看板娘への道

2度寝


 私は真っ白な世界をゆっくりと歩いていた。すぐに夢だと気付いた。


 夢だというのに、私の思う通りに身体が動かなくて、勝手に身体が動くこの状況。夢なら思い通りに動いてもいいじゃない、なんて心の中で1人ごちる。

 あれだなぁ。金縛りみたい。身体は動いてるけど、私の意思とは違うから。だから、少し苦しい。


 起きたい。目覚めたい。ほら、起きるのよメグ! だけど、全然目覚める気配がなかった。


 身体は勝手に歩き回って、何もない空間にあたかもテーブルがあるかのように寄りかかり、何かを描いていた。何を描いてるのか、私の身体だというのにわからない。


 ん? 私の、身体?

 違う。この子どもの身体だ。そっか、子どもの意識が身体を動かしてるのかもしれない。


 だとしたら、邪魔なのは私の方では? いなくならなければならないのは私の方?

 そう考えたら、この世界でお世話になった人たちの顔が次々と思い浮かんで、とても、悲しくなった。


 この身体を、乗っ取る気はないよ。けど、やっぱり寂しい。

 それに、私がこの身体から消えたら、私は、どうなるの?


 怖い。……でも、受け入れなきゃいけない。そんな葛藤があって、どんどん心が苦しくなっていく。


 苦しいよ、苦しいよ。


 お願い、身体の持ち主ちゃん。私の勝手だって事はわかってるの。だけど、だけどね? ほんの少しだけでいいから、私に時間をくれないかなぁ?

 心の準備をさせてほしいんだ。……出来るかどうかはわからないけど。その時は、もうダメだって見切っていいから。


 あと少しだけ。久しぶりに愛情に包まれて、私、幸せなんだ。……ワガママだよね。


 ……? 描き終わったの? 何を一生懸命描いていたのかな。見てみたいな。


 そう思っていたら、そこには何もなかったはずなのに、確かに1枚の紙が置いてあった。その絵を見た瞬間、私は自分の身体を抱きしめた。そう、私の意思で・・・・・


 この絵の意味を、私は知っている・・・・・・・


「あ、あ……いや……」


 私は自分の身体を抱きしめながら、必死でその震えをおさえようとしていた。




『……! ……グ! メグ、メグ!!』


 聞いた事のある声が聞こえてきた。この声は——


『メグ!!』

「んにゅ……ギルしゃん?」


 意識が覚醒した。しばし状況が把握できずにぼんやりしてしまう。

 あれ? ここ、医務室? なんだか皆さん勢揃いなんだけど、どうしたんだろう。


「……朝でしゅか?」


 それにしては窓の外は暗いし、まだ眠い。ゴシゴシと手で目を擦る。


「いや、朝じゃないよ。起こして悪かったね。魘されていたようだったから、心配したんだよ」


 そう言って私を抱き上げたのはルド医師。魘されてた? 私が?


「そうよ。怖い夢でも見てたの? 大丈夫?」


 抱き上げられているので下の方から見上げるようにサウラさんが問いかけてきた。心配そうな顔。でも、ごめんなさい、ぜんっぜん覚えてないんだよね。


「んー……わかんないでしゅ。忘れちゃったでしゅよ」


 それだけ答えてくあっ、と欠伸を1つ。心配させておいて酷い態度である。ごめんなさい、どうしても眠気に勝てないの!


「そうか。それならいいんだよ。悪かったね。またゆっくり眠るといい」


 そう言いながらルド医師が自分の方に私を寄りかからせて背中をポンポンするものだから、それに抵抗なんか出来やしない。お言葉に甘えて寝させてもらいます。


『……ゆっくり休め』

「おやすみ、なしゃい……」


 あれぇ? ギルさんの声が聞こえるよ。寝惚けてるのかな。でも幸せな幻聴だ。ちゃんと挨拶は返してから夢の世界へと旅立たせてもらった。




 おっはよーございます! うーんよく寝た。夜中に1度起きたと思うんだけど、そこから夢も見ずに爆睡。おかげで今日も元気いっぱいメグさんですよ!

 ベッドの上で伸びをしていると、部屋の戸をノックする音が聞こえてきた。


「はぁい」

「メグちゃん、おはようなのです。メアリーラなのですよ!」


 メアリーラさん! もう出勤なのね。早いなぁ。お仕事は程々にね。なーんて、元社畜に言われたくないか。そんな事を考えながらどうぞー、と返事をすると、メアリーラさんは紙袋を抱えて部屋に入ってきた。


「メグちゃん、よく眠れたですか?」

「あいっ! 今日も元気いっぱいでしゅー!」


 ニコニコと笑顔で聞いてくるメアリーラさんに、万歳して元気さをアピールすると、微笑ましげに良かったのです、と言われた。えへ。


「昨日はオフだったのですけど、お買い物行ったら服屋さんに声をかけられてですね……これを渡されたのです! 昨日の水色ワンピースにきっと合うからって。サービスだそうですよ!」

「うわぁ!」


 そう言って袋から出されたのは真っ白なフリフリエプロンドレスだった。わぁ、水色ワンピースとの色合いもあって、不思議の国の誰かみたい! 中身アラサーな私的にはアウトでも、プリチーラブリーなこの美幼女にはベストマッチ間違いなしだ!


「水色ワンピースは昨日洗って乾かしてもらいましたからね! さ、お着替えして朝ご飯食べに行きましょ。メグちゃんを待ちかねてる人がいるですよ?」

「待ってる人?」

「ふふ、お楽しみに、なのですよ!」


 んー、誰だろう? 今日はケイさんとお出かけだから、ケイさんかな? そう当たりをつけて、いそいそと着替え始めた。


「ああ……っ! 似合いすぎるのです、可愛すぎるのですよ!」


 着替え終わった途端、まじまじと私を見つめたメアリーラさんは、額に手を当ててクラリとよろけながらそう告げた。子どもの着飾った姿って可愛いよね! わかるよ! なのでサービス、とばかりにくるんとその場で回ってみた。ふわっとスカートとエプロンドレスのフリルが揺れる。これに白い靴下とか黒い靴とかあったら完璧じゃなかろうか。何がとは言わないけど。


「きゃんわいい……っ!」


 床に手をついて震え出してしまった。そんなにですか。可愛い物好きそうなメアリーラさんには刺激が強すぎたようでした。ごめんよ。お姉さん、はしゃぎすぎたわ。


 立ち直ったメアリーラさんと手を繋ぎ、医務室を通過。挨拶をしたルド医師には絶賛されたけど、レキには無言で立ち尽くされてしまった。興味なかったかな、すまん。

 それから軽くスキップでもしそうな勢いのメアリーラさんと食堂まで行く道中、色んな人に声をかけられては褒められた私は上機嫌! 自然とニコニコしちゃうよね! えへへ、ありがとう! お礼を言いながら手を振り歩く。うん、いい朝である!


 けど、何人か鼻血出してる人がいたんだよねー。訓練で怪我でもしたのかな? お大事に……

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