捕獲


「さて、話がまとまった所で。メグちゃん! 今日はどの服を着て行くのかしらぁ?」


 ウキウキしていると、ランちゃんにそんな風に声をかけられたので首を傾げる。え、今日着てきた不思議の国なワンピースとエプロンドレスじゃだめなの?


「んー、その服もとっても可愛いし似合っているけど、昨日も同じ服だったろう? せっかくだから、新しい服を着てデートの続きといかないかい?」


 ま、またあれやこれやと着せ替えタイムなのかしら。内心ビクビクしていると、心を読まれたのかケイさんがクスリと笑って、1着でいいからねと言ってくれた。ほっと安心したのも束の間。


「じゃあこのフリルとリボンの桃色ワンピースを……」

「んふふっ、ここは元気にオレンジ色のチューブトップとショートパンツが……」


 私が今着る服がケイさんとランちゃんの間で分かれ、笑顔のバトルが繰り広げられましたとさ。い、いつ終わるんだろう……!




「うん。シンプルだけど、よく似合うわ。また他の服を着た時に見せに来てねん」

「んー、可愛い子は何を着せても可愛いね。素敵だよ、メグちゃん」


 あの後、割と早くにギルさんからの喝が入り、途端に大人しくなった2人。私が服を選ぶ事になったんだけど、2人の熱の籠った視線に耐えられず、結局涙目でギルさんに選んで貰った。ギルさんは疲れたようにため息を吐きながら、この服を選んでくれた。その際に悪いなメグ、と言われたんだけど、なんかギルさんも苦労人だよねって思った。


 で、今私が何を着てるかと言うと、黒地に白いドット模様の半袖シャツに、黒いかぼちゃパンツをサスペンダーで吊っており、留める部分と背中の交差している部分に白いハート飾りが付いている。靴下はシャツと同じ模様のニーハイで、靴は歩きやすい黒のスニーカーのようなデザイン。仕上げとばかりにランちゃんがその場でモノクロ配色のハートのヘアピンを作り、左サイドに留めてくれた。見事なモノクロファッションで、なるほど、ギルさんチョイスだなって感じである。全身黒いギルさんとも、今日のケイさんとも似た配色で、ちょっとお揃いコーデっぽい。


「ふふ、本当に親子に見えるかもしれないね? ギルナンディオもなかなかセンス良いじゃないか」

「何となく選んだだけなんだが……」


 こうして無事に着替えも終えた所でお店を後にした。ランちゃんには、ギルドでの看板娘の件が決まり次第また報告に行く事に。というか、今更だけど看板娘って仕事なの? ……ギルド入り口で簡単な説明くらいは出来るようにならなきゃだよね、きっと。まだやらせてもらえるかもわかんないけどさ!


「大事な用事は終わった事だし、今度こそ街を案内しよう。ボクが良く通る場所になっちゃうけど……」

「よろちくお願いしましゅ! 楽しみでしゅー」

「ふふ、じゃあ行こうか」


 そう言いながらケイさんが手を差し出してくれたのでその手を握る。ケイさんと2人仲良く手を繋いで歩き始めるのでした。デートな雰囲気? はぐれないように保護されてるだけだね! 後ろからはギルさん付いてきてるしね! 少しだけ不機嫌そうなのは気のせいかな? ランちゃんのとこでは色々あったもんね……


「ふわぁ、人がいっぱい! それに、みんなケイしゃんやギルしゃんを見てるでしゅ」


 手を繋いでいてよかった。人で賑わう露店街では迷子になりかねないや、こりゃ。そしてすれ違う人がみんなこっちを見てる。やっぱ2人は有名人なんだなぁ、と思ってそう言ったんだけど。


