心に従って


 その場は静まり返り、影鳥から聞こえて来るエピンクの悲鳴が妙に哀愁を誘った。


『いい? エピンク。その症状は放っといても治るわ。調整もしてあるし。かなり痛いけど、耐えられないなら鎮痛剤とか処方してもらいなさいね』

『わかる、わかるぞ、エピンク。とりあえずあれだ、あー……頑張って自力で外に石を出せ』

『だぁぁぁ、なんだしこの攻撃! この小人っ、痛だだだだっ! えげつねぇっ!!』


 本当にえげつないよ、サウラさん。どうしてこれを攻撃に生かそうと思ったのか。というか頭領(ドン)が尿路結石を患ったとか笑えばいいのかなんなのかわかんないんだけどっ!


『この痛みを決して忘れないでちょうだい。私はこれ、1度に何人でも対象に出来るわ。ギルドメンバーの力を借りれば、遠距離でも可能よ』

『まじかよっ!?』


 エピンクは、「酷ぇ」だの「反則だ」だの苦しみながら訴える。気持ちは分からなくもない。


『……今回の件、貴方の単独行動じゃないわね?』

『! ……なんの事だし』


 そんな中、サウラさんの静かな声がそう告げる。え、ネーモでも問題児とされてるこの人の勝手な行動だったんじゃないの?


「ふむ。失敗を前提に考えた揺さぶりか」

「んー、だからこそエピンクを使ったんだね。彼なら勝手な行動と受け取られるし、ボクらもそう思っていたし」


 え? え? どういうこと? ちょっとついていけてないんだけど……もしかして、私の誘拐はネーモが指示した事だった、って事?


『どこで聞きつけたのかわからないけど、たぶん本当にエルフの子どもがいるか、という確認と、私たちのその子に対する態度を調査ってところかしら』

『ぐっ……し、知らねぇし!』


 うわ、嘘つけないタイプだ! 痛みで上手く誤魔化せてないだけかもしれないけど、この態度じゃ図星と言ってるようなものだ。


『そ? まぁいいわ。ならこの言葉は貴方に贈るわね。あの子に手を出すなら私たちは容赦しない。頭領(ドン)と魔王の手を借りることも考えているの。なかなか重要な情報よ? 貴方も、誰か・・に伝える事をオススメするわよ?』

『ぐぅっ……余計なお世話だし』


 エピンクはそれだけを言うと再び呻き出した。相当苦しそうだ。そりゃそうだよね。なんせ強制的な尿路結石だもんねぇ……なった事ないからどれほどの苦しみかまではわからないけど。


『まぁ、今はさっさと帰りなさい。そんなんじゃ戯れの続きしたって楽しくないでしょ?』


 その後エピンクは無言で、というか痛みで何も言えなかったのかもしれないけど、その場を去っていったみたい。ただの喧嘩は無事に……無事に? サウラさんの完全勝利で終わったのでした。ジュマくんはつまんなかった! ってわーわー文句言ってたけどね! 当然サウラさんに一言で黙らされてたけど。


 エピンクが去った後、ジュマくんは念のためにとエピンクの後をつけることになった。


『なーんか最近こんなんばっかじゃねぇ? オレ尾行って苦手だからすぐバレるぜ?』

「んー、でもまあ、いい練習になるんじゃない? こういう機会でもなきゃ苦手を克服出来ないんじゃないかい?」

『あーもー! オレそろそろ派手に暴れたいんだけどー! これ終わったら帰りにドラゴン討伐してくっからなっ! 探すなよっ!』

『あー、はいはい。好きになさいな。ほら、行った行った!』

『ちきしょー!!』


 なんだかんだ言っても、指示された事はちゃんと遂行するジュマくんはやはり有能なんだと思うよ。ギルさんが言うには、鬼という種族特性上、1度戦いに向いた気持ちが不完全に終わって気が立っているんだって。それでも自分の感情をコントロールして従うのは凄いことだって。鬼の中では信じられないほど温厚だというジュマくん。チラホラ損な役回りだけど、私、応援するからね!


