sideサウラディーテ2


 メグちゃんが精霊契約を終えて魔力切れで眠ってから1日半が過ぎた。シュリエの話によると、2、3日は眠るって事だからまだ目覚めるのは先ね。それがわかっているというのにギルったら、下手したらずっとメグちゃんの近くにいそうだったから、適当に仕事を押し付けてやったわ。医療担当ならまだしも、何かするわけでもない黒い長身の男がずっと医務室にいるなんて邪魔にしかならないもの。能力も高い使える人材なんだから、この私がそれを許すはずもないってわけ。……ギルの意外な一面を知れて、それはそれである意味収穫だったけど。


 そんな事を考えながら自室に戻って愛キャトルに寄りかかりながらその毛並みを撫でていると、待ちに待った連絡が来た。思わずガバッと起き上がると、キャトルはニャーと鳴きながら飛んで逃げてしまう。でもごめん、今はそれどころじゃないのよ。ほんっとうに待ってたんだから!

 連絡によると……え!? 今夜!? 急すぎるわ! 全くあの人はもっと前もって連絡とか出来ないのかしらねぇ? こうしちゃいられない。いつものメンバーに連絡しましょ!


「ルド! ギルもいるわね! 緊急招集よっ」

「サウラ、どうしたんだい? 何か事件でも?」


 どうせここにいるだろうと思って最初に医務室に来たのは正解だったわ。案の定ギルはそこにいた。緩んだ顔でメグちゃんの寝顔を見ていたのを私は見逃さなかったわよ? 私の声でさっと表情を引き締めてたけど。確かにメグちゃんの寝顔は天使のように可愛いけどね。

 名を呼ばれて医務室奥から出てきたルドが、メグちゃんの看病をしていたレキを奥へと移動させようとしていたのを止める。レキはいても構わない。この子はあの人をリスペクトしてるわけだし、是非とも会いたいでしょうから。


「今夜帰ってくるわ。頭領ドンが!」

「「!!」」

「ギル、みんなに伝えてちょうだい。メグちゃんがいるから場所はここでいいわ。ちょっとやそっとじゃ起きないだろうし、頭領ドンにも見てもらいたいしね」

「わかった」


 そう言ってギルはすぐに影鳥を飛ばした。うーん、いつ見ても便利な力! これだけで伝えたい相手がどこにいても魔力を辿ってすぐに伝言を届けられるもの! 流石に距離とか他にも制限はあるけどね。

 さぁ、後はあの人がここに来るだけ!




「おお、みんなお揃いだな! 元気にやってるようで何よりだ」


 もうすぐ明け方であろうという頃。みんなが医務室に集まって待機している所へ、ふらりと頭領ドンはやってきた。まるでいつもここにいるかのような自然体で。相変わらずね。

 ロマンスグレーの髪をオールバックにして、動きにくいと文句を言いながらも、いつも濃いグレーのジャケットスーツで。そしていつも同じ、青くて涼しげなネクタイを緩めながらも身に付けて。


 変わらない安心感を私たちに与えてくれる頭領ドンが、数年ぶりに帰還したの。


頭領ドンも、変わりないようで良かったわ」

「おう、変わりなさ過ぎて泣けて来るぜ? 調査は難航、手掛かりが全く手に入らず数年だからな」


 だと言うのに悲観した様子もなく、諦める気もなさそうなのがこの人よね。引き受けた依頼は期限がないと言っていたし、きっと解決するか死ぬまで諦めないでしょう、この人は。


 確か20年ほど前だった。頭領ドンが大事な依頼を引き受けたから、しばらくギルドを留守にする事が多くなるって言い出したのは。

 依頼内容は決して教えてもらえなかったけど、きっとそれが依頼主の希望だからって私たちは誰も追及しなかった。でもまさかこんなに年月が経つなんて思いもしなかったから、無理にでも問いただせば良かったって、何度思ったことか。私たちに手伝える事があるかはわからないけど、それでも、よ。


『その間、ギルドのことはお前に任せたぞ。頼りにしてる、サウラ』


 ほんと、ずるいんだから。


 まあ、頭領ドンは数年に1度は戻ってきていたし、連絡はそこそこ取り合っていたから心配はしていなかったけど! ほら、気持ち的にね、頼ってもらいたいじゃない?


「……と、報告書に書いた内容はこのくらいかしら。あとは昨日のギルやケイの報告によると、半魔姿を見たことがない様子だって事だから……ほぼ間違いないかと」


 帰って来て早々なんだけど、時間も惜しいから私はこれまでの事を頭領ドンに報告した。もちろん、書類で詳しい内容を頭領ドンに送っているけどね。

 記憶喪失なメグちゃんだけど、基本的な生活習慣や挨拶、文字を読んだり出来ることからも、学んだ一般常識までは失われていないのではないかって、ルドが言ってた。半魔姿を知らないっていうのは、普通に生活していたらあり得ない事よ。エルフの郷にさえ行商人が来たり、観光客が来たりで半魔姿を見る機会があるってシュリエが言っていたもの。いくらメグちゃんがエルフといえど、半魔姿を見たことがないっていうのはつまり。


「ハイエルフの郷という閉ざされた地で生まれ育った、ということか」


 頭領ドンが私の報告を聞いて、的確な事を言ってくれた。


「ええ。ほぼ確定ではあるけど……確たる証拠がないから断言までは出来ないわ」

「お前の勘は何と言ってる?」

「……間違いないわね。残念な事に」

「ふむ。ならそうなんだろうなぁ」


 あんまり私の勘を当てにされてもねぇ。ま、悪い気はしないけど!