「んー、この視線はみんなメグちゃんを見てるんだと思うよ?」

「ふえっ!?」

「ふふっ。メグちゃんは可愛いから、みんな気になるんじゃないかい?」


 まさかの私が原因だったなんて。いや、たぶんこの有名人2人が私という幼女を連れてるからなんだろうな。あの幼女は一体誰? っていう視線なのだろう。うん、納得。


「……さっきみたいなのはやめろよ?」

「んー? さっきみたいなの……?」

「はぁ。誤解を招く発言の事だ。ちゃんと保護している子だと言え」

「誤解? んー、よくわからないけど、わかったよ」


 いささか心配な反応である。ギルさん、今日だけで胃に穴が開かないといいけど……不憫だ。




 店を出た後は屋台通りを巡って、串焼きや肉まんみたいなのを食べ歩きながらのほほんとした時間を過ごした。屋台を巡るランチタイムもなかなかいいね! あ、ケイさん、そのたこ焼きみたいなの1つください! あーん。熱っ、熱っ! でも美味しい!

 こうして、私たちは3人で楽しくデートしてたんだけど……そんな幸せな時間は強制的に打ち切りになってしまった。


 事件は突然起きたのだ。


「危ねぇっ! ギル!!」


 上空からジュマくんと思われる怒声が聞こえたかと思ったら、突然大量の泡が出現。キメ細かい真っ白な泡やシャボン玉のような泡まで。とにかく泡、泡、泡の世界。近くにいたはずのギルさんやケイさんの姿が全く見えなくなってしまった。何!?


「メグ!! いるか!?」

「! ギルしゃん! いるでしゅ……んにゃあっ!?」


 無事を伝えようと声をあげた途端、誰かに抱えられたのを感じて思わず変な声をあげてしまった。ギュッと瞑ってしまった目をそぉっと開けると、そこには衝撃的な光景が!


 う、うわぁ! え、どうなってるの? わ、私がシャボン玉の中に入ってるぅ!?

 わぁい、誰もが一度は憧れるファンシーな状況だよね! なんて呑気にウフフしてる場合じゃない! シャボン玉みたいなのに、人が入っても割れないのはなぜ? 魔術ってやつはこんな事も出来るのかっ!


「ひゃーはははは! こいつぁ驚いたし。エルフの子どもじゃねぇの!」


 私が驚いて目を丸くしていると、意地悪そうな声が聞こえてきた。だ、誰なの? 不安になって、涙目になってしまう。


「エピンク! てめぇ、メグを離せ!!」


 その声を聞いてジュマくんが吼えるように叫んだ。そう、吼えたのだ。言葉を発してはいたんだけど、その声がまさに咆哮のように聞こえて、ビリビリと空気が震えたんだよ。

 泡だらけでハッキリしなかった視界が晴れてきた。ギルさんとケイさんは武器に手をかけて臨戦態勢になっており、ジュマくんはすでに大剣を抜いていつでも斬りかかる事が出来るように構えていた。みんなの目がギラギラとしていて、獲物を捕らえる野生動物のような光を放っているのがちょっぴり怖い。


 けど、それが私に向けられているものではないとわかっているから、怖さもそれほどのものじゃなかったけどね。殺気を一身に受けている、エピンクと呼ばれたこの人物は、ほんの少し冷や汗を流しながらも余裕を崩さぬ笑みを浮かべている。それは、この人がかなりの強者だってことだ。こんな強い3人の殺気を浴びて、余裕を残してるんだもん。

 周囲にいた、逃げ遅れた街の人たちが何人か殺気に耐えられずに気絶しているみたいだ。完全なとばっちりだよね。ギルさんたち……それどころじゃない状況だって事は重々承知してるんだけどさ、もう少しだけ周囲に気を配ろう? 落ち着いて!


 え、私? なんでこんな落ち着いてるのかって?


 ちょっと他の事に気を取られちゃってさ……だってね? シャボン玉の中にいる私ったらね?


 このエピンクって人のお腹辺りにある袋にスッポリ収まってるんだもん! カンガルーかって突っ込んじゃうよね! カンガルーのお腹の袋にいる幼女。ちきしょー可愛い絵面じゃないか。返せ、緊張感!!


 とにかく! 私はどうやら敵っぽい人物に捕まってしまったようです。

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