ただの喧嘩


 サウラさんの姿が消えた直後、ギルさんの小さな影鳥から先ほどまで聞いていた声が明るく響いた。


『はぁい! みんなのアイドル、サウラディーテ参上よー!』


 おそらく、場にそぐわぬ明るさだ……でも。もしかしたらサウラさんも怖いのかもしれない。それを、誤魔化すために、悟られないためにわざと明るくしてるのだとしたら。そう思ってサウラさんの強さを感じた。……ただ単にそういう性格なだけかもしれないけど!


『おわっ、サウラ! お前、どーして来たんだよ!?』

『お前、オルトゥスの小人か! うっわ、初めて見たし! 本当にいるんだなぁ、小っさ! ってかどーやって来たんだ?』


 ジュマくんの反応はわかる。でもエピンクさんや、落ち着きないですね……


『ペラペラよく喋るカンガロね? モテないわよ』

『うっせー! オイラ、モテなくていーし!』


 図星か。この人、ひょっとしてアホなんじゃ?


『ま、そんな事どーでもいいのよ。話は聞かせてもらったわ。依頼者なら、ちゃんといるわよ?』


 そんな事ってなんだし! と憤慨するエピンクを無視してサウラさんがビシッと告げた。え、依頼者いるの? 私も気になる。


『なっ、適当な事言うなし!』

『本当のことよ。あのエルフの子は私の大切な友達なの。そしてオルトゥスの仮メンバーよ』


 友達……そんな風に思ってくれてたんだ! サウラさん、好き!!


『依頼者はあの子の友達である私。あの子の抱える過去を解き明かし、安心して私たちと過ごせるように、調査と解決をね!』

『な、なんだよそれぇっ!?』

『あら。問題ないはずよ? 所属ギルドにメンバーが依頼を出してはならないなんて決まりはないもの。でしょ?』


 サウラさんの説明にエピンクはぐぬぬと唸っているようだ。でも、だって、と呟くものの、その後に言葉が続かない。


『そしてこれはオルトゥスへの指名依頼。ちゃんとした書類だって作成済みなの。わかる? エピンク、あなたがしようとしている事は世界ギルド連盟の規約違反になるのよ。わかったなら素直に言うことを聞くのね』


 世界ギルド連盟……そんなのあるんだ。いや、今更だけども。まぁ、これだけたくさんのギルドがあって、等級もあるんだから当たり前だよね。っていうかサウラさんがカッコいい。


『……ちぇっ。わかったしー。でもさ、オイラちょっと不完全燃焼っていうかー? 憂さ晴らししたい気分なんだし』


 苛立ちを隠そうともしないエピンクは、不機嫌そうにそんな事を言った。憂さ晴らしって、子どもかっ!


『少しぐらいゲームしたっていーっしょ? ギルド間の争いじゃない、ただのギルド間の交流ってやつだし』

『……意味のない争いは嫌いよ』


 音声しか聞いてないというのに、エピンクのニヤニヤ笑いが見えるようだった。これは喧嘩売ってるんだよね……サウラさん、大丈夫かな。


『あと、オイラたちにはぜーんぜん関係ないけどさ。良からぬやつってどこにでもいるじゃん? ……こんな美味しい商品、狙う奴らは何でもすると思うし? 気をつけた方がいいかもだし』

『……ご忠告どーも』


「……何か仕掛けてくるな」

「ギルナンディオもそう思うかい? 明らかな挑発だね」


 なんでも、ネーモのギルド員は規則の網を掻い潜って何でもやるというキナ臭さがあるんだって。レキからもそんな説明があったよね、確か。うぉう、これは私、あんまりボヤボヤしてられないんじゃない? 今まで以上に気を付けなきゃね。気を付けたところで知れてるけど、心構えって必要!


『てめぇ、さっきから聞いてりゃ好き勝手言いやがって』

『お? 鬼ぃ、そんな殺気飛ばしてオイラとやるってーの? ギルド間の争いは禁止だしー? オルトゥスがオイラに喧嘩売っていいわけぇ?』


 あ、ジュマくんがキレてる。その気持ちもわかるよ! というか、自分から喧嘩売ったくせになんて言い分だろう。私も怒るぞっ!