「ジュマにーちゃ、ファイトなの!」

『……おう。行ってくるわ!』


 ほら、優しい。私が声をかけただけで、ご機嫌そうにしてくれるジュマくんは、しっかりお兄ちゃんだと思った。




「ネーモの人たちもボンクラじゃないんだから、私たちが色々と勘付くだろう事は予想済みでしょうね。エピンクが嘘をつけないタチだって、知らないわけないもの。ただ、目的がはっきりしないのよねー」


 ジュマくんがエピンクを追ったので、1人じゃ危険だということで、ギルさんの指示の下、影鳥に掴まって運んでもらったサウラさんが無事ギルドへ到着。小人族とはいえ、人を運べる影鳥ちゃんたら力持ち! 魔術のおかげなのかな?

 それから、来客室でケイさんが淹れてくれたお茶を飲みながらの話し合いが始まった。私、ここにいて聞いてていいのかな?


「んー、エルフの子どもは貴重だからって理由だけじゃないって事かな?」

「ええ。いくらなんでも、それだけでウチを敵に回しかねない危険は冒さないと思うのよ。もっと何か……理由がある気がしてならないの」


 うーん、と腕を組んで考え込むサウラさん。腕に大きなお胸様が乗っており、大変けしからんです。いつか私も……!


「勘か」

「勘よ」

「んー、サウラディーテの勘はよく当たるからね」


 そんな馬鹿な事を考えているのは私くらいだろう。いや、個人的には大事な問題なのよ! お胸事情は戦争にもなるんだからねっ!


「ふぅ。ひとまず保留ね。結局は相手の出方次第だもの。後手に回る気はないけれど、メグちゃんの身の安全が第一よ」

「まあそれはそうだね」


 ポンポン、とサウラさんに頭を撫でられる。それから、いつもの底抜けな明るいそれではなく、慈愛に満ちた笑みを浮かべてサウラさんは言った。


「本当に無事で良かったわ。安心してね、これからも私たちが全力でメグちゃんを守るから」


 じわっと目頭が熱くなるのを感じた。暖かい。サウラさんたちのその気遣いがとても暖かくて、だからこそ無力な自分が悔しくて。


 ——力が欲しい。ほんの少しでいい、何かみんなの力になれるような、私だけの力が。


 そう強く願った時、目の前を淡いピンクの光が通り過ぎた。あの子だ。そう思った瞬間、考えるより先に身体が動いた。


「メグちゃん!?」

「サウラしゃん! ドア、開けてくだしゃいー! あの子と話さなきゃ!」


 あの子はドアをすり抜けて外へと出て行ってしまった。でも、この部屋のドアは特殊で自分じゃ開けられないのー!


「どうしたんだ、メグ」

「精霊しゃんでしゅ! 私はあの子と! 契約したいんでしゅ!」

「でもメグちゃん、そんなに焦って追いかけなくても……前に言っていただろう? また会えた時にって」


 そうだ。確かにそうなんだ。きっとあの子にはまた会える。話だって出来る。そんな確信がある。でも、でも、今じゃなきゃいけない、そんな気がするんだよ!


「心が叫んでるんでしゅ! 心に従うんでしゅーっ!」


 ザワザワと、心が落ち着かなくて。でもそれは不安なものではなくて、宝物を目の前にして開ける前みたいな、そんな高揚感からくるものだ。

 私が必死で訴えた言葉は、みんなに理解してもらえたようで、ギルさんが扉を開けて私と一緒に来てくれた。


「ギル! シュリエにすぐ連絡して! その儀式はシュリエがいないと!」

「! わかった」


 ああ、そうだ。儀式の時はシュリエさんに連絡するって約束してたんだ。でも、なんか今はいっぱいいっぱいで! 心の中で気を回してくれたサウラさんやギルさんに感謝する。


 こうして私はフワフワと誘うように飛ぶ淡いピンクの光、声の精霊を追いかけて、ギルド内をひた走るのだった。ま、待ってー! はぁ、ふぅ。息切れがぁ……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る