和食のルーツを探る


「メグちゃん、と呼ばせてもらってもいいかのう?」

「あい!」


 少し嗄れた声で呼んでもらうのはなんだかくすぐったさを感じる。なんでだろうなぁ、懐かしみを感じるのは。


「実はな、儂は人間なんじゃよ。寿命の短い、最弱と呼ばれる種族のただの人間じゃ」

「人間……」


 予想外の告白に驚いて目を丸くしてしまった。そして、前にケイさんから聞いた話を思い出す。魔に属する者が住む大陸から、人間が住む大陸は海を隔てて存在するっていう話。そして、この大陸では人間が珍しいから売られることもあるっていう、話。


「儂は幼い頃に攫われてこの大陸へと辿り着いた。ああ、じゃが酷い目にはそんなに合っとらん。すぐに頭領ドンに助け出されたからのぅ」


 穏やかな調子を崩さずにレオ爺は語る。それから料理の腕を買われ、修行を経てこのギルドで働く事になったのだそうな。


「儂は人間じゃからの、皆にとっては花や虫と同じくらい短命と思われておる。そんな者が仕事など、替えをすぐに探さにゃならない事もあって普通は疎まれるところじゃ」


 だけど、とレオ爺はますます頰を緩めた。


『レオの料理は他の誰のものよりも美味い。それに儚いものだからこそ尊いな。人間は短い一生だからこそ、その成長速度は全種族の中でも最強なんだ。自信を持ってくれ』


頭領ドンはそう仰ってくれてのう。儂はその言葉だけで、生まれてきて良かったと思うたんじゃよ」


 心から嬉しそうにそう言ったレオ爺を見て、あ、と気付いた。


 そっか、レオ爺は私のおじいちゃんに似てるんだ、って。

 姿は似ても似つかないけど、人間のお爺さんだからこそ懐かしさを感じたのかもしれない。短い人生を精一杯、悔いのないように生きている姿が、私のおじいちゃんの生き様と重なって見えたのだ。


「じゃが、儂ももう歳でな。思うように厨房を動き回れなくなってきた。皆に迷惑もかけるじゃろうと、来月には引退しようと思っておるんじゃよ」


 そっか。それは仕方のない事だ。レオ爺だって、長年、こんな亜人だらけで常識も違う人たちに囲まれて働き続けたんだから、そろそろ休んだっていい筈だもん。


「レオじーちゃ、長い間、おちゅかれしゃま」


 だから、自然とそんな言葉が出てきた。レオ爺もギルさんも目を丸くしていたけど。こんなチビに言われたくないセリフだったかもね! でも、嬉しそうにありがとうの、と言ってくれるレオ爺はやっぱり優しい!

 後は、やっぱりせっかく出会ったのにすぐお別れなんて寂しいから、少しワガママを言わせてもらうんだ!


「えと、お仕事やめたら、どーするんでしゅか?」

「儂は独り身じゃからの、ギルド近くにある自宅でのんびり余生を過ごすつもりじゃよ」


 ふむ、それなら大丈夫そうだ! よし、と意を決しておねだり開始!


「あにょね、時々、レオじーちゃのお家行ってもいーでしゅか? 一緒にお料理したいのー!」

「なんと……こんな老いぼれの遊び相手をしてくれるというのかの? なんという優しい子じゃ。ギルさん、よくぞ連れ帰って来てくれたのう。もちろん、いつでも遊びにおいで、メグちゃん」

「ありがとーでしゅ! 嬉しいでしゅ!」


 優しいレオ爺に優しいって言ってもらえた! 優しくなんかないのよ? 私には打算があるんだもん。だからレオ爺の耳元に手を当てて内緒話。


「いつもお世話になってる人たちに、簡単なご飯とかお菓子をちゅくってあげたいんでしゅ!」


 私がこそこそとそう告げると、レオ爺はおかしそうにそうかそうかと頭を撫でてくれた。


「それは素敵な企みじゃな。ぜひ儂にも協力させておくれ」

「……なんの話だ?」

「ギルしゃんには内緒でしゅ! ねー!レオじーちゃ!」

「そうじゃな、内緒じゃな」

「む……」


 少し眉間にしわを寄せたギルさんだったけど、私とレオ爺が楽しそうなのを見たからか、それ以上は何も聞いてこなかった。それでこそイケメン!

 あと、大事なことをまだ言ってなかったのでしっかりレオ爺の目を見て告げる。


「レオじーちゃ、いつも美味しいご飯、ありがとーでしゅ! 今日のお粥もとっても美味しかったでしゅ!」

「そうか、美味しかったか。料理人としてそれ以上の褒め言葉はないのう」


 ふぅ、本来の目的であるお礼を忘れるところだったよ! 危ない危ない。後はもう1つ。最大級に気になる質問をここで投げかけてみようと思います!


「あとあの、カツとかご飯とか……ああいうメニューはレオじーちゃが考えたんでしゅか?」


 これだ。この世界、というかこの街で普通に食べられている和食についてである。レオ爺が考えたってわけじゃないだろうけど、料理人である彼なら何かは知っているかもしれないから、どうしても聞きたかったのだ。


「ふむ、メグちゃんはワ食が気に入っているのかな?」

「! あい! カツもおしゃかにゃ・・・・も、しゅきでしゅー!」


 おぉ、和食という単語が出てきたよ! イントネーションからいって「和食」というより「ワ食」って聞こえたけどね。今後は安心して和食と呼べそうだ。


「ワ食はのう、頭領ドンがどこからともなくレシピを持ってきてくれたんじゃ。全国を飛び回ってるあの人じゃし、どこか遠くの国から仕入れてくれたんじゃろ。必要な食材や、調味料なんかもあの人が仕入先を管理しておるようじゃ」


 ただ、レシピの仕入先との契約でもあるのか、それがどこの国なのかまでは教えてくれないらしい。材料や調味料の出所は教えてくれるけど、とのこと。

 むむー、なんとも判断を付けにくい。仕入先が元日本人なのかもしれないし、この世界のどこかに和食文化があるのかもしれないし。契約してるのなら、私が直接頭領ドンに聞いたところで教えてくれるわけもないだろうしね。というか、そもそも頭領ドンと話す機会もないだろうけど。


 まぁ、和食の件については今はここまでだ。これ以上今の私に調べようがないもん。

 というか、美味しければオールオッケーだ! それでいいのか、私。


「魚料理が好きか。儂と一緒じゃなあ。今日の夕飯はちょうど焼き魚定食じゃよ。メグちゃんには骨を抜いて提供しよう」

「! お手数おかけしましゅ……」

「ふぉっふぉっ、子どもが気を使わんで良い。美味しく食べてもらえるなら、手間をかけることなんぞなんの苦にもならないわい」


 うぅ、料理人の鑑だわ! でも確かに作った料理を美味しい美味しいって言われながら食べたらそれだけで作った甲斐があるって思うもんね! 私もよくお父さんに美味しいって言ってもらえて嬉しかった思い出があるもん。そう考えると、お父さんって良き夫、良き父だったのでは、と今は思う。


 それにしても焼き魚定食か……今から夕飯が楽しみである!

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