『はっ! 喧嘩? 違うだろ。ただのじゃれ合いじゃねえか。なぁ、遊ぼうぜ? 袋鼠ふくろねずみ

『……てめぇ、鬼ぃ! その呼び方はやめろし!!』


 ジュマくんも大概喧嘩っ早いとみた。というか鬼っていうくらいだし、好戦的な種族なのかもしれない。というかそろそろ確認してもいいだろうか。


「あのぅ、ジュマにーちゃは、鬼しゃんなんでしゅか?」

「んー、メグちゃんは知らなかったかい? そうだよ。ジュマは天翔鬼あまときの亜人でね、空を翔ける鬼なんだ。希少種だよ」


 天翔鬼。なんかカッコいい響きだなぁ。空を翔べちゃうなんてますますすごい。そして予想通り、鬼と名のつく種族は好戦的なのだそう。でもジュマくんは比較的楽天的で、鬼としては大人しい方なんだって。「鬼としては」という部分を強調されたので、一般的には十分好戦的だ、という意味だろう。どんだけ血の気が多いの、鬼ってやつは。


『はぁ。結局戦うのねー』

『なんだ? お前も戦う気なの? 小人のくせに?』


 ため息を吐いたサウラさんに、バカにしたような物言いのエピンク。まるで、小人に何が出来ると言わんばかりだ。ムカつくぅっ! サウラさんをバカにするなー! とプンスカしていたら、ギルさんやケイさんに頭を撫でられた。なぜだ。


『あら、悪い? 私、結構怒ってるのよね。大事な友達を勝手に狙われて』

『ひゃーっははははっ! 足手纏いにしかならない小人族が、前線で何が出来るってんだし! 怒ってるぅ? おーおー、そりゃ怖いこったし!』


 うわー、完全に馬鹿にしてる。ほんっとムカつくなぁこの人っ! 1人ぐぬぬと唸っていると、またしても頭を撫でられる。だから、なぜ。


「……馬鹿な奴だ」

「本当にねぇ。サウラディーテを怒らせるなんて。どれだけのトラウマを植え付けられる事やら」


 やれやれ、とむしろエピンクに対して若干の同情心さえ感じるような言い方に思わず寒気が。なにやら聞いちゃいけない事を聞いた気がする。サウラさん、一体何を?


『確かに小人族は弱いわ。寿命が長くて魔術が使えるだけで、ちょっと体当たりされただけでも死にかねない、人間よりも弱い種族だもの。でも私には仲間がいる。仲間が私を必ず守ってくれるって信じているし、仲間に守ってもらえる事を誇りに思ってるわ!』


 きゃー! サウラさんカッコいいーっ!! やっぱり自分に自信のある人じゃなきゃこんなセリフ出てこないよね! そんなわけで1人キャーキャーと思わず盛り上がってしまった。そしてやはり微笑ましげな顔で2人に頭を撫でられる。なんで!?


『そんなわけで、ジュマ!』

『おう』

『命懸けで私を守りなさい! 指一本私に触れさすんじゃないわよー!』

『うははっ! りょーかい。おーせのままにーっ!』


 サウラさんの物言いにいちいち痺れる、憧れるっ! 全ミニマム女子の味方だよ! そしてちょこっとサウラさんの戦い方に興味がある。一体どうやって戦うのかな? 話してた内容からいって、肉弾戦はダメって感じだし。やっぱり遠距離からの魔術攻撃かな? そんな事を考えていたらいよいよ戦闘が始まりそうな雰囲気になってきた。


『はん! 小人なんか遊びにもなんねーし! でも暇だったし、憂さ晴らしにはちょうどいいし! 相手になってやんよぉ、脆弱小人ぉ!』

『脆弱で結構! 私には私の戦い方があるのよ! 小人族との戦いをとくと味わうといいわ!』


 こうして、表向きにはギルド間交流、実際はそれぞれのプライドを傷付けられた事がキッカケの、ただの喧嘩が始まった。……ただの喧嘩、で終わるよ、ね?

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