sideレキ2
「レキ。今日の試験は合格だ」
「えっ」
あのチビが風呂に行った後、ルド医師にそう言われて驚いた。自分ではダメだと思っていたからだ。
正直、試験の話を聞いた時は、チビを気にせず適当に上手くやって合格してやろうと思ってた。だけど、小さくて、弱そうで、それでもヘラヘラ笑ってるチビがどうも苦手で、冷たい態度をとったその自覚はあったんだ。
「どうして……」
だから、ついそんな言葉を漏らしてしまった。
「今日1日について言うなら全部ダメだ。まず、予想通り態度がお話にならないし、メグに怪我をさせる前にどうにか出来ないようじゃ、側にいた意味がない。例え治療が完璧だったとしても」
「はい……?」
ならば、なぜ合格なのか。腑に落ちない。何が何でも合格はしたかったけど、納得出来ない結果は嫌だった。
「ならなぜ合格なのか。それは
「!」
予想外の返答に目を見開く。と同時にまだ理解できなくて頭が混乱する。ルド医師は続けた。
「腕さえ良ければ患者に態々細かい説明をする必要はない。態度も患者に媚びる必要はない。そう考える医療従事者は結構いる。その全てを否定する気はないが、私の、そしてギルドの方針とは合わない。わかるな?」
そうだ。確実な治療が出来る、と言う人はこの世界において実は結構貴重だ。だからこそ、医師や看護士は何を勘違いしてるのか、偉そうな奴らが多い。僕はそういった人たちが大嫌いだし、ここの方針がそうじゃないと知っているからこそ、ここで学んでいる。なのに、どうしても態度が悪くなってしまうのは、自分でも悩みの種ではあるんだ。
「メグは幼い。だがレキ、君は幼い子ども相手にもきちんと説明したそうじゃないか。その姿勢は正しい」
「え、だって、聞いてきたから答えたんだ。それは普通だろ?」
「そうだね。でも幼い相手に説明したって分かりゃしないと説明を省く人は多いと思うよ」
メグの質問にもわかりやすく説明した、と聞いたからその点を高く評価するとルド医師は言う。そんな、当たり前の事で? まだ少し理解出来ないけど、その当たり前が出来ない人物が多いのだと言われた。それはそれで、嫌な大人ばかりだとうんざりする。
「メグは年の割に聡明だ。だから、レキが子どもだからと説明を適当にするようなら、メグにもすぐにわかっただろう。メグをお前の試験相手にするにはとても良いと思ったんだよ」
なるほどね。でも僕としては当たり前のことすぎて拍子抜けだ。ぽかん、としていると、ルド医師が真剣な眼差しに切り替えて僕を見たので、僕も姿勢を正す。穏やかそうに見えて、本当はとても厳しい人なんだ。
「だが、いつまでも君のその態度を許容する気はないよ。だから『今日の試験は』合格だ、と言ったんだ。君の過去に思うところはあるし、配慮したい気持ちもある。だが、だからこそ乗り越えて欲しいと思っている」
「……それは、もちろん。僕も、その点について情けは不要だ……です」
不慣れな言葉遣いをするから、ルド医師に笑われる。あー、やっぱ丁寧に話すとか無理。
「では、そんなレキに課題を出そう。あの子に手を差し伸べてやるんだ」
「手を?」
「詳しい事は夜勤の時に話すが、あの子は色々と抱えている子だ。だがその記憶がない」
記憶喪失……その事実に愕然とした。あんなにヘラヘラしてたのに、そう思うと何とも言えない気持ちになる。
「だからこそ、あの子の抱えているものも我々は把握出来ない。あの子は不安定なんだよ。だから、手を差し伸べてやってくれ」
そんな話を聞かされたからか、風呂から上がったあいつを寝室に連れて行くのに手を引いてやったんだ。自然と差し出した手に、自分でも驚いた。もちろん、手を差し伸べるってのがそういう事じゃないってのはわかってるけど……少しは、歩み寄ってやろうと思った。それだけ。
僕と同じような幼少時代を過ごして欲しくない、まだ間に合う、と。そう思っただけなんだ。
「じゃあ、行ってくるから異変があったら教えてくれ」
「わかった」
あいつが寝て、色んな話を聞かされた後、ルド医師は会議室へと向かった。ギルドの重鎮が集まって、会議が行われるのだ。今調査に出ているギルさんも影を通じて話し合いに参加するらしい。もちろん議題はあのチビについて。ギルさんが情報を掴んだとかで緊急会議だ。
その間、僕は1人で夜勤だけど、チビがいるから気は抜けない。昨日の夜の話は聞いたけど、実際夢遊病の症状を見るのは初めてだから緊張する。まあ、今日もそれを発症するかはわからないけど。
だから、会議の途中でもルド医師に異変を知らせるために、ルド医師の糸を預かっていた。
ルド医師は
その糸を、僕のデスクに張ってあるから、異変が起きた時に軽く指で3回弾くことになってる。1回や2回だと、何かに引っ掛ける事もあるからだ。
ルド医師はこの見えない、感じない糸をギルド中、場合によっては街にも張り巡らせてあるらしい。流石に街の外までは範囲が及ばないと聞いたことがあるけど、それでも十分脅威だと思う。
だから、ルド医師に隠し事は出来ない。でもその全てを常に監視するのは流石に疲れてしまうらしいけど。まぁ、当然か。でも、今日の試験はきっと注意していただろう。あのバカ鬼と2重の監視が付いてたって事になる。僕のためではなく、子どものために。ずいぶん子どもに対する扱いが甘いな、と腹が立ったが、チビの背景を聞いた今ならそれも納得出来た。
さて、報告書の見直しをして、1度チビの様子でも見に行こうかと思っていた時だ。異変が起きたのは。
頭ではわかっていた。だけど、実際目の前でそれを見ると、少し恐怖を感じた。なぜかはわからないけど、こいつが、こいつでない感じがしたからだと思う。
部屋から静かに出てきたと思ったら、フラフラと覚束ない足取りで医務室内を歩くチビ。何かを探しているようにも見えた。
「紙とペンかな……ルド医師に知らせないとな」
すぐに糸を3度弾き、チビの前に紙とペンを差し出してみた。
すると、チビは何の躊躇いもなくそれらを受け取り、テーブルに紙を置いて何かを一生懸命書き始めた。背が低いから書きづらそうだが、特に気にした様子もない。
といっても、無表情で何も考えてないように見えるけど。
こうしてチビの不思議な行動を黙って観察していると、急いで戻ってきたらしいルド医師と、なぜか会議に参加していたであろうメンバーが勢揃いでやってきた。
まぁ、気になるだろうな。そう思って、僕は皆に視線でチビを示したのだった。
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