「にしても、灯台下暗しってやつなのかねぇ……まさかホームに手掛かりがあるとは」

「手掛かり?」

「ああ。俺が受けてる依頼の手掛かり。くっそややこしくて、無茶振り案件だったんだがな。10年くらいなかった手掛かりがついにってやつだ」

「……まさか」

「そうだ。この子がまさにその手掛かりと見て間違いない。こっちも確たる証拠ってやつはないけどな」


 頭領ドンのまさかの発言に、場に緊張が走った。ギルなんか軽く殺気を飛ばしているし。みんな、メグちゃんが危険に晒されるんじゃないかって心配しているのよね。わかるわ。私も心配だもの。

 でも頭領ドンは私たちの様子を意に介さず、ニヤリと笑った。ニヒルな笑い方だけど、その瞳は慈愛に満ちている。


「ふっ、大丈夫だ。俺にとっても、依頼者にとってもその子は守るべき存在だ。ゴタゴタに巻き込まれる恐れはあるが、安心しろ。全力で守ると約束しよう。だから、んなおっかない目を向けるな、父は悲しいぞ!」


 誰が父よ、と突っ込みたかったけど、彼は私たちにとって父にも似た存在ではあるわね。みんなも、そして私も、頭領ドンの言葉を聞いてようやくほっとしたの。


「って事でシュリエ」

「はい」

「お前も薄々そうしなきゃいけないと思ってたと思うが……」

「……里帰りですか」

「そうだ。今回は俺も行こう」

「! 頭領ドンと共に遠征だなんて、久しぶりですね。わかりました、行きましょう」


 頭領ドンとシュリエの2人で話が進み、あっさり決定してしまったけど、それは私も考えていた事だったから問題ないわ。

 シュリエには1度、エルフの郷に帰ってもらう。そして、ハイエルフについて書かれた書を隈なく調べてもらう必要があるもの。


「発つのはこの子が目覚めてからでいいぞ」

「え、いいのですか?」

「そりゃお前、この子の師匠だろ? 目覚めた時にお前がいなかったら、泣くのはこの子だ」

「それはなんとしても避けたいですね」


 即答したシュリエに対して、頭領ドンはフッと笑う。良かった……メグちゃんに配慮してくれたのね。やっぱり優しい人よね。


「俺は1度依頼者に話をしにいかないとなぁ。って事でシュリエ、この子に話をつけたらセントレイの港に来い。そこで待っている」

「わかりました」

「あ、頭領ドン、確認しておきたい事があるんだけど……」


 そこで話は終わり、という雰囲気だったので慌てて口を挟む。この人はせっかちなところがあるのよね。


「この子、メグちゃんを、ウチの一員として認めてもらえますか?」


 緊張する。今までこうして私が直接確認することなんてなかったから。ギルドに入りたいって人たちはみんな、こんな心境だったのかしら。覚えておこうと思うわ。


「メグ、か」

「え?」

「……いや、いい名だな。『メグ』という名の花があるんだが、花言葉に『愛情』という意味があるんだ」

「……よく知ってるわね」


 でも、愛情か。何だか素敵ね。


「それで、あの……」

「ギルドの一員、か? この子が望むなら、喜んで受け入れよう」

「! ありがとうございます!」


 ふぅ、1つ肩の荷が下りたわね。これでこれからは気兼ねなくメグちゃんをうちの所属だと言えるわ!


「ん? 少年、君がこの子を診ているのか」


 頭領ドンが部屋の隅の方で立っているレキに気付いたみたい。やだ、あの子ったらもっと前にいればいいのに。遠慮してたのかしら?


「はい。……このギルドの一員・・として、僕に出来る事は精一杯やるつもりだ……です」


 あら、目付きが変わった? 真っ直ぐな目で頭領ドンの目を見ながらそう言ったレキは、少し成長したように見えるわ。メグちゃんの存在はレキにも良い影響を与えたようね。


「……そうか、やっと決めてくれたか」


 頭領ドンは嬉しそうに目を細めた。ずっと保留にしてきたレキの所属。


「では改めて言おうか。特級ギルド『オルトゥス』へようこそ。ますます気張れよ、レキ・・

「っ! はい!」


 初めて名前を呼ばれたレキは、電流が走ったように背筋を伸ばした。ふふ、制御がまだ甘いようで、虹色のモフモフな尻尾が出ちゃったわね! ふーむ、今後は私たちも相応の対応を心掛けなきゃいけないわね!


 それからすぐに、じゃあ俺はもう行く、と名残惜しむ暇もなく、頭領ドンが医務室を去って行く。毎度毎度あっさりしたお別れだこと。久しぶりだっていうのに。


 けどなんとなく、次はもっと近いうちに会えそうだわね。なんでわかるかって? 勘よ?

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