「ふわぁ、美味ししょー!」
トレーに乗せられたのは2つのハート形ホットケーキ。ハートの形にわざわざしてあるところに愛を感じるよ! ちなみに1つはメープルシロップのような蜜がかけられていて、もう1つはトマトソースがかけられている。ミニサラダとミルクが付いて素敵なモーニングである!
「俺は甘いのは……」
「わかってるよ、ギルさん! ギルさんのはトゥーメソースとカリーソースにしてあるのさ。カリーは結構辛めだけど、ギルさんは辛いのが好きだろう?」
「ああ。感謝する」
ほほぅ、トマトはトゥーメで、ギルさんは辛いのがお好き、と。カリーはカレーで間違いないね! あの独特なスパイシーな香りがするもん! くぅ、私も食べたいけどたぶんこの身体は辛すぎるのは受け付けないとみた! 食べる前からなんとなくわかるんだよね。好み的には好きなのに食べられないジレンマ……ガックリ。
でも! 私には甘ーいシロップのふわふわパンケーキがあるもん! 美味しそうー。いただきますっ!
「……本当に美味そうに食うな」
「おいちーでしゅ」
パンケーキは見た目通りのふわふわで、トマト味の濃いソースが見事にマッチしてて大変美味です。ハート形? 容赦無くまず半分に切りましたが何か? 美味しい朝食の前にはそんな事気にしてられないからね!
いつも通り時間をかけながらもサラダやミルクまで飲み干してごちそうさま。ふぅ、お腹ポンポン。椅子に寄りかかってお腹をさする。
「……満足したようだな」
「あいっ! いつもご飯おいちくて幸せでしゅ!」
「ふむ。そういう日常のささやかな楽しみがあればこそ、任務も頑張れるというものだ」
「しょーでしゅね。しっかり眠って、しっかり食べまちたし、お仕事頑張りましゅよ!」
「その意気だ」
そう。朝ベッドの上で起きて、おはようと挨拶してくれる人がいて。美味しいご飯はもちろん、一緒に食べてくれる人がいて。
当たり前のようで当たり前じゃない、そんな幸せを大事にしたい。
今回の任務は私の今後にも関わる事だよね、きっと。私は、出来れば今のまま、この幸せな空間で過ごしていきたい。この身体の持主も、きっと気にいるし、安全に暮らせるから。
そのために、出来る事はなんだってやるよ! 幸せは待っててもやってこないから。
自分の手で掴み取るために!
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