料理長
ギルさんが持って来てくれたのはシンプルなお粥だった。何日間か寝てたんだもんね。まずはこういう食事から、だね。なんかギルさんに拾ってもらった時のことを思い出すよ……そんな昔じゃないのにかなり前に感じる不思議。
でも、あの時よりは野菜が入ってる。黄色くなってるのはきっとカボチャだ。甘みが増して美味です!
「料理長のレオポルトがお前のために特別作ってくれたメニューだ」
「にゃんと」
料理長まで優しいのね……! 忙しい中申し訳ないけどとても嬉しい! ちなみに朝食タイムは少し過ぎているのでギルさんはもう済ませたという。体感的には今午前9時とかそのくらいだろうか?
「後でお礼を言いに行くか?」
「邪魔にならなそーなら、ぜひ行きたいでしゅ!」
「よし。食器も返しに行くから問題ないだろう」
食器で思い出した。この食器や私用の椅子とか、特別仕様で作ってくれた人がいるんじゃなかったっけ?
「あの、もし出来ればなんでしゅが……食器とか椅子とか作ってくれた人たちにも、お礼が言いたいでしゅ……」
「ふむ。カーターとマイユだな。大丈夫だろう。食堂の後に向かおう」
「ありがとーごじゃいましゅ!」
遅くなっちゃったけど、ちゃんとお礼言いたいもんね! 今日の予定は、挨拶回りだ! その為にもしっかり食べないと。
そうと決まれば、と気合を入れて、私は最後の一滴まで綺麗にお粥を食べきった。ごちっ!
食後、さり気なく淹れてくれたレキのハーブティーをギルさんと一緒に飲み、落ち着いたところでまずはお着替えタイム! 枕元に誰かが用意してくれていた着替えが畳んで置いてあったので、それに着替える。
……着替えたいんだけどね? 今まで着てた服をこう、脱ごうとするじゃない? だけどね、両手を上げて捲り上げた所で停止してしまったのだ。
だ、だってあちこち痛いの。これ以上どうにも出来ない、脱げない! バンザイした状態で、服から頭を通せず、ぽっこんお腹丸出しな今の私の姿を想像した。ま、間抜けすぎる……!
「うー! うー!」
「……脱がせばいいか?」
「お、お願いしましゅ……!」
なんという羞恥プレイ! 台詞だけ聞いたらあはんな展開だよ! クール系イケメンにそんな台詞を言わせるなど! でも実際はかなり間抜けな絵面だよ、悲しいよ!
すごーく恥ずかしかったけど、ギルさんの手によってすぽんと服を脱がされた私。色気もへったくれもない子ども用の下着にぽこんとしたお腹……あ、うん。恥ずかしがるようなもんじゃないね。
「着るのも辛いだろう。手伝う」
「お願い、しましゅ……」
なんかもう色々諦めよう……せめて思い切り笑ってくれるツッコミが側にいて欲しかったよ。くすん。
ギルさんのおかげですぐに着替えは終わった。でもその途中でちょいちょい私が痛がるものだから、「す、すまない」とか「出来るだけ痛くないようにするが……」とかいう下手したら18禁な台詞も飛び出したけどね。お耳のご褒美、ありがとうございます!
そんなすったもんだがありまして、ようやく食堂へと向かうことになった。本日の私の服装は、身体を気遣ってくれたのか楽チンなワンピース姿。淡い黄緑色のシフォン素材で優雅なシルエット……のはずなんだけど、私が着ると優雅さとかセクシーさは皆無だよね。
胸元がゴムになってて肩紐は細い。だから上に同じ素材の5分丈カーディガンを羽織っている。短めの丈だから動きも阻害しなくて素晴らしい! 足元は履きやすい可愛いサンダルがベッドの下に用意されていた。完璧なコーディネートである。一体誰が用意してくれたのかな? どことなくネフリーちゃんとかフウちゃんに似た姿だから、もしかするとシュリエさんかもしれないな。
こうして医務室を出る準備は万端。本当なら自分で食器も持ちたいんだけど……いかんせん激しい筋肉痛のせいでうっかり落としかねない。そんな事情を汲んだギルさんが食器を持ってくれた。
「リハビリだからな。自分で歩いてもらう」
「あいっ!」
それはもちろん! まさか抱っこで運んでもらおうなどと思ってませんとも。
「……だが、無理そうなら言え」
しかしギルさんの親バカ発動! というか他の人たちも大体親バカというか親切すぎるよね。あれこれ手を出し過ぎると何も出来ない子どもになっちゃうぞ。
あれ? そうなるとここでは子どもって結構甘やかされて育つよね? それでもみんなワガママとか尊大というわけでもないのが不思議だ。甘やかされて育ったら、こう、どうしようもない大人になったりしない?
実はこの大陸では成人した時に、いつまでも甘ったれんなよ! ってボコられるとか、そんな洗礼を受けたりする風習があるのかもしれない。そんな様子を想像して、ぶるっと震えた。う、うん。あくまで想像だからね! ……でも、あんまりぬるま湯に慣れ過ぎないようにしよう、なんてそんな事を思った。
「……大丈夫か」
「だい、じょぶ、れしゅー!」
ただでさえ遅いのにさらにのんびりスローペースで道を行く私。壁に手をついて歩く様はさながら重病人です。すれ違う人たちが心配そうに見ていたり、手を貸そうとしてくれたりするのが非常に申し訳ない。けど、なんとか自分で頑張るんだ!
「はぁ、ふぅ……ちゅいたー!」
食堂に辿り着いた時には身体もほぐれてきてだいぶ動きやすくなっていた。さすがは子ども。回復力ぱねぇです。
でも痛いのは変わらないし、そこそこ近いはずなのに山登りでもしたかのように疲れたので少しだけ近くの椅子に座って休憩をさせてもらった。料理長さんに挨拶するのにも、呼吸は整えておかなきゃね!
「メグ」
呼吸を整えた所でギルさんがちょうど私を呼んだ。ギルさんの隣には白いお髭のお爺さん。頭にコック帽があるからやっぱ料理長さんかな? 痛む身体で出来るだけ早く2人の元へと向かう。ご、ごめんね、これ以上早く動けないんだけど、これでも急いでるから!
「無理に急がなくて大丈夫じゃよ、お嬢ちゃん。話は聞いてるからのう」
私が気持ちだけは急いでいることをわかってくれたのだろう。お爺さんは皺でいっぱいの顔を穏やかに微笑ませてそう言ってくれた。あ、優しい!
「料理ちょーしゃん?」
「そうじゃ。儂はレオポルト。レオ爺とでも呼んでおくれ」
「レオじーちゃ! メグでしゅ! よろちくお願いしましゅ!」
元気に挨拶をすると頭を撫でられた。うふふ。でも、料理長っていうくらいだから実はすごく厳しい人なんだろうな。この優しい姿からは想像出来ないけど。
「メグ。今はレオが料理長だが、実はもうすぐ退職する予定なんだ」
え……なんですと? せっかくこうして挨拶できたのにもうすぐお別れ? どうしてだろう……年齢的に引退、とかなのかなぁ。長生きな種族が集まるこの国で、この人は一体どれほどの時間生きたのだろうと思うと果てしなさを感じる。
そんな事を考えながらしょんぼりしていたら、レオ爺が私に目線を合わせるように屈んでくれた。なんだか孫でも見るようなその目に、どこか懐かしいものを感じて妙に惹きつけられた。
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