夕飯のメニューは
ケイさんとお話していると、ギルドの奥の方から優しそうなおじ様がやってきた。あれ? この人。
「ルド、せんせ?」
「あはは、そうだよ。白衣を着ていないと分からないかい?」
そうなのだ。白衣を着てないとなんだか全然印象が違って見えて、ちょっと自信がなかったのだ。
「ルドヴィークはどこにでも居そうな顔立ちだからね」
「悪かったな、どこにでも居そうな平凡なおっさんで」
「そんな事は言ってないさ。ルドヴィークの纏う雰囲気は患者を安心させるだろう?」
「物は言いようだな。だがそれは褒め言葉と受け取っておこうか」
確かにルド医師は平凡な顔立ちだ。特別整ってもいないけど悪いわけでもない。でもケイさんの言う通り、優しげでこの人なら診てもらいたいと思わせる雰囲気がある。お医者さんとしては良い事だと思うな。……それに美形さんばかりでお姉さん的にはもうお腹いっぱいなのよ。それ込みで安心出来るよ、ルド医師!
「お待たせしました。私の方が遅かったようですね」
そこへシュリエさんの声。パッと振り返ると麗しさ全開のシュリエさんの微笑みが。ああっ、眩しいっ! もちろん、美形は好きだ。眼福だし。でもほら、平凡な人を見るとホッとするのも事実。すごいよ、特級ギルド。バランスもバッチリだね!
「シュリエも一緒だったか。ケイも一緒なのか?」
「ぜひご一緒したいんだけどね、ボクは今日先客があるんだ」
困ったように笑いながらケイさんがそう答えた。てっきり一緒に夕飯食べるものだと思ってたからちょっと残念。で、デートかしら? それが顔に出てたのか、ケイさんは片膝をつき、私に目線を合わせて私の手をとった。さながら王子様のように。
「メグ。貴女の元を離れることをお許しください。今度埋め合わせさせてね」
そう言って軽く手の甲にキスをした。
うおぉぉぉぉぉいっ!! ガチの王子かっ! 男装の麗人かっ! 目を見開いていると、イタズラが成功したというように目を細めたケイさんは、チロリと舌を出して笑った。
「……こいつ、確か生物学上は女だったはずだが」
「ええ、ルド。私もそう記憶しています」
「違和感はないんだがな」
「同意しかありませんね」
そんな会話を耳に入れて、当のケイさんは流し目で私たちを見ると。
「ボクはボクだからね。それに性別なんか些細なことさ。気にするなんて、ナンセンスだね」
ほら、ボクは幸せそうだろう? そう私たちに問いかけて、またねとギルドを去っていった。
やだ、カッコいい……! そりゃ街の女の子たちも落ちるわ、仕方ないわ。妙に納得して思わずうん、と1人頷いてしまうのだった。
「さあ、お腹が空いたな。早いとこ食堂に向かおうか」
「そうですね。メグ、ギルドの料理長レオポルトの作る料理は絶品ですよ」
「! 楽しみでしゅ!」
ぐぐぅ、とお腹が鳴る。ご飯の事を考えたらつい! えへへ、と笑って誤魔化したらルド医師が抱っこしてくれた。
「待たせてしまったからね。この方が早く着くだろう?」
「あ、ありがとーでしゅ……」
なんだか私が食いしん坊みたいで恥ずかしくなり、身体を小さくしてしまう。それを見てルド医師とシュリエさんにクスクスと笑われた。いいもん、いいもん……!
こうして辿り着いた食堂。すでに人で賑わっている。夕飯時だもんね!
そしてどこか懐かしさを感じる美味しい匂いが漂う。……あれ、揚げ物?
