大丈夫


 こうして、会議の終わりはどこか締まらないものになってしまったけれど、最終確認をして終わりとなった。ちなみに、今回近くにいなかった重鎮メンバーであるルド医師には、これからケイさんが伝えに行くことになっている。何よりメアリーラさんに伝えなきゃいけないもんね。突然の遠征で準備とか大丈夫かな? そんな私の疑問にはギルさんが答えてくれた。


「基本的にギルドのメンバーはいつ遠征に行ってもいいように、亜空間収納の魔道具に準備がしてあるものだ。定期的に入れ替えするのも、ギルドメンバーとして当然の心得となっている」


 ふぉぉ、すごいな、特級ギルド。つまり全員が亜空間収納の魔道具を持っているのか……という見当違いな感想を抱いてしまった。み、みなさん稼いでらっしゃる!


「お前はまだ遠征には行かせられないが……いつ避難する事になるかわからない。準備はしておこう」


 避難……するような事態がないとは言えないんだね。いくらこの場所が安全だと言っても、ここが戦場になるとか攻め入られるなんて事になったら、流石に危ないわけだし。備えあれば憂いなしっていうし、ここは素直に頷いておこう。


「明日は精霊に仕事を頼むんだろう? 今日は早めに休め」

「あい」


 そう言えば眠くなってきた。夕飯も食べたし、少しやる事も見えて安心したからかな? ふわぁと大きなあくびが出てしまう。


「受付の女性ギルド員に風呂を頼むか。……レディだからな?」

「う、お願いしましゅ……!」


 からかうようにそう言うギルさんは口角を上げてニヤリと笑っている。くぅ、少し意地悪だっ! でもちゃんと気遣いをしてくれるあたりジェントルマンであるので何も言えない。ぐぬぬ。


 それからギルさんとそしてなぜかサウラさんの素晴らしい手腕によりあれよあれよと寝る準備が整い、気付けばすでにオンザベッドな私。今日のお世話してくれた女ギルド員さんは、私を文字通り丸洗いしてくれたよ……私はされるがままでしたさ。年配の女性っぽかったからこう、口も挟めなくてね……! でも洗い方やら髪の乾かし方なんかの手付きは優しくて、どこか慣れてる感じがした。子育ての経験があったりするのかな?


「今日は寝る場所が違うから不安に思うかもしれない。何かあればすぐに来るから安心しろ」


 そう言いながらギルさんは私に布団をそっとかけた。むむ、実は少し心細いんだよね。医務室にいた時は、誰かしら人の気配がしたけど、ギルさんが出て行ったら誰もいなくなってしまう。シーンと静まり返る部屋を想像してしょんぼり……

 精霊ちゃんたちを呼ぶっていう手もあるけど、あの子達を呼んだら騒がしくてむしろ眠れなくなる可能性が! それが悪いってわけじゃないんだけど、つい、私も会話に参加しちゃいそうだからね! 明日のために身体を休ませなきゃいけないもん。

 だから、ね? そのぅ……何が言いたいかと言うとですね。


「ギルしゃん……」

「む?」

「寝るまで、近くにいてくれましぇんか……?」


 思わず涙腺が緩む。だって勝手に涙目になっちゃうんだよ! この身体の持ち主が寂しがっているのか、私自身が寂しいのか。きっと、両方だ。


「……わかった、側にいよう。だから、安心して眠れ、メグ」


 そう言いながら優しくギルさんが髪を撫でるものだから、私の意識はいとも容易く吸い込まれて、あっという間に夢の世界へと旅立ってしまった。かなりちょろい幼女、それが私……おやすみなさい。






 ————あ、夢だ。これは、夢の中。なーんか前にも似たような事あった気がする。あんまり覚えてないけど。


「あ、あれ?」


 ふと自分の姿を見てみると、最近ようやく慣れてきた美幼女のそれと違い、親しみのある長谷川環の身体であった。夢の中だから、想像しやすい姿だったり? 全体的に細身なのは昔からで、大人になってからもあまり変わらない起伏のない体型。ああ、悲しい。でも愛着のある自分の身体に、どうしようもない懐かしさを感じて、泣きそうになった。


 暫し自分の身体に感慨深さを感じていると、少し先の方に人影を発見した。近付いてみると、これまた見慣れた姿の美幼女。ピンク色に輝く綺麗な髪と……光を感じない紺色の瞳。その美幼女は何をするでもなく、そして何を見るでもなく、その場に立っている。


「メグ……?」


 私がそう声をかけてもメグに反応はなくて。ただひたすらに無表情で佇むその姿は、まるで意思のない人形だった。


 だけど。私にはこの子の心がわかる気がした。


 中身がなくても、この子には自らの意思がほんの僅かに芽生えているようだった。微かに感じる不安と怯えが、なぜか私にはわかったのだ。


 私は思わず小さなメグの身体を抱きしめる。あまりにも小さくて細いその身体。体温も低くて今にも消えてしまいそうだ。

 大丈夫、大丈夫だよ。貴女は、たくさんの愛情に包まれて、今、とても幸せだから。みんなが貴女を守ってくれる。


 そんな風に言い聞かせながら抱き締めていると、不意に美しい声が聞こえてきた。……泣いている?


『……さい、ごめんなさい、メグ』


 どこから声が聞こえてきたのか探すために顔をあげる。だけど、辺りをキョロキョロ見渡してもどこにも姿が見えない。その声も耳で聞いている、というよりは脳内に直接響いているかのような声。実際、耳を塞いでも聞こえてくる、綺麗な女の人の声。夢だから、かな?


『全部、私のせい。産んでしまってごめんなさい……私の子。私の最愛の子』


 メグよりも淡いピンク色に輝く長い髪を揺らし、春の青空のように美しく澄んだ瞳に涙を浮かべた女性の姿が脳裏に浮かぶ。その女性が言葉を発しているようだ。


『必ず、光は射します。……どうか、生きて』


 それだけを言い残して美しい女性、おそらくメグの母親はスゥッと脳裏からその姿を消した。


 わけが、わからない。混乱する頭で未だ腕の中にいるメグに目を移した。相変わらず、光の宿らない瞳でひたすら立ち尽くしている。


 立ち尽くしていた、のだけど。

 突然メグが歩き始めた。私の手を引いて歩くその行動に、確かにメグの意思を感じる。意外と強いメグの力にも驚いてしまう。


 メグに付いて行った先には、紙とペン。あぁ、前にもそうやって絵を描いていたっけ?

 ペンを取り、一心不乱に何かの絵を描き殴るメグ。


 あ……この絵は。


 描き上がった怖い顔の人物を見た私は、激しい危機感を覚えた。……と同時に、メグを再び抱き締めた。


「……大丈夫。貴女のことは、私が守るからね」


 吸い込まれそうな深い藍色の瞳は相変わらず光を感じなかったけど、私の言葉に微かに揺れたような気がした。


 ああ、目が覚める。覚えていなくちゃ。この夢の内容を、みんなに伝えなきゃ。


 何度も何度も呟きながら、私は意識を覚醒し始めた。ギルさん、聞いて。メグが伝えたい事を、どうか聞いて。

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