キラキラな世界


 暖かな優しい風を感じた瞬間、その風が私の全身を包んだようだった。お湯の中に浸かっているみたいで、とても心地良い。このまま眠ってしまいそうになる。それは、どれほどの時間だったのだろう。一瞬のようで、永遠のようだった。遠いところで私を呼ぶ声が聞こえてくる。その声を聞いた時、あ、帰らなきゃ、と思った。

 だから、私は名残惜しい気持ちを押し込んでゆっくりと目を開けたのだ。


「お帰りなさい、メグ。貴女の目に映る景色は変わりましたか?」

「え? あ、わ、うわぁ……!」


 シュリエさんの柔らかな微笑み。寝起きのようにぼんやりしていた頭が、周囲を見た瞬間一気に覚醒した。

 色とりどりの光。明滅していたり、明るく輝き続けていたり。まるでイルミネーションを見ているみたいだ。昼間なのに。でも、その光は目がチカチカしたり、周囲の景色を阻害したりすることなく存在していて、なんだか不思議な感覚だ。経験はないから想像でしかないけど、今までモノクロに見えていた世界に色が見えるようになった、とかそんな感覚が近いかもしれない。とにかく、私の中の世界が輝いて見えてとても新鮮なのだ。


「どうやら……成功したようですね」


 私がその景色に心を奪われながらキョロキョロしていると、シュリエさんが心底安堵したようにそう漏らした。私は興奮冷めやまぬその状態でシュリエさんに抱きついた。身長差により、膝の辺りにしがみつく形になったけど。だってシュリエさんてば意外と長身なのよ!


「ありがとーごじゃいます! とってもキレイなの!」

「どういたしまして。こちらこそ、ありがとうございます、ですよ」


 頭を撫でながら蕩けるような笑みを見せてくれたシュリエさん。ぐはっ! その笑顔、反則です。




 シュリエさん曰く、この光の一粒一粒が精霊なんだそう。うわぁ、こんなにたくさんいたんだ……知らなかったよ。うっかり吸い込んで飲み込んだりしちゃわないかしら? なんておかしな心配をしてしまう。

 この後はどうするのかと質問すると、しばらくは何もせず、いつも通りに生活していいらしい。まずはこの景色のある生活に慣れることが大事なんだとか。大抵はすぐには慣れずに光に酔ってしまったりするらしい。しかし、現代日本から来た私にとっては、イルミネーションという馴染みある風景に似ているからか、あまり苦もなく受け入れられている。イルミネーションよりずっと柔らかい光だしね!

 一向に具合悪くなりそうにない私を見て、メグは強いですね、と言われてしまった。単に慣れてるだけなんだけど、嬉しいので胸を張ってみちゃったり。えへん!


「普通の生活をしているうちに、精霊の方から近寄って来たり、なんらかのアクションを起こしたりしてくれる事もあります。メグが話してみたいと思う子がいたのなら、心に従って声をかけてみてください」

「心に、従って……?」

「ええ。こればかりは口では説明し難いのですよ。その時になってみればわかります。エルフなら誰でもわかる事ですから心配はいりませんよ」


 エルフなら誰でも、という言葉に一瞬ギクリとしてしまう。確かに身体はエルフだと思うけど……中身はただの人間だ。魔力も何も持たない、ちっぽけな人間。本当にその時が来たらわかるのだろうか、と不安になる。

 でも、その時になってみないと、それさえわからないし、確認のしようがない。私は今の自分を信じることが出来ないけれど、シュリエさんが大丈夫だと言うのだ。シュリエさんを信じよう。


 以上で今日の授業は終わりです、とシュリエさんが言う。何か質問があればどうぞ、との事だったので、少し気になっていたことをいくつか聞いてみようと思いますっ!


「はいっ、質問でしゅ! シュリエしゃんの契約した精霊しゃんは、どんな精霊しゃんなんでしゅか?」

「そうですね、あらゆる種類の精霊と契約させてもらっているので全てを紹介する事は出来ませんが……私の最初の契約精霊を紹介しましょう。風を司る精霊、ネフリーです」

「ネフリーちゃん!」


 シュリエさんがそう言うと、シュリエさんの顔のすぐ横にふわりと黄緑色の光が現れ、それが徐々に生き物の形となっていく。それは一瞬の出来事で、気付けばそこには黄緑色の鳥。尾羽が長く、風にそよいでいるように揺れ、大きさはシュリエさんの腕に乗るくらいで少し大きめだ。とってもキレイ。


「ネフリー、というのは愛称です。真名は別にあり、それは精霊本人以外に明かしてはなりません。真名で呼ぶ時は特別な時。ですからメグも、最初の精霊と契約し、信頼関係が築けるようになったその時は……真名とは別に愛称を考えるのがいいですよ」


 もういいですよ、とシュリエさんが声をかけると、その黄緑の鳥、ネフリーちゃんはスッと溶けるように消えていった。いつでも側にいるわけではなく、呼べばすぐに現れる存在のようだ。

 でも名前かぁ。まだ出会ってもいないうちから考えても仕方ないよね。その時になったら、私のネーミングセンスに働いてもらおう。自信はない。


 他に何かありますか? というので次の質問をするべく挙手をすると、シュリエさんがクスクス笑いながら、ではメグさんどうぞ、と言ってくれた。ノってくれるシュリエさんも素敵です!


「前、ギルしゃんが何もないところから色んな荷物を出したりしまったりしてまちた。シュリエしゃんも、何もないところから物を出してまちたよね? あれは自然魔術とは違うんでしゅか?」

「おや、よく見ていましたね。でも、私のは魔術ではなく、魔道具を使用しているだけなのです」


 そう言ってシュリエさんは、右手中指に着けている、少しゴツめのシルバーリングを見せてくれた。中には紫色の石がはめられている。


「空間を操る魔術はとても希少なのです。ギルのような無尽蔵に物を収納出来、かつその中の時間も自由自在など、それこそ世界中探してもあと1人、2人いるかどうかです。ですので大抵は魔道具を使用します。私の場合はこの指輪ですね。これに物を収納出来る魔術がかけられているのですよ。値は張りますが、持ち歩かなければならない袋より、ずっと身に付けていられるので楽なのです」


 なんでも、一般的に普及されているのは袋タイプで、容量も最大で倉庫1つ分だそうだ。それでも十分便利だと思うけど、狩った魔物を持って帰るには全然足りないのだとか。そういえばあのダンジョンのボスとか、本当に大きかったもんね……倉庫1つ分でもすぐに埋まっちゃいそうだ。

 そして1番安価な物でも、高級料理店のフルコース2回分の金額がするらしい。た、高い……! でも頑張れば手が出せなくもない絶妙なラインだ。


 ……ということは、さらに性能のいいシュリエさんの指輪タイプなんか、もっともっと、もーっとお高いってことだよね? 興味本位で、お金の話にはならないようシュリエさんにチラッと聞いてみる。


「……シュリエしゃんの指輪は、どのくらい入るんでしゅか? 時間は同じようにすぎちゃう?」

「ふふ。私のこれはなかなか性能がいいですよ? うちのギルドメンバーである、鍛冶担当カーターと装飾担当のマイユが工房で腕をふるってくれましたからね。それでも中の時間はゆっくりでも過ぎていきますし、容量も家一軒分ですよ」


 ひょえぇぇぇ! もう想像できない金額なのでは……!? もう土地レベルだよね、きっと。


 うん、知らない方がいい事もあるってことで。収納魔道具はお高い。私、覚えた!

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