夜の姿
こうしてフウちゃんと、ホムラくんと話し合いをしている間に日も暮れて来たようだった。部屋の扉をノックする音とギルさんの声。はーいと返事をしてから扉を開けると、ギルさんが頭を撫でた。
「ずっと部屋にいたのか?」
「あい! 精霊しゃんたちとお話ししてたでしゅよ!」
「ふむ……勉強か?」
それは感心だなとギルさんが言うので、腰に手を当てて胸を張って答えました!
「私でも、ちょっとは戦力になりしょーな魔術を考えたでしゅ!」
「む、それはすごいな。どんな魔術だ?」
「まだ内緒でしゅー!」
うふふ、と笑って見せると、ギルさんも少し微笑んでそれは残念だなと言った。
「では、お披露目を楽しみにしておくとしよう」
「そーしてくだしゃい!」
まぁ、実のところまだ完成には程遠いというか、実験すらしてないからお披露目するには自信がないってだけなんだけどね。
「では夕飯にするか。身体の調子はどうだ? もう普通に動けるようだが」
「ちょっと痛いけど、平気でしゅ! お着替えも自分で出来るでしゅよ……!」
寝起きのお着替え脱げない事件を思い出して意気消沈。もうあんな事にはなりたくない……! ギルさんはプルプル震えて羞恥心に耐える私を見て察してくれたのか、そうかと一言だけ告げると食堂に向かおうとスマートに誘ってくれた。出来る男は違う……!
夕飯はレオ爺が言っていた焼魚定食。食堂に近付くにつれ漂う焼魚の香りにお腹が鳴ったのはここだけの話である。
私専用の椅子を用意し、食事を運ぶ。お子様プレートには食べやすくカットされた焼魚と大根おろしのようなもの。それから小鉢に緑野菜のお浸しとカボチャの煮物が。あとはホカホカ炊きたてご飯とお味噌汁で完璧な和食であった。まあ、野菜や魚はこの世界産だろうから、全く同じものかどうかはわからないけどね!
「いただきましゅ!」
「……いただきます」
ともあれ、ご飯は温かいうちに! 手を合わせて元気に挨拶してギルさんと一緒に食べ始めた。んーっ、お魚はきちんと骨が取ってあってお子様に優しい! レオ爺が骨を取っておくって言ってたもんね。ありがたい……小さくて不器用なこの幼い手ではさすがに難しいもんね。塩サバに近いかな? 脂がのってて大変美味しゅうございます。だからこそ大根おろしがよく合う。うまうま!
味噌汁を一口啜ってしみじみ感じる。あー、和食最高。そこまで思ってふと思い付いたことがあった。
「あ」
「む……?」
もしかしてこの和食……お父さんが広めたのかな。そうだよ、そう考えるとしっくりくる! 元々あったこの世界の材料を使って和食を再現したんじゃないかな? お米や味噌、醤油なんかも自力で探し出したとか……? あり得る。私の和食好きはお父さんと一緒だもん。あの情熱があれば……あの人ならきっとやる。どれだけ大変だろうともやる。そんな確信があった。
まぁでもこれも結局は憶測なんだけどさ。うーん、ラーシュさんに確認してみたいなぁ。今度会ったら聞いてみようかな?
「どうした?」
「あ、えっと……この和食って、ラーしゃんが言ってた異世界からの料理なのかな? って。珍しいみたいでしゅから」
思わず声を出してしまった私が気になったのかギルさんが問いかけてくる。別に隠す内容でもないな、と思ったので、素直にそう言うとギルさんは口を開きかけて……止まった。それから一点を微妙な眼差しで見つめている。何事? と思ってギルさんの視線の先を追うと……
「あ、あれ……?」
どこかで見かけた人がそこにいた。たぶん最近見たと思うんだけど……でもあんな美人さん、見たら覚えているはずだし。うーん……
「ミコ。……珍しいな、ここに来るなど」
こちらに近付いてきたその美人さんに、ギルさんがそう声をかけた。ミコ? ミコ! そうだ! ミコラーシュさんだ! ラーシュさんと見た目は全く同じだけど、ふわふわなショートヘアは金ではなく銀で、瞳は黒ではなく朱色。おどおどした様子は微塵もなく、堂々とした歩き姿。全く同じ外見でも、色と佇まいでここまで人は変わるんだねぇ。あ、ラーシュさんとミコさんは別人ではあるんだけど。や、ややこしい。
「私もお嬢さんと話してみたくって。遊びに行く予定だったけどぉ、約束はしてないしぃ。……それとも、今日のお相手してくれるぅ? ギル……?」
ギルさんの肩に腕を回し、顔を近付けて色っぽい雰囲気ダダ漏れでそう言ったミコさんは、言い終わるとフゥッとギルさんの耳に息を吹きかけた。ふ、ふおぉぉぉっ! 色っぽい! せくすぃー!!
「何度言われても俺がその誘いにのる事は生涯ない。それと、メグの前でやめろ」
「ああん、残念ねぇ。ギルほどの男前を一度でいいから組み敷いて鳴かせてみたいのにぃ」
な、なんてこった……! ギルさんまさかの「受」だなんて萌える……じゃなくて、この人存在そのものが色っぽすぎて見てるだけで赤面してしまうよ!
「……ミコ」
「冗談よぉ、そぉんな怖い顔しないで? んふっ、真っ赤になっちゃって可愛いぃ、お嬢さん?」
「ひゃいっ……!」
流し目で話を振られたので思わずおかしな返事になってしまった。
「め、メグでしゅ。
「え……あなた、ラーシュとは会ったのよねぇ?」
「? 会いまちた」
私がどうにかこうにか挨拶をすると、ミコさんは驚いたように目を見開き、そう尋ねてきた。何かおかしかったかな?
「でも、今はじめましてって言ったわぁ」
「あい。お話は聞いてましたけど、ミコしゃんに会うのは初めてでしゅよね……?」
いくら身体が全く同じだからって、中身が違うのならそれは別人って事でしょ? はじめましてって言うのは合ってると思うんだけどなぁ。
「……そうねぇ。嬉しいわぁ。そんな風に最初から受け入れてくれる人って、なかなかいなくってぇ」
そう言いながら微笑んだミコさんは、色っぽいそれではなく、心底嬉しそうな無邪気な顔だったから、きっとその体質のせいで色々と嫌な思いをしてきたんだろうなぁということを察した。
「不思議な子ねぇ。とっても良い子だわぁ」
「そうだろう」
ギルさんがどこか誇らしげに答えるのがちょっぴり恥ずかしい。でも嬉しい!
「ミコしゃんとも、仲良しになりたいでしゅ!」
「嬉しいぃ。私もよぉ。よろしくねぇ、メグちゃん」
そう言いながら、私たちは握手を交わした。ミコさんの手指は細長くて華奢に見えたけど、意外としっかりしていた。あ、ミコさんにさっきの質問をしてみようかな? 和食を広めた人について、ミコさんも知ってるかもしれない。そう思って私はミコさんにさっきの疑問をぶつけてみたのだった。
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