sideシュリエレツィーノ
メグとの勉強会は続きます。次は自然魔術を使うにあたって避けては通れない儀式についてです。儀式といってもやる事は単純。気に入った精霊に声をかけて契約の話を持ちかけるのです。
当然、精霊にも選ぶ権利がありますから、断られる事もあります。でも、精霊はそれこそ星の数ほどいますし、必ず契約してくれる精霊がいるはず。メグは綺麗な魂を持っていますから、むしろ精霊たちが取り合いをしそうですね。思わず苦笑が溢れます。
自然魔術を扱う者は、何となくではありますが人の魂の良し悪しを感じ取ることが出来ます。人の気に触れることで、居心地の良い人、居心地の悪い人がわかるという程度の曖昧なもの。ですが、極端に魂が汚れているとすぐにわかりますし、その反対に魂が美しいのもすぐにわかるのです。
ギルがこの子を連れ帰って来た時、私はギルド内にいましたが、やけに心が揺さぶられる思いがして外へ出ました。そして、胸がざわつく原因が空からやってくることに気付き、その到着を待っていました。
原因はギルが持つ籠の中にいました。たまたま入口付近に居合わせたジュマと共に籠の中を覗き込むと、可愛らしい幼子の寝顔に思わず目を奪われたのです。
ああ……この子どもはなんて魂が澄んでいるのでしょう。この子と出会わせてくれた精霊神に、心の中で感謝を捧げました。
それほど魂の美しいメグですから、精霊と契約出来ないなどあり得ません。ただ、メグを護れるだけの強さと、問題のなさそうな為人を持った精霊でないと認められませんから、儀式のその時まできちんと見張らなければ。
……ちゃんと引き合わせてあげますから、精霊たちには落ち着いてもらいたいですね。普段はそこら中を好き勝手にウロウロしている精霊たちが、メグと契約できるかもしれない、とソワソワしているのですから面白いものです。
「最初の契約にはかなりの魔力を要します。と言っても人によって量は異なりますけどね。その人物の限界ギリギリまで魔力を渡すのが契約の儀式になりますから。ですので最初は少し無防備になってしまいます」
こうして考え事をしながらもメグに授業を続けます。並列思考が私の特性ですからね。
エルフは時々特殊な体質を持った子が生まれてきます。出生率が元々少ない上に時々ですから、その確率は本当にごくわずか。だというのに、私はありがたいことにこの並列思考を特殊体質として身に付けていたのです。
ただ、並列思考をするのは私の中ではあまりにも当たり前でしたので、これが特殊体質の1つであると知ったのはだいぶ後でしたけどね。
今も調査に行っているギルに影を通じてメグの様子を伝えたり、次に引き受ける依頼について考えを進めていたりを同時進行で進めているのですよ?
「でも、まずは精霊が見えなければ意味がありませんよね? ですので今日は私がメグに自然魔術をかけます。攻撃ではありませんので痛くなったりはしませんからね。私の契約精霊にメグが精霊を見られるようになる魔術を頼みます。自然魔術を扱える者でなければ、かけても何の変化も起こらない安全な魔術です」
「精霊しゃん、見えるでしゅか!?」
反応がとても可愛らしいですね。普通は親か保護者が幼い頃に勝手にかけるものなのですが……メグは精霊に全く気付いていなかったので、未だかけてもらっていない事は分かっていました。この一言でそれが確信に変わりましたけど。
「ええ。僭越ながら、私がメグの最初の師を務めさせていただきます」
最初の自然魔術は、いわば親の愛情。親からの贈り物であり、とても大切な
この国にエルフは私だけ。メグを危険な目に合わせてエルフの国に連れて行くのも無理がありますし、ただでさえ遅いのに、そこまで儀式を引き延ばすのもよくありませんからね。私は気を引き締めました。
「……とっても大事な作業でしゅよね。最初が私でいいんでしゅか……?」
メグの一言に思わず目を瞠りました。確かに私は未婚ですから、私にとっても初めての作業です。それをメグは会話の中で読み取り、察したのでしょう。
私が将来、我が子に対して行うであろう大事な初の機会を、
この子は本当に人を気遣える優しい子です。そして、とんでもなく頭の回転が速い。理解力がずば抜けて優れています。一体どんな育ち方をしたというのでしょう。元々の素質があったとしても、ここまでは大の大人でもなかなか到達出来ない領域です。この子の将来が楽しみでもあり、怖くもありました。
何としてもこの子を守らなければ。この子の心を。オルトゥスの者、皆で気をつけなければなりません。
「ふふ、メグは優しい子ですね。前に説明したようにエルフは子が生まれにくいのです。将来、私に子が出来る保証もないのですよ。ですから、この貴重な機会を与えてくれたメグには、むしろ感謝の気持ちでいっぱいです」
「で、でも……」
「それに、もし将来子を持てたとしても、メグの時に出来たという事が良い経験になりますから。練習台にされるなど、不名誉でしょうか? メグは私が師では嫌ですか?」
私の意地悪な質問に、メグはブンブンと首を横に振りました。ああ、そんなに振ったら髪が乱れてしまいますよ。
「いいえ! シュリエしゃんがいいでしゅ! とっても嬉しいから! 喜んでれんしゅーだいになるでしゅよ!」
その言葉、声、笑顔。全てが私の心に広がって、甘美な響きとなり、全身を震わせる。メグを手放したくない。心からそう思いました。
頭をそっと撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めるメグ。温かな
訓練場ではチラホラとギルドの者が鍛錬を行なっています。人の少ない時間を狙ったとはいえ、少しは仕方ありませんね。訓練中の者は、こちらの事を気にしているようですが、訓練場では用事がない限り相互不干渉とルールで決められていますからね。こちらも気にせず進めましょう。
「では、早速メグに精霊が見えるように魔術をかけます。気を楽にして目を閉じてください。私が声をかけたら、ゆっくり目を開けてくださいね」
「あいっ! よろちくお願いしましゅー!」
張り切っているのかいつもより多めに噛んだメグに思わず笑みが溢れました。
とはいえ、私にも緊張が走ります。メグが私を信用してくれているのなら、問題なく魔術がかかるはずですが……それはつまり、うまくかからなかったらそうではない、ということ。私はとてつもない精神的ダメージを負うわけです。緊張するなという方が難しいでしょう。
未だ嘗て、魔術を使うのにこんなに戸惑いを感じたことがあったでしょうか。ドキドキと大きな音を鳴らす心臓から意識を外し、私は自身の精霊に心の中で呼びかけました。
私の最初の精霊である風の子、ハーネフラーフに力を借りると、優しいそよ風がメグを包んでいきました。淡く光るメグの身体。しばらくすると光が収まっていきます。……術をかけ終えたのでしょう。
「……メグ、良いですよ」
私は静かに声をかけました。ゆっくり瞼を持ち上げるメグ。ああ、私は恐らくメグより緊張していますよ!
どうか、術がちゃんとかけられていますように。そう願いを込めてメグの反応を待つのでした。
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