最重要課題


 こうして、あれこれ話を聞いたところでそろそろ行こうと訓練場を後にした私たち。まだ訓練場にいる人たちから好奇の目を向けられていたけど、シュリエさんは華麗に黙殺。なので私は必殺「子どもだからわかりません」を発動して気付かないフリ。

 シュリエさんの含みを持たせた笑みが、「気付いてるでしょう?」と言っている気がした。この人に隠し事は出来ないと確信した瞬間であった。




「あ、シュリエにメグちゃん! ちょうどいい所に! ちょっと話とかなきゃいけない事があったのよ! 最重要課題よ!」


 ギルド受付があるホール(と呼ぶらしい)に着くと、私たちの姿を確認したサウラさんがエメラルドグリーンの髪を揺らしながらとっとこ駆け寄って来た。やだ、可愛い……じゃなくて! そんな真剣な顔して、どれほど大事な話なんだろう。隣で手を繋いでいたシュリエさんの雰囲気も一瞬で切り替わる。さすが、プロ。


「最重要課題ですか。場所を変えますか?」

「ううん、ここでいいわ。あのね、もうすぐ日が暮れるじゃない? メグちゃん……」


 神妙な面持ちで話し始めるサウラさん。私の名前が呼ばれたのでゴクリと喉を鳴らして続きを待つ。すると。


「今日寝る場所、どうする? メグちゃん、誰と一緒に寝たい!?」


 ガクッとズッコケそうになった。え? そ、それだけ? 私が今日誰と寝るかがそんな最重要課題になるの? チラ、と横を見ると、それは最重要かつ迅速に決めなければならない内容ですね、と腕を組んで真顔で悩み始めるシュリエさんがいた。え、なんで。


「メグちゃんはしっかりしているから、いずれは自分専用の部屋を用意してもいいとは思うの。でもすぐには準備できないし……どうでもいいヤツを部屋から追い出して消毒の上改装するにはどうしても時間が……」


 待て待て待て! 消毒の上改装ってどんだけなの!? というかそもそも追い出さなくていいから! 私なんかどこの誰ともわかんないただの子どもだよ? いずれはちゃんと恩返しの為に働きたいけど、今は全く戦力にならない穀潰しですよ。せめて屋根のある場所がいいな、とは思うけどその辺に転がしてくれるだけでも大変有難いんだよ!

 そんな事を子どもの言葉で上手く回らない口を働かせて伝えると、サウラさん、そしてシュリエさんまでその場で衝撃を受けたように目を見開いて震え出した。だから、何事なの!?


「メグちゃん……一体どんな風に育って来たの? もっともっと我儘放題なのが子どもの仕事なのに……」

「自分より人の事を考える子だとは思っていましたが……ここまで甘える事をしないとは」


 2人は後ろを向いて何やらコソコソお話をしている。そんなに変な事言ったかな。あ、でも遠慮っていうのは行き過ぎるとかえって嫌な思いをさせるんだったっけ。日本人特有の悪い癖。少しなら美徳と言えるかもしれないけど、言い過ぎは言われる側も困ってしまうよね。しかも私は人間でいうなら3、4才の幼女。もっと甘えるのが普通だ。けど……甘えた記憶が遥か昔すぎてどうもうまくいかないんだよね。社畜生活により染み付いた遠慮気質と断らない精神が今の私の足を引っ張る。


 あ、そうか。私、甘えるのが苦手なんじゃなくて、もう怖いレベルなんだ。嫌がられたら、拒絶されたらってビクビクしてる。私は自分の心が強い気でいたし、そうあろうとしてきたけど……


 なぁんだ。私ってばものすごく臆病じゃないか。ちっぽけだなぁ。身体も、心も私は酷く小さいのだと、ガッツリ認識する羽目となった。


 ……落ち込むと思った? 時間の無駄! むしろ気付いてスッキリしたしね。

 せっかく気付いた事だし、むしろ開き直っちゃおう。今は子どもになったんだから、これから少しずつ成長していけばいいんだ。人間と考えればもう十分な大人だけど、今の私はエルフだもんねー! 人生果てしなく長いんだから焦らずいこう。


 だからまずは目の前の問題。少し、甘えを見せてみよう、かな?


