健康診断


 さて、目覚めてからなんやかんやバタバタしておりましたが、今はシュリエさんに連れられて医務室へと向かっております。……抱っこで。


「また転んでしまっては大変ですからね」


 シュリエさん、過保護じゃありませんかね? まぁ、シュリエさんに抱っこされるのは心地良いし、怠惰な私は喜んで抱っこ移動を受け入れておりますが。

 ギルさんといい安定感抜群の抱っこ技術、すごい。ギルさんは、しっかり包まれてるかのような安心感があったけど、シュリエさんは真綿に包んでいるかのように丁重に扱われている感じがする。私、このままこのギルドに居続けたら、「抱っこマイスター」の称号を得そうである。


 シュリエさんの抱っこ移動のおかげで、あっという間に目的地へと到着した。本当、足長いよね。自分のずんぐりむっくりな体型を見下ろしてフッとため息。いや、伸び代はたくさんある。諦めるな、私。

 自分の成長にほんのり期待をしている間に、シュリエさんは医務室のドアをノックしていた。室内からどうぞ、という男の人の声が聞こえてくる。優しい声色だったからなんだか安心した。だって、仏頂面のお医者さんとか、それだけで怖そうじゃない?


「こんにちは、ルド。お邪魔しますよ」

「こ、こんにちはー」


 シュリエさんの挨拶に便乗するように私も挨拶をする。すると、焦げ茶色の髪を清潔感のある短髪にしている穏やかそうなおじ様がこちらを見た。深い青の瞳が最初にシュリエさん、次いですぐに私に向けられる。私を見て少し見開いたその目だったけど、それも一瞬のこと。すぐにニッコリと微笑んで、いらっしゃい、と告げた。あ、絶対優しいこの人!


「詳しいことはまた後でサウラから話が行くでしょう。なので今は医師として、先にこの子を見てもらいたいのですが」

「ふむ、わかった。ではお嬢さん、ここの椅子に座ってもらえるかな?」

「はい」


 色々と疑問でいっぱいでしょうに、そんな事には一切触れずにおじ様は思考を切り替えたようだった。おぉ、プロだ。


 私がよっこいせ、と椅子に座るのを見てから、おじ様は私に優しく話しかけてくれた。安心感を与える人だなぁ。何というか、癒しオーラが出てる。


「はじめまして。私はここオルトゥスの医療担当をしている、ルドヴィークだよ。君のお名前を教えてもらえるかな?」

「あい! えっと、名前はメグでしゅ! はじめまして、ルドびーく、しゃん……」

「ああ、言い難いんだね。ルドでいいよ」

「ルドせんせ!」


 お医者さんなら医師と書いて「せんせい」だよねっ! 喜び勇んでそう呼ぶと、ルド医師もシュリエさんも生温い眼差しで微笑んでいた。言いたいことがあるならズバッと言っておくれ。


「よく言えたね。じゃあ、次は年齢を教えてもらえるかな」

「あ、えっと、ごめんしゃい。わからないんでしゅ……」

「……わからない?」


 どういうことか、とルド医師はシュリエさんに目を向ける。すると、シュリエさんは簡単に私が拾われてきた経緯を説明してくれた。隣国のダンジョンで倒れているところをギルさんに保護されたこと、周囲に保護者が確認出来なかったこと。幼子を置いて行くことも出来ず、隣国に預けるくらいならここで預かったほうが安全だとギルさんが判断したこと。

 そっか、ギルさん。そんな風に考えてくれていたんだ。何よりも私の安全を考えてくれていたんだね。感謝してもしきれないよ。今頃お仕事のために移動中だよね。すでに会いたくなってきてしまった。うう、ギルさんー!


