1日の終わり


 食事は概ね想像していた通りの味だった。チークカツと呼ばれたそれは鶏肉の食感だったし、ご飯や味噌汁まで、私の記憶にあるものと同じ。たまに外回りで時間のある時に寄っていた、馴染みの和定食屋さんのそれとよく似ていた。定食、というのとセルフサービスなところが同じだから、雰囲気でそう錯覚しているだけかもしれないけど。


 その和定食屋さんは所謂チェーン店で、実は子どもの頃からよく連れて行ってもらっていたんだ。安くて早くて美味しい。三拍子揃っていたからよく利用していたんだよね。

 今にして思えば、父子家庭で家事もろくに出来なかったお父さんが、それなりに料理が出来るようになるまで、私に美味しいものを食べさせてくれようとしたんだろうなってわかる。かと言って、生活費もあるから贅沢はさせられない。だからこそあのチェーン店はちょうど良かったんだと思う。


 そんな思い出のお店だから、今日は違うところに行ってみよう、と思ってお店を探すも、結局いつも例の和定食屋さんを選んでしまったっけ。もうおふくろの味って言ってしまっていいんじゃないかって程だ。


 だから。そんな思い入れのあるお店の味を思い出してしまったから。


「メグ……?」

「おいしー、でしゅねぇ……」


 つい、泣きそうになってしまって。でも涙はグッと堪えることが出来た。心配そうに私の様子を窺う2人に心配させないように、その一言だけを絞り出して再び食べ始める。


 大丈夫。ちょっと懐かしかっただけ。もう戻れないだろうな、とか、そんな悲観的な事は考えてないよ。その可能性は高いけどね。

 むしろ、あの味をここで味わえる事を喜ぼうと思うんだ。このギルドの食事が、私のこの世界での馴染みの味になるだろうから。




「ごちしょーしゃまでした!」


 せっかく私のためにカツを切り分けてくれたり、少なめに盛ってくれた私の夕食プレートだったのに、それでもこの身体には多かったみたいで少し残してしまったのがとても悔やまれる。残した分はルド医師やシュリエさんが食べてくれたんだけどね!

 気持ち的には余裕、むしろ少ないくらいだってとこなんだけど……こりゃお酒も飲めないよねー。楽しみは数十年後とかそんなとこかしら。先は長い。


「ふふ、お腹いっぱいになりましたか?」

「あい! とてもおいしかったでしゅ!」


 かーなーりー、少ない量だったけど、2人を随分待たせてしまった。口も小さいし、どうしても遅くなっちゃうんだけどね。ランチの時も、シュリエさんはあっという間に食べ終えて、私が食べるのをニコニコしながら眺めてたっけ。そんなに見ても面白くないぞ? むしろ私がシュリエさんの美しく食べる姿を見て楽しみたいくらいだ。

 だって、超絶美人さんが味噌汁を飲む姿って……シュールだよ? でもみなさんスプーンで掬って飲んでたけどね。すすって飲んでたらもっとシュールだったかもしれない。きっと他のスープと同じ感覚なんだろうな。

 そういえば器を持って飲んでたのは私くらいだ。マナー違反だったりするのかな? でも何も言われなかったし……子どもだから大目に見られたのかもしれない。


「メグはとても上手に食べますね。ほとんどこぼさないですし」

「同感だ。甥っ子の時は大変だったぞ。まず最初から最後まで集中して食べる、って事すらしないからなぁ……途中で遊び始めたり歩き始めたりでな」


 まぁ、中身大人なんで。でもせっかく褒められたのでえへん、と手を腰に当てて胸を張ってみた。


「くぅっ……!!」


 ……ん? なんか変な呻き声が聞こえたぞ? 不思議に思って周囲を見渡して見ると、食堂にいるほとんどの人がテーブルに突っ伏して肩を震わせていた。な、何これ、集団食中毒かなんか? それ、大丈夫なの?


「……周りの人の事は気にしなくていいですよ、メグ」

「だなぁ。通常の反応だ」


 2人には原因がわかっているみたいだ。でも、慌ててないって事は平気って事でいいのかな?


「ふふ、本当にメグは可愛いですね」

「ギルドの連中はみんな君の味方だよ。安心するといい」


 そう言われながらよしよし、と2人に頭を撫でられた。話の流れについていけない……! チラ、とまた周囲を見ると、羨ましそうにみなさんこちらを見ていた。いい子いい子されて羨ましい? 子どもの特権です! えへへ。


 それから食器の片付けを一緒にして、3人で食堂を後にした。なんとなくまだ食堂にいる人たちがこちらを見ていたので、子どもらしくばいばいと手を振って見たら、みんないい笑顔で手を振り返してくれた。いい人たちだー!




「じゃあ、そろそろ医務室へ行こうか。お風呂もあるし、私は今日夜勤だから朝まで心配いらないよ」


 ギルドのホールに着くと、ルド医師がそう切り出した。そっか、ルド医師はこれからもお仕事なんだ。大変だなぁって思う反面、朝までいてくれるっていう一言に安心を覚える。

 ふわぁ、突然やってくる睡魔さん。そろそろ眠い。瞼が重くなってきたもん。本当にその辺は子どもなんだなぁ。日付変わった後の終電で帰って、朝早くから出勤してたってのに、眠くなったら寝れるなんて今の私ったら贅沢だ。


「ゆっくり休んでくださいね、メグ。また明日、元気に過ごせるように」

「……あい。シュリエしゃんも、ちゃんと休んでくだしゃいね……?」

「ええ。ありがとうございます。明日は少し仕事で忙しくなりそうですので、何かあったら受付に言付けてくださいね。では、おやすみなさい」

「わかりまちたー。おやすみなしゃい……」


 きっとこちらもまだ仕事が残っているだろうシュリエさんに、無理をしないようにと一言だけ付け加えておやすみの挨拶をした。半分以上話を聞けてない気がする。眠い、と身体が認識した途端、眠気がさらに襲ってきて思考がうまく働かなくてさ。でもちゃんと挨拶出来たと思う。


「さ、後少しだけ我慢しようね。お風呂に入ってから寝よう」

「あい……」


 ルド医師の言葉になんとか返事を絞り出す。が、がんばれ、子どもの身体っ!


 結局フラフラと覚束ない足元な私を見兼ねて、ルド医師が抱っこで医務室まで移動してくれました。そのわずかな時間で何度か夢の中に落ちたよ。いやはや、面目無い。だって抱っこで心地良い温かさと揺れが!


 それからの記憶はちょっとあやふやだ。たぶんお風呂に入って、たぶんハミガキして、それからたぶん着替えて。

 ふかふかのお布団に入ってルド医師にトントンされたのを最後に、私の意識はぱたっと途絶えた。……ぐう。

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