お昼寝のお時間です


 お昼はとっても美味しくいただいたのだけど、いかんせん多い! 子どもの胃には多すぎたよ! だけど、食べきれなかった分は全部シュリエさんがペロリと平らげていた。無理してないかな? と心配になったけど、もう少し何か頼んでも良かったですね、などとうそぶいていたので問題なさそうだった。

 あんなに細いのによく食べるのねぇ。見た目に惑わされがちだけど、シュリエさんも男の人って事だね。


「さてと。食後のデザートと行きたいところですが、メグはきっと満腹で入らないですよね」

「あう、はい……」


 くぅ、デザート! 食べたい気持ちはあるし、出でよ、別腹! を発動したいところだけど、どうにもこうにも無理だ。このお腹を見よ! ぽんぽこである。しょぼん。


「では、お昼寝の後におやつとして食べましょうか。その後に、自然魔術の勉強をしましょう」

「おひるね……?」


 言われてみると、かなり眠い気がする。我慢は出来ると思うけど、これは午後から会議だった場合に目を開けたまま気を失うパターンのやつである。要するにかなり眠い状態。

 社畜なめんなよ……? バレないように気を失って、話を振られた瞬間覚醒し、上手い事誤魔化せる、というスキルを持っているんだ、私は。

 ただ、この身体は大人の長谷川環のものではない。無理すると今後の成長に影響が出かねない。前世で得られなかった、「せくすぃぼでぃ」を手に入れる可能性が残ってるんだから、そのためにも無理は禁物だよね!


「ええ。しっかり食べて、睡眠をとって、たくさん遊ぶ。これがメグの仕事ですよ。お勉強は、その合間に少しずつでいいんです。時間はたくさんあるのですから」


 確かにその通りだ。それが子どもの正しい在り方。それに今の私はエルフな訳だし、今後の人生はかなり、かーなーりー長い。焦る必要はないんだ。

 でも染み付いた社畜精神がすぐに直るかなぁ。あはは、意識的に焦らないように、って言い聞かせないとダメそう。まさかのんびり休む事に苦戦するとは。あれだけ休みが欲しい、もっと寝たいと思っていたというのに、いざどうぞ! という環境に置かれると逆に落ち着かないなんて。日本人気質って本当に厄介だ。


「では、そろそろ戻りましょうか。ふふ、眠そうですね。帰りは抱き上げてもよろしいですか?」


 あれこれ考えちゃうものの、身体は正直。昨日のように船をこぐ私。


「ごはんもごちしょーになったのに……」


 そうなんだよ。まさかこんな高級店に連れられるとは思いもよらなかったし、恐縮しきりだよ。でもご馳走になる以外の道はない。なぜなら私は今、無職、無金、無体力なもので……ああ、情けない。


「全く……ギルの言った通りですね。貴女はもっと大人を頼るべきですよ?」


 困った子、というように苦笑しながらも優しく抱き上げてくれたシュリエさん。ギルさんの腕より細身だけど、安定感抜群だ。隠れマッチョなのかしら。

 それに、とってもいい匂いがする。何かのハーブかな? ぬおぉぉ……リラックス効果がぁ。


 睡魔よ、今回もお前に勝ちを譲ろう。おやすみなさい。




 フワフワと意識が覚醒して行くのがわかる。夢から覚めちゃうのかな? いい夢だったんだけどな。

 お父さんに、初めて卵焼きを作ってあげた時の夢。小学2年生の頃、お父さんが毎日疲れて帰ってくるから、早起きして朝ご飯の準備しようとしたんだっけ。炊きたてのご飯と、インスタントの味噌汁と……ぐちゃぐちゃの卵焼き。泣きながら謝ったっけなぁ。せっかくお父さんに元気出してもらおうと頑張ったのに、何度作ってもぐちゃぐちゃで。


 ……あの後、どうなったんだっけ。


 むくり、と起き上がる。どうやらベッドに寝かされていた模様。だからなのかなんなのか、かなりよく眠れた気がする。

 ググッと両手をバンザイして伸びをする。んーっ、快眠でした!

 キョロキョロ辺りを見回すも、誰かがいる気配はない。どこかの部屋なのはわかるんだけど、きっとギルド内だよね? これで別の場所だったらどうしよう。その時考えよう……


 そろり、とベッドから抜け出し、床にきちんと並べて置かれていた靴を履く。確か、午後はシュリエさんに自然魔法を教えてもらう予定だったはず。部屋を出たらいるかな? そう思ってなぜか音を出さないように気をつけながらそっと部屋を出た。いや、音を立てても問題ないんだけど、何となくね。


 私が寝ていた場所は、建物の2階だったっぽい。そして中の作りからいってここはギルドだ。そうだろうな、とは思ってたけど確信出来ると安心した。

 トコトコと階段を下りる。が、子どもの身体には段差がちとキツい。手すりに掴まりつつゆっくり下りていると、階段を降りた先のフロアにシュリエさんとジュマくんを発見した。その姿に再び安堵の息を吐く。


「お、ちびっ子起きたのかー!」

「あい、おはよーごじゃいっ……!?」


 こちらに気付いたらしいジュマくんの軽い挨拶に私も返そうと声を出したら、最後まで言い切る前に足を踏み外してしまった模様。


「っにゃあ……っ!」

「メグ!!」


 みなさんの焦ったような声が見事に揃って聞こえてくる。それどころじゃないのにそんな変な事に気付くのは、よくあるスローモーション現象?

 目をギュッと瞑って衝撃に備えていると、フワッとした風の気配を感じた。それからすぐに暖かくて広くてゴツゴツした胸と腕の感触。およ?


「っくぅー……焦ったー! だっはっは! おいメグ、お前のおかげでオレ、ひっさしぶりに焦るって感覚味わったわー!」

「同感ですね……こんなにヒヤッとしたのはいつぶりでしょう」


 頭上からはジュマくんの声、そして目の前ではシュリエさんの吐息交じりの声が。反応は2人とも全く違うけど、心配させてしまったようだ。


「ご、ごめんしゃい……! あ、ありがとうごじゃいましゅ」


 慌てて謝罪と感謝の言葉を口にした。慣れた感覚で動いたらダメだね。身体が感覚についていかないから、今の私は「普通より転びやすい子ども」だ。一応は気を付けていたけど、他に気を取られると油断が生じる。はっきり言って迷惑極まりない奴だ、私は。反省、反省、超反省。しょんぼりと項垂れてしまう。


「いや、オレが途中で声をかけたのが悪かった。謝るのはオレの方だぞ」

「それもそうですが、そもそも2階で休ませたのが悪かったですね。目覚めた時に側にいなかったのもよくありませんでした。メグ、申し訳ありません」


 と、とととととんでもない! 完全に私の不注意が招いた事だ。あわあわと戸惑っていると、パンパンッという乾いた音が響く。振り向くとサウラさんが困ったように微笑みながら手を打っていた。


「みんな反省する点があったってことよね! 今後気を付けましょう。シュリエ、ジュマ、メグちゃんが困ってるわよ?」

「お、そりゃ悪ぃちびっ子! ま、次は気をつけような!」

「おやおや、メグは優しい子ですね。お互い、今後気を付けましょうね」


 ああ、優しい……こんな上司に恵まれたかった。私は元気いっぱい、はい! と笑顔で返事したのだった。

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