「あの、あの。もし、めーわくじゃなかったら……今日知りあっただれかと一緒がいーでしゅ」


 これが私の精一杯。どうしても遠慮がちな物言いになってしまうのは、まあ許して欲しい。ダメかなー? という意味を込めて2人を見てみると、2人は揃って破顔した。それからいい子いい子とサウラさんが私の頭を撫でてくれた。


「……頑張ってくれたのね。本当に賢くていい子! 無理しなくていいのよ。今みたいに、少しずつ甘えてね?」


 私の心の内なんてお見通しかー。ま、私よりずっとずーっと長く生きてるもんね。年齢は聞いてないけど話の流れでわかるし。

 そういう意味ではこの人たちにとって、私は事実まだまだ子どもで、人生の先輩を見て色んなことを吸収していってもなんら問題はなく、むしろ当たり前の事なんだ。


 そう考えたら、少し気持ちが楽になった。


「今日知り合ったのは、ギル、ジュマ、サウラ、ルド、そして私、ですかね……」

「ギルは今いないから、残り4人だけど……ジュマは、ねぇ……」

「ええ。対象から外しましょう」


 ジュマに誰かのお世話とか絶対無理、と声を合わせて断言する2人。まあ、何となくわかるよ。私は世話されなくても自分のことは出来るけど、異世界で勝手が分からない事もあるかもしれないし、最初は出来れば丁寧に教えていただきたい。ジュマくんが悪いってわけじゃなくて、あの人「こーやってあーやるんだよ!」みたいな説明しそう。


「……ねぇシュリエ? 私は女だし、きっとメグちゃんも気兼ねしないで済むと思わない?」

「……おや、まだ子どもですから気にしなくても良いんじゃないですか? それに、私は同じエルフですからそれこそ気兼ねはいらないと思いませんか?」

「男の人には色々知られたくないことってあるのよ? 女心がわかってないわねぇ? 小さくても女の子なんだから、少し配慮が足りないのではなくて?」

「訓練でだいぶ仲良くなりましたし、何と言っても私はメグの師ですからね。寝食共にするのは師弟として何ら不思議ではありませんよ」

「やだ、いくら師でも男じゃない! 年頃になっても同じ事を言うつもり?」

「先の事を今考えてどうするのです? 今決めるべきは今夜の事でしょう。議題をすり替えるのは貴女の常套手段でしたよね?」


 おぅふ。舌戦が始まった。と言ってもジュマくんとの激しい言い合いではなく、お互いに笑顔での牽制し合いだ。ハッキリ言おう。とても、怖い!


「んんー? そーんな怖い笑顔して何の話ー?」

「!!」


 突如、背後からのんびりした声が聞こえてくる。え、いつの間に……? 全然気付かなかったよ。気配感じなかったけど、私が鈍いだけ?

 そう思って2人を見ると、少し目を見開いているので気付かなかったのは私だけではなかった事を悟る。


「ね、ボクも混ぜてよ。んー、そんな顔してたら、せっかくの可愛い顔が台無しだよ?」

「……そうやって、すぐ気配消して背後に忍び寄るの、やめてくれない? ケイ」


 ケイ? あれ? 私は最近その名前を聞いたぞ? もしかして……


「ごめんごめん。だってさ、ボクが出ている間に可愛い仲間がオルトゥスに来たって言うじゃない。悔しくなってちょっとイタズラしたくなってしまったんだよ」


 そう言いながらケイさんは私に視線を向ける。その流し目はとてもセクシーである。やっぱこの美形さんは……


「キミが噂の可愛い子だね? うわぁ、本当に可愛いな。初めまして、ボクはケイだよ。好きに呼んでね」

「ああっ! こんな幼い子にまでイケメンっぷりを発揮しないでよ! ……薄々諦めてたけど」


 ガックリと肩を落とすサウラさん。間違いない。この人は噂の、ギルド1のイケメンだー!? 

 予想外なその姿に、私はしばらくぽかんと口を開けたままでいるのでした。


 

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