「出てくるメニューは皆同じなんです。今日はチークカツのようですね」
「チークカツ?」
聞いたことのない響きに首を傾げる。カツっていうのはわかる、というかたぶん私が思ってるのと匂いが一致してるから同じだと思うけど。
「チークの肉に衣というパン粉などをまぶして油で揚げた料理なんですよ。この街特有のメニューですね」
「この街は他所では味わえない美味い料理がたくさん食べられるから、毎日飽きないぞ? 中でも私はこのカツが好きでね。チークの他にはポルグやビルフの時もあるんだよ」
あの、カツはわかるんです……!! とも言えず。肝心な部分は結局分からずじまいであった。でもたぶん、
「席を取っておきますから先に食事を取りに行って来てください」
「わかった」
そう言ってシュリエさんは空いている席を探しに行く。私はルド医師に抱っこされたまま、食事を出すカウンターまで行くことになった。学生食堂みたいにセルフサービスになっていて、来た人に料理を盛って次々渡していくスタイルのようだ。片付けも自分で所定の場所まで持っていく。効率がいい仕様だ。
……食事を受け取るカウンターに行くまでに、かなりの視線を集めていたのは自覚してるんだ。見慣れない子ども、しかもエルフの幼女がギルドの医師に抱っこされてるんだもん。何事かと思うよね!
でもある程度噂みたいなのが広がっていたみたいで、「あの子が例の……」とか「本当に居たんだ……」とかいう声が聞こえてきた。珍生物ですね、はい。ちょっと気まずいけど、今は目の前に差し出されたご飯である!
「チオリス、悪いんだが子ども用に少なめに盛ってやってくれないか? 子どもが残した分は私たちで食べるから、多少多めでもいい」
「わぁお、本当に可愛い子だね! 噂で聞いた時は冗談だろうって疑っていたけど、事実だったってことだぁね。わかったよ、食べやすいように小さいスプーンやデザートフォークなんかも用意しとく!」
「よろしく頼むよ」
カウンターにいたオレンジ色の髪の女の人とルド医師がそんな会話をしているのを申し訳ない気分で聞いていた。お手数おかけします!
でも私は今、正直それどころではない。トレーに乗ったこれは。
間違いなく「定食」だったのだ。
メインの大皿にはキャベツの千切りとトマト、そしておそらくチキンカツ。トマトベースと思われるソースがかけられていて、どことなくイタリアンカツレツを思い起こす。
そしてここからが、衝撃だ。白くツヤのある光沢を放つ白米と、味噌汁がそこにはあったのだ。
い、異世界に和食がある、だと? これが偶然なのか必然なのか。それなりに文化も発達しているようだし、食事も美味しいから、独自に発展して和食が誕生した、と言っても不思議ではないけど……なんとなく偶然とは思えなくて胸がこう、モヤモヤする。
「はい、お待たせ! しっかり食べるんだよ、お嬢ちゃん!」
お姉さんの元気な声にハッとする。うん、考えても仕方ない。ここの料理は他所では味わえないって言ってたし、少し調べてみたらこの料理の出所なんかもわかるかもしれない。脳内に今後調べることとしてしっかり記憶に残しておく。
「あい! ありがとーごじゃいましゅ、おねーしゃん! おいししょーなの!」
「かぁわいいっ! 美味しそう、じゃなくて本当に美味しいよ!」
「たのしみでしゅ」
軽くお姉さんと会話をしてからその場を後にした。……ルド医師が。
だって私ったら未だに抱っこされたままなんだもん。ルド医師の抱っこは包容力ナンバーワンで、ほんのり薬の香りがする。抱っこマイスターがお知らせしました。
にしても私を抱っこしつつ、2人分の食事トレーを危なげなく持ち運ぶルド医師のポテンシャルの高さに驚く。医師であってもそれなりに戦えそうだ。話し終えるまで待っていてくれる気遣いも素晴らしいです。これぞ、じぇんとる!
こうしてシュリエさんの待つ席へと戻った私たちは、シュリエさんが食事を持って来てから一緒に手を合わせて夕飯を食べ始めた。
え? もちろんルド医師の膝の上ですが、何か?
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