ネーモのエピンク


「オルトゥスの重鎮が揃いも揃って、豪勢なこったし!」


 あえて人を怒らせるような口調で、挑発的にその人は言う。どこの世界にもこういう人っているんだよねー。ほんと、嫌になっちゃうよね?


「メグを返せ」

「何言ってんだし? そこで迷子になってる子どもをオイラが拾ったんだからもうオイラのモンだし」


 気迫だけで空気が震える緊迫した状況の中、エピンクなる人物はどこかのガキ大将のようなセリフを口にする。拾うって言葉を選ぶあたり、普段人をどう思っているかがわかるというものだ。そんな言葉を使うものだから、私が「拾ってください」と書かれた段ボール箱に入ってる姿を想像しちゃったじゃないか。捨てメグだぞー!


 ……緊張感ないのは私だけのようですね、はい。ごめんなさい、今は大人しくしておきます。でも言い訳させていただくと、口を挟める状況じゃないからちょっと暇なのと、何かくだらない事考えてないと怖いからだよ!! うぅ、怖い。泣く! いや、まだ我慢だっ! 泣くものかー!


「ジュマ。一体どういう事だい?」

「依頼をこなしてギルドに戻ろうとしたら、こいつの気配を感じたから。すぐ追ってきたんだ」

「街中なんだからもっと見つからないように出来ないのかい? 君は何かにつけて派手になるよねぇ」

「コソコソ隠れてなんかいらんねぇよっ」


 目をこちらから逸らさずにケイさんが問いかけ、これまた視線を逸らさずにジュマくんが答える。するとエピンクは呆れたような声色でわざとらしく声を上げた。


「うーわー。どんな気配察知能力なんだし? 鬼ってやつぁほんと厄介だしっ。オイラ、誰かに見つかるって経験久しぶりすぎ! あれ? これって超貴重な体験かもー!」


 何が楽しいのかエピンクはひゃっひゃと笑う。この人、頭大丈夫かな? こういう人って危険な薬をやってるか、元々サイコパスかのどっちかしか知らない。いずれも出来れば関わり合いたくない人種である。


 ふわんふわんと宙を舞うシャボン玉の中の私。シャボン玉に入ったままお腹の袋から出されて、片手でこの人にホイホイお手玉されているのだ。そんなに激しい動きではないけど、ずっと続けられると酔いそう……


「メグ!!」

「しかも髪も目の色も変わってんし。オイラすげぇモノ拾ったんじゃねぇ? こいつぁ貰い手が高ぁいお小遣い払うかもー?」

「……てめぇ」


 緊張感が高まる。ギルさん、ケイさん、ジュマくんは今にも襲いかかりそうだ。そうかこの人、人身売買とかしちゃう人なのかも? どうとでも言い逃れできそうな言い回しが狡い。うわぁ、私、売られちゃうのかしら?

 だというのに私ったらなんとも緊張感のない事。だって。ギルさんたちが、オルトゥスの中心人物が、そう簡単に敵にしてやられるとは思えないんだもん。うん、私はみんなを信じているのだ。


「おっと、動くなし? 世界の宝とも言えるエルフの子どもが、オイラのせいでプチっと潰れたらダメだし? うっかり中の空気抜けちまうかもしんねぇし。そんな残酷な死なせ方したくねぇもんよ! 迷子を保護した優しいオイラとしては、出来れば殺したくないんだしー! でも、オイラだって自分の命の方が惜しいし?」


 うわぁ、最低発言きた! そしてよく喋る人だ。相変わらず楽しそうにフヨフヨお手玉してるので、その隙にチラチラとエピンクなる人物の観察をしてみた。

 真っ黒な瞳。ギルさんも黒いけど、この人の目には光がない感じがする。口角がにぃっと上がっていて、不気味さを増していた。ボサボサな栗色の髪は長く、お尻を隠すほどで野生児という印象だ。フード付きのパーカーにハーフパンツ姿で、パーカーに大きなポケットが付いている。そのポケットの中に収納されてたみたいだ。ほんと、カンガルーの袋みたい。カンガルーの亜人だったりして?


「ただで済むと思うなよ? そのまま逃げてみろ。ネーモがオルトゥスに喧嘩を売ったとみなす」


 ギルさんがひっくい声でそう告げた。ネーモ? えっとどこかで……あっ! 特級ギルドの1つだ! なんか評判良くなさげな! この人特級ギルドのメンバーだったんだ。なにそれ、絶対強いじゃん。だからこそのこの余裕かぁ。でもここはオルトゥスの本拠地。分が悪いのはこの人の方だ。というか特級ギルド同士の喧嘩って軽く戦争になるんじゃ……!


「うっわ、怖ー! オイラ喧嘩なんか売ったつもりないしー? 言いがかりはやめてくれだし。でもそうだなぁ。オルトゥスの奴らは怖いし、さっさと逃げるかなぁ?」

「逃すかよっ!!」


 ジュマくんが大剣を一振りすると、その場に竜巻が起こり、周囲にあるあらゆる物を巻き込んで吹き飛んだ。エピンクは難なくその竜巻の直撃を避け、信じられないほどの跳躍で離れた家屋の屋根へと移動した。やっぱりカンガルーなんじゃなかろうか、この人。

 ちなみにこれらは一瞬の出来事で、コンマの世界というやつだと思う。だから私にわかったのはそのくらいで、実は他にも攻防が繰り広げられていたかもしれない。


「ジュマ! メグを巻き込んだらどうする!」

「そんなヘマするかよっ! 過保護が過ぎるんじゃねぇの? ギル!」

「2人とも! 今はメグちゃんを取り返す事だけ考えるんだ!」


 私という人質がいるって事で、みんな思うように動けないみたいだ。私ってば、敵に捕まっちゃったら役立たずだけでは飽き足らず、もはや足手纏いにしかなってないよ!


「おーおー、必死だし! お前らもそんなにこの商品が欲しいのかぁ? いーもん保護したし、オイラってばラッキー」

「「「商品って言うな!!!」」」


 殺気が一気に膨れ上がった。自分に向けられてないのはわかるけど、流石に怖い。カタカタ身体が震えてしまう。


「わぉ、流石にオイラでもやばいし。じゃ、本気で逃げるし!」


 エピンクはシャボン玉ごと私をお腹の袋にしまうと、拳を作って振りかぶった。それから目にも留まらぬ速さでの右ストレート(たぶん)。そしたらまたさっきみたいな泡がたくさん出てきた。なるほど、こうやって泡を出していたのね。


 私が目視出来たのはここまで。次の瞬間には真っ暗な闇の中になってしまったから。みんなが私を呼ぶ声が聞こえた気がする。


 そして、あっという間にエピンクはその場から姿を消したみたいだった。これだけの包囲網を抜け出すなんて、腐っても鯛というかなんというか。


 でも、この街はオルトゥスそのものでもあるんだ。逃げ果せたと思ったら大間違いなんだからね!


 私は暗闇の中で、無事に見つかりますようにと祈り、ギルさんたちを信じる事しか出来なかった。

 何にも出来ない。その場の流れに流されるだけ。こんなちんちくりんに出来る事はないし、幼女でありながらすごい力を持ってる、なんて異世界補正というやつもない。ただの元社畜に過ぎない私は、知恵の部分でも通用しないんだ。というより、この世界に関しては無知に等しいんだから。


 そして、身体はより無力な幼女で。あーあ、どうしようもないじゃない。


 ……無力を痛感して、涙が一筋頰を伝って流れた。

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