なるほどこれがツンデレ
「ホールはエントランスも兼ねてる。受付にたどり着くにはホールを突っ切らなければならない。見た事のない奴はここでまず洗礼を受ける」
「せんれー、でしゅか?」
態度こそ素っ気ないけど、少年の案内と説明はかなり分かり易かった。話が脱線しない分、必要な事だけを話すからスピードも早い。でもここでこんな事があった、とかの小話があったらそれはそれで楽しいかもしれない。だけど、この少年にそれを求めるのは難しいだろうなぁ。
「隠蔽魔術を使ってないかとか、罠じゃないかとか色々な魔術が飛び交ってる。気付かなかったのか? 鈍いな」
「気付かなかったでしゅー」
そして、ちょいちょい棘を飛ばしてくる少年。けど別にムカつくとかなんだこいつとか、そんな風には思わないんだよね。素直じゃないっていう事前情報を仕入れているから、少年がどれだけ棘を飛ばしてきても、生温い眼差しで「いつか黒歴史に悶える日が来るのよね、頑張れ」と思うのが精々なのである。
だからそんな嫌味を完全スルーして返事を軽く返すんだけど、それが少年には拍子抜けなようで、軽く眉間にシワを寄せるのだ。いやぁ、だからと言って態度を変える気はないんだけども。目線は完全に若い子を見る枯れたおばちゃんだから許しておくれ。
「……受付カウンターの裏側に階段がある。が、他のフロアに行く前にまずこのフロアを見て回る」
「お願いしましゅ!」
少年は嫌そうにため息を吐いてからそう告げた。うん、仕事はちゃんとやるって姿勢ね。なんてわかりやすい。
ギルド内は円形になっていて、エントランスホールにある受付カウンターを中心に、ぐるっと各部屋があるようだった。カウンターを前にして左側から時計回りに巡っていく。食堂、訓練場、医務室が主な施設で、その途中に倉庫だったりお手洗いだったりが設置されていた。うん。この階はどこも行ったことのある場所だ。ほぼ抱っこでの移動だったけどね。自分の足で歩くと結構疲れる距離である。うぅ、体力ないなぁ。
訓練場がそうだったように、医務室の奥や倉庫は扉を開けたら異空間、といった作りになっていて、外見からは想像も出来ないほど部屋の中は広くなっていた。魔術とは縁の無い暮らしをしていた私にとって、その光景は未だ違和感が拭えない。便利だよねぇ。そうなると変な話、土地ってものが必要ないよね、なんて考えているとタイムリーに少年が補足説明をしてくれる。
「言っておくけど、固定異空間魔術のかけられた部屋なんか普通ないからな? ここ以外だとそれこそ王城くらいだ」
「そうなんでしゅか?」
「まずこの魔術をかけても問題ないほどの耐久性を持った建物じゃなきゃダメだ。それを用意するだけでも難易度が高いし、素材集めと加工に時間も金もかかるから普通は諦める」
そ、そうなんだ。という事は、そんな魔術が至る所にかけられているこの建物って、下手したら王城よりも頑丈? そういえばシュリエさんが、ここは世界で1番安全、みたいな事言ってたっけ。なるほど、すごく納得した。
そして今更ながら私みたいなちびっ子が当たり前のように利用していい場所じゃないんだな、と実感が湧く。これは必死にならないと、今は良くても成人した時に役立たず! って追い出される可能性大だ。本気で頑張ろう……!
「カウンターの奥に柱があるだろ。あの裏側に地下に続く階段がある。地下は鍛治、加工が出来る施設と研究室で、職人の聖域になってる。頭おかしい奴らばかりだから気を付け……」
ん? 気を付けてって言おうとしたのかな? 不自然に言葉を切って暫し黙った少年。不思議に思って顔を覗き込むと、ハッとしたように私から目を逸らした。
「別にお前を心配してるわけじゃねぇから! ただ1人で行くと、お前みたいなチビは特に作業の邪魔になるから勝手に行くんじゃねぇって言いたかったんだ!」
少年は慌てたように早口でそう言った。お、素直じゃない。それ、つまり心配してくれたって事だよね? なんだ、やっぱり結構優しい子なんだなぁ。いわゆるツンデレってやつだよね。私、知ってる!
ところでさ、そろそろ本当なら最初にやらなきゃいけない事しましょうね! 私は今ならいけそうだと思って口を開いた。
「メグでしゅ」
「は……?」
「名前、メグでしゅ。自己紹介してなかったでしゅから。メグって呼んでくだしゃい! にーちゃは、レキしゃん?」
「……っ!」
そう、自己紹介である。ゆえに私は未だに脳内でも君を少年と呼び続けているんだぞ。昔っから変なこだわりがあって、ね。ちゃんとお互いに挨拶してなければ、例え脳内でも相手の名前を呼ばないっていう自分ルール。さすがに芸能人とか先生とか会社の会長とか、例外はあるけども。基本的にはこのルールを適用している。
理由は些細な事だ。自己紹介し合うことで関係性が分かりやすくなるし、何と言っても名前を覚えられるからである。互いにちゃんと挨拶さえすれば、私は1度で人の顔と名前を覚えられるのだ。数少ない特技と言える。
だから、最初からこの少年と自己紹介をし合う機会をうかがってたんだ。でも少年たら気難しそうだったから、良いタイミングを待ってたってわけ。
「そうだけど……なんだよその、レキ『しゃん』て」
「そこは、ごめんしゃい……どうちても上手く言えないんでしゅ」
たぶん照れ隠しであろう切り返しに、ここは素直に謝っておく。さすがにわざとではないと分かりきっているので、咎められはしなかったが、少年は意外にも呼び捨てにしろと言ってきた。
「レキ、にぃ?」
「僕はお前の兄貴じゃない!」
「レキ、くん……?」
「なんか付けようとするのやめろ。そういうのが鬱陶しいんだよ! 呼び捨てでいいって言ってんだろ!」
後半はどことなく顔が赤くなっていたので、こちらが引いた方が良さそうだと判断。何がそんなに恥ずかしいのかはよくわからないけど、少年がそう言うなら良しとしよう。
「じゃあ……レキ。よろしくお願いしましゅ!」
「……さっさと次行くぞ」
結局返事もしてもらえず、名前も呼んではもらえなかったけど。せっかく同じギルドにいるんだから、いつか呼んでもらえたらいいかな、と思う。焦りは禁物。お姉さん、いくらでも待つよ! 寿命長そうだしね!
恥ずかしかったのを誤魔化したかったのか、レキの進む足は早く、私はとたとたと軽く小走りでついて行く事になってしまった。くっ、レキったら見た目少年の癖に足は長いのね!
はふぅ、はふぅ、と荒い息をしながら小走っていると、突然レキが立ち止まった。何だろう? おかげで追い付いたけど。今のうちに息を整えよう。スーハー。
「レキ?」
「……何でもない。次のフロアへ行く。地下は今日作業中の人が多いから行かない。だから2階行くぞ」
「あい」
それだけ言うと、レキは再び歩き始めた。よし、気合い入れてついて行かねば、と思っていたんだけど。
……あれ? 歩きでもついていけるぞ?
あ、もしかして。
そう思ってレキを観察してみると、さっきよりかなりゆっくり歩いているみたいだった。私がちゃんと走らずについていけるように、気遣ってくれているんだ。
それに気付いた私は、こっそりと笑みを浮かべた。だって、それを指摘したりしたら、また不機嫌な顔になっちゃうだろうし。何よりまた走らされる未来が見えるからね!
2階はどんな部屋があるんだろ? ワクワクしながらレキの後に続いてとてとて歩いた。
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