sideシュリエレツィーノ2


 メグのことについて緊急会議が開かれることになりました。ギルからの情報と、私の調べとを擦り合わせると、とんでもない事実が浮上したからです。


 まだ可能性の域は出ませんが、ほぼ間違いないとみて良い重大な情報。これをギルド内の代表者たちと共有しておかなければとサウラに伝えたところ、今夜会議が開かれる事になった、というわけです。


『それで、メグはどうなんだ』


 黒い鷲の形の影からギルの声が聞こえてきます。これはギルの魔術であり、生き物ではなくギルの魔力が込められた影で、声を届ける事が出来るのです。ちなみに、似たような方法で持ち物や人を送る事も出来ます。距離と人数、他にも制限があるそうですが、十分に反則級で便利な力。なのでその事を知るのはここにいるメンバーと頭領ドンくらいでしょう。


「元気だったぞぉ! 俺を恐がらなかったなぁ、メグのやつぁ!」

『……そうか』


 ニカの軽い返答にやや満足気な返事をするギル。本当に良いのですかそれで。何にも興味を持っていなそうなギルですが、メグの事となると話は別。些細な情報でも満足するあたり、メグにやられてますね。

 まぁ、その気持ちもわかります。私とて同じですしね。と言いますか、メグと関わったこのギルドの皆が同じ気持ちだと思います。そうでなければこんな重鎮ばかりを集めた会議なんか開きませんし。


「さ、始めるわよー! 早いとこ話しちゃいましょ。……眠いし!」

「本当にサウラディーテは寝るのが好きだよね? ボクたちはみんな5日くらい寝なくても平気なのに」

「そんな事言ったら、2、3日食べなくても平気なのに食べるじゃない。要は娯楽よ!」


 ケイの質問にもっともな返事をするサウラ。飲み食いも睡眠も異性に対する性的欲求も、私たち亜人はそこまで必要としません。人間ほどではない、というだけで必要ではありますけど。ただ、多くの亜人は寝るのが勿体無いなどでずっと活動していますね。このギルドでは3日に1度は出来るだけ寝る事、と決められていますが。頭領ドンの不思議なこだわりの1つです。


「じゃあギルから! キリキリ話しちゃって!」

『わかった。ここ2日で調べた結果だが……』


 こうして会議が始まりました。




 ギルからの報告をまとめるとこうです。ギルが件のダンジョンに戻った時、やはりほとんど情報は残されていなかったようでした。それでも僅かな魔力の残骸を元に、メグに魔術を施したであろう場所まで辿る事が出来た、と。これにかなりの時間と集中力を要した事は説明されるまでもありませんでした。


『辿れたのはホークレイ国境付近までだったが、その先どちら方面からメグとその保護者が来たのかは大体わかった』


 ホークレイというのは、ダンジョンのある国、セントレイ国より北にある国です。オルトゥスのあるリルトーレイ国からはかなり遠い位置にあります。移動だけでも大変だったでしょうに、この男はそんな事は露ほども感じさせません。流石ですね。


「そこまでわかっているなら、なぜそれ以上追えないんだい?」


 ケイからはもっともな意見が飛びます。ホークレイとセントレイの国境は、この大陸で最も高く聳え立つ山の麓。山が丸ごとホークレイの土地になります。

 なので他国からホークレイに行くためには山を越えねばなりません。その為のルートが3つあるのですが、そのうち2つは正規ルートと呼ばれ、比較的安全なルートです。そしてもう1つは迂回ルート。危険なルートで、普通はまず選択肢にすら上がりません。


『……正規ルートではなく、迂回ルートから来ているからだ』

「それって……」


 迂回ルートも使う人がいないわけではないのです。そのルートを使わざるを得ない理由で考えられるのは2つ。

 1つは平たく言えば訳ありですね。何者かに追われていたり、夜逃げだったり。人知れず国を渡るために仕方なく使う人がいるわけです。正規ルートでは手続きをするので、誰が通ったか調べればすぐにわかりますからね。

 ただ、無事に通過出来る人は殆どいません。例え通過できても満身創痍、無傷でいられるわけがないのです。なのでほぼ無傷だったメグは、そちらの理由ではありません。


 そしてもう1つの理由こそが、メグの秘密の答え。無事にダンジョンに辿り着く事が出来た事からも、私の調べた結果からも、間違いないと思われるその理由。それは——


『訳ありではあるがな。メグは……おそらくハイエルフだ』

「「「!?」」」


 ……迂回ルートの先にあるのは、ハイエルフの秘境。誰も訪れた事がないと噂される文字通り秘境で、その存在すら夢物語なのではないかと言われています。ですが、ハイエルフは実際に存在し、ハイエルフたちが住む郷も迂回ルートの先にある事を私は知っています。私の故郷、エルフの郷にハイエルフについて記された書物があり、それを読んだことがありますからね。


