良い変化


「話は終わったか。そろそろチビは寝る時間だ」


 絶妙なタイミングでやってきたレキ。食器を片付けた後は少し離れた位置で待っていてくれた出来る少年である。少年って言ったら失礼か。


「わかりました。メグ、ゆっくり休んでくださいね。また何かあれば受付に伝言を残してください。必ずその日の内にお返事しますから」

「あい! ありがとーごじゃいました!」

「レキも、片付けありがとうございます」

「いや……」


 目を逸らして素っ気なく返事をしたレキだけど、シュリエさんにお礼を言われて嬉しそうだ。それをシュリエさんも気付いたのか、少し口角を上げている。うんうん、わかるよ、素直じゃないよね!

 それから私たちはおやすみなさい、とシュリエさんに挨拶をして、レキと共に医務室へ向かったのだった。今日はそこまで眠くないから自分の足で向かうよ!


 医務室へ着くと、すでにルド医師が待っていた。私たちを見ると書類を書いていた手を止めて微笑みながらこちらに顔を向けてくれる。


「2人とも、お疲れ様。レキは朝までだけどね。さてメグ、レキの案内はどうだったかな?」


 おっとそうだったね。今日の私はレキの案内について思った事を伝えるお仕事があったんだ。忘れてないよ?


「あい。でもしょの前に、レキは看護士しゃんを目指してるんでしゅよね?」

「うん、そうだよ」


 私の質問にルド医師がすぐに答える。レキに目を向けると1つ頷かれた。


「だとしたら、威圧感を与える態度はどうかと思いましゅ」


 私の最初の評価にレキは顔をしかめたけど、心当たりがあり過ぎるのか何も言わない。でも、私の言いたい事はこの先にあるのだ。


「だからこしょ、もったいないなぁって」

「勿体無い?」


 ルド医師が確認のために聞き返す。でも表情からきっと察しているんだろうなぁっていうのがわかった。


「ギルド内の説明もわかりやしゅかったでしゅ。丁寧だし、質問にもすぐ答えてくれまちた! それに、途中で私が転んだ時も、すぐに手当てしてくれて……態度はツンツンで怖かったでしゅけど、ちっとも痛くなかったでしゅ!」


 どうにか一生懸命伝えようと頑張って言葉にする。私、こんなに語彙力残念だったっけ? でもレキに悪い評価は下されたくなかったから必死だったんだ。だからって態度が悪い点について嘘をつくわけにもいかないし。つ、伝われっ!


「そうか。メグ、よくレキの事を見ているね。十分だよ、ありがとう」

「そうでしゅか……?」

「もちろん。初仕事はちゃんとこなせたと報告させてもらうよ。さて、お風呂の準備は出来ているから済ませておいで。それとも……手伝うかい?」

「ひ、1人で入れるでしゅ!」


 そんな羞恥プレイ無理! 慌ててお風呂の支度をしに走ったら、背後からクスクス笑うルド医師の気配がした。くっ、謀られた!




「いーい湯ーだーなっ! うふふん!」


 思わず湯船で歌ってしまうよ、例の曲。和食に続いて湯船に浸かる文化まであるなんて、この世界ったら私を永住させる気満々だよ。

 昨日も確か入ったんだけどねぇ。眠すぎてほとんど覚えてないのだ。でもお湯の出し方とか石鹸の場所とか覚えてたから私、偉い。小さな身体で洗うのは大変だったけど。


 え? 1人で入ってるよ? ……と言いたい所だけど、さすがに幼児の1人風呂はさせてくれませんって。受付事務担当だという女性ギルド員さんが微笑ましげに見守ってくれていますとも。しかも背中流してくれましたよ。お世話になりました!


『いーい湯ーだーなっ』

「! 声の精霊しゃん?」


 そろそろ上がろうかと思っていると、どこからともなく私の歌声・・・・が聞こえてきた。きっとそうだろうと声をかけるとそうなのよー、とお返事。チラ、と付き添いのお姉さんを見たけど、キョトンとした様子から、私が独り言言っていると思っていそうだ。ち、違うの……!


「ねぇ、声の精霊しゃん。私、あなたと仲良しになりたいの。ダメかなぁ?」


 でもせっかくまた会えたのだからと、私は小声で精霊に話しかけた。すると、戸惑うような感情が流れてくる。首を傾げて反応を待っていると、小さな声で精霊が告げた。


『私、中途半端な精霊なの。貴女の役に、立たないの』


 その声はとても悲しそうで。今にも消えそうだった。


「私、仲良しになりたいって言ったんだよ? 友だちに、役に立つ立たないは関係ないよ!」

『とも、だち……?』


 そう。仲良くなりたいな、って思うのにメリットなんか考えてない。例えデメリットしかなかったとしても、私は友だちになりたいと思ったよ、と精霊に告げた。


『でも、私たちは、役に立つことこそ喜びなの……うれしいけど、うれしいけど……やっぱり無理なの!』

「あっ、待って」


 私の呼ぶ声も聞かずに、また声の精霊はどこかへ行ってしまった。ああ、もう少しお話したかったな。聞きたいこともあったのに、聞きそびれてしまった。うーむ。

 でも、あの子から近寄ってきてくれた。これはいい傾向と言えるかもしれないよね。前向きに捉えて頷くと、私はようやく湯船から上がった。……少しのぼせたようである。




「メグ、のぼせたのかい? ほっぺが真っ赤だ」


 お風呂から上がってふらふらとルド医師たちの元へ戻ると、案の定そう突っ込まれた。ちゃんと生活魔術でお水出して飲んだり、風出して涼んだんだけどなぁ。自然魔術がまだ使えないからショボいものだったけど。


「こっちにおいで。髪を乾かそう」


 仕方ない子だ、とでも言うようにルド医師は笑う。ちょっと居た堪れない気持ちで大人しくルド医師の前に座った。


「……ほら」

「あ、ありがとーごじゃいましゅ!」


 ルド医師に髪を乾かしてもらっていると、レキがアプリィ水を持ってきてくれた。ただの水より身体に染み渡るわぁ。


 それから歯磨きを終え、しっかり仕上げ磨きまでされた後、ベッドへと向かう事となった。火照った身体もだいぶ落ち着いた気がする。そうなるとやってくるのは睡魔。ねむ、ねむー。


「じゃあおやすみ、メグ。今日はレキも朝までいるからね。レキ、連れて行ってやってくれ」

「はい。……行くぞ」


 そう言って差し出された手に目を丸くした。えっ、レキが、手!?


「……なんだよ」

「な、なんでもないでしゅ!」


 そっぽ向きながら不機嫌そうにそういうレキだったけど、顔が赤いし、差し出した手は引かない。何? お姉さんを萌え殺しにかかってる? ルド医師は面白そうな顔でこっちを見てるし。

 でも、せっかくだからその手に自分の手を乗せた。レキの手は、ほんのりあったかかった。


「今日は、ありがとーごじゃいました。レキの説明、わかりやしゅかったでしゅ」


 ベッドに入って横になってから、改めてレキにお礼を言った。眠かったから小さい声になっちゃったけど。


「わかったから、もう寝ろ。身体は疲れてる筈だ」


 お風呂に入ってる間にルド医師に何か言われたのかな。ずっとあった刺々しい雰囲気が少し消えた気がする。でも相変わらず素直じゃないけどね!


「あい。おやしゅみなしゃい……」


 心があったかくなるのを感じながら、嬉しい気持ちで眠りに落ちていった。サラリと髪を撫でられた気がしたけど、なんたってレキだし、気のせいだったかもしれない。

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