「その他、わかり得る事は……」

「ああ、承知している。……なるほど。かなり痩せているようだし、健康診断しておこうか」

「ええ、そのつもりでお邪魔しました」

「任せてくれ」


 ギルさんを恋しく思っている間に話が終わったようで、診察が始まった。身長体重の計測から始まった健康診断はあれよあれよという間にどんどん進められていく。服をささっと脱がされた時は、羞恥心云々よりその華麗で素早い手捌きに感動してしまった。き、気にしてないもん。子どもの身体だし、恥ずかしいとか別にないしっ! ……くすん。

 流石に尿検査を手伝おうとされた時は全力で拒否させてもらったけどね! レディーに対して失礼でしゅ! という決まらない捨て台詞をクスクス笑われてしまったけど、そのくらいで笑われる方が、採尿を手伝われるより遥かにマシなのだっ!


 それからあれこれ検査され。さすがは異世界、魔術でも診察し。最後に血液検査との事で採血される時は涙目になったけど。無事に健康診断が終わったようだった。なんだか精神的に疲れたよ……


「そういえば、今日は例の彼はいないようですね」

「ああ、レキか。あいつは今日は休みを取ってる」

「そうでしたか……」

「そろそろ1度目の試験を考えているんだよね。やはり筆記式にするか……」


 診察を終えてグッタリしていると、思い出したかのようにシュリエさんがルド医師に尋ねていた。例の彼とやらがいないと聞いて、どこか安心したようなのは何故だろう。首を傾げていると、ルド医師が教えてくれる。


「ああ、レキっていうのはね、最近医療担当にやってきた成人したての見習い看護士なんだ。ちょっと素直じゃない性格でね。メグちゃんに対しても突っかかってくるかもしれない、少し困ったやつなんだよ。悪いのではないんだけどね」


 そうなんだ。成人したてというくらいだからまだ見た目も若かったりするのかな。この世界の成人がいくつなのか知らない上に、長命だから基準が全くわかんないけど、異世界の成人って元の世界で言うところの15才とかその辺のイメージだ。あくまで勝手なイメージだけども。

 つまり難しいお年頃って可能性あるよね? それ即ち、思春期! 誰もが通る道なわけだし、お姉さんは温かい目で見守るよ。憶測であれこれ決めつけてしまったから、今はそういう子がいる、とだけ頭にインプットしておこう。決めつけ、良くない。


「さて、一通り診察を終えたわけだけど。一見して問題はないようだ。しっかり食べて、よく休むのが今は何よりの治療だな。身体が疲れているだろうから、しばらくの間は無理のない生活を心がけるように。血液検査の結果はまた明日にでも報告しよう」


 しっかり食べて休むのが仕事、か。さっきシュリエさんも同じこと言っていたよね。何か少しでもやる事を! って焦っちゃうんだけど、体調崩して迷惑かけたら元も子もないもんね。出来ることからコツコツと!


「そうですか、安心しましたね。この後、訓練場で少しだけやる事があるのですけど……大丈夫でしょうか」

「訓練場? なにをするのかは知らないが、激しい運動や魔術の行使はやめた方がいいな」

「それは大丈夫です。魔術を使うのは私だけですし。エルフとして、大切な事をメグに教えるだけです」

「ふむ。そのくらいなら良いだろう。だが、早めに切り上げるんだぞ。何せ今日だけでこの子には色んな事が起きているんだ。負担は少ない方がいい。本当なら訓練場も明日の方がいいんだが……そうもいかんのだろう?」

「ええ。すでに遅いくらいですからね。エルフとして必要な事をこの子はまだしていません。身を守るためにも、重要な事ですから」

「それなら仕方ない。お前さんなら任せて大丈夫だろうが、くれぐれも注意するように」

「わかりました」


 無理しなければ大丈夫なのね。良かった。自然魔術については早く知りたかったら、ダメってなったら落ち込んでるところだった。

 そうと決まれば楽しみになってきた! 出来ることの第一歩だもんね。それにエルフとして必要な事って言ってたし。気を引き締めて望もう。


「ではルド、ありがとうございました」

「ありがとーごじゃいました!」

「気を付けて。何かあったらすぐに言うんだよ」


 挨拶をきちんとしてから、シュリエさんと医務室を後にした。いよいよ魔術のお勉強だー!

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