sideサウラディーテ


 その子どもを見た時、私の時間は一時停止したの。だからうっかりおかしな事を口走ってしまったわ。失敗、失敗!


 でも仕方ないのよ! だって可愛いんだもん! 女の子っていうのは、可愛いものが大好きな