「ハイエルフっつったらお前ぇ、多種族皆敵とみなし、問答無用で排除する恐ろしい種族だろぉ? それが、メグだってのかぁ?」

「あんなに優しい子がそんな種族だなんて……とてもそうは思えないね」


 そう。ハイエルフは誇り高き種族。それはもう、度を超えるほどに。私たちエルフすら、ハイエルフと同種族と認められる事は決してないのですから。

 南の孤島にあるエルフの郷と、真逆に位置する北の秘境にあるハイエルフの郷。この距離からしてハイエルフが特にエルフを毛嫌いしている事はわかると思います。恐らく、エルフを確認したら問答無用で殺すでしょう。まるで害虫駆除のように。

 エルフとハイエルフの決定的な違いが生まれた、歴史的瞬間。それをハイエルフはずっと覚えており、我々エルフを特に憎んでいます。ほぼ同じ種族だというのに、決して分かり合えない相手なのです。


 何万年という時を生きる、この世界で最も寿命の長い種族の1つなので、その叡智は計り知れません。だからこそ、多種族との関わりを拒否しているとも言われていますが。長い生を過ごすうちに、考えが真理に辿り着いたのか、歪んだのか。知る術はありませんけど。


「……というか、ハイエルフの、しかも子どもなんて、それこそ空想の生き物レベルよ。それもこんなところにいるなんてどれだけの奇跡が重なったっていうのよ」


 サウラの言う通り、ただでさえ出生率の低い我々よりも、もっと出生率が低いハイエルフ。数千年単位で生まれていないでしょうに。それほどまでに貴重な同族をハイエルフたちが外へ出すなど、天変地異でも起こるのではないでしょうか。


「よほどの事態がない限りあり得ませんね。そのよほど・・・の事態というのが一体どんなものなのか……恐ろしい限りです」

『下手したらハイエルフとの戦争だ』


 ハイエルフとの戦争。人数でいうなら我々の圧倒的勝利でしょう。けれど、ハイエルフの持つ叡智と自然魔術はもはや災害レベル。それも1人1人が持つ力なのです。辛くも勝利を収めたとしても、この世界が半分以上無くなっていてもおかしくない事態となるでしょう。

 事は世界を巻き込むほどの重大性を持ち始めました。それがあんなに幼い子がきっかけなどとは、この場にいる誰もが考えたくない事だったでしょう。あの子の運命は、生まれた瞬間から厳しいものだったのかもしれません。


「早急に頭領ドンに話を伝えるわ。私たちだけの手には負えないもの」

「……そうだな。場合によっては魔王にも手を貸してもらう事になるかもしれない」


 サウラとルドの意見には、誰も口を挟みませんでした。頭領ドンと魔王に頼る。それは最終段階でもあるというのに。けれど、今がまさにその時。

 どうしても場の空気が重くなります。無理もありませんね。


『だが……メグには、出来るだけ穏やかに過ごしてもらいたい』


 ポツリと漏らすギルの一言には、誰もが同意を示しました。あの子の正体をほぼ確定したというのに、不思議とあの子を敵視したり手放したりする気にはなれなかったのです。


「そういえば、メグが最初の精霊に選ぼうとしているのはとても弱い個体でした。潜在能力を考えればもっと強力な個体も選び放題だというのに」


 例え弱いと知っても、メグはあの精霊を選ぶでしょう。そんなあの子の性格を思うと思わず笑みが溢れます。ハイエルフ独特の考えを、あの子は一切持っていないのですから。会議室に柔らかな空気が流れ始めました。メグ、貴女は本当に不思議な子ですね。色んな意味でまさに、奇跡の子。


「!」


 突如、ルドが表情を真剣なものに変えて席を立ちました。その行動により再び場に緊張が走ります。


「どうしたぁ、ルド?」

「……メグに異変があったようだ。レキからの連絡があったよ」


 その一言に誰もが顔色を変えて立ち上がりました。影からはギルの動揺した様子も伝わってきます。


「これから話そうと思っていた事だったんだ。ちょうどいい、皆も医務室に来てくれ。ただし、私が良いと言うまで何もアクションは起こすな。声も出すんじゃないぞ」


 医師の顔をしたルドの一言に誰もが黙って頷きました。逆らう者はいません。この状態のルドに逆らう事の危険性を皆が知っているからです。


 それから私たちは、黙って席を立ち、足早に医務室へと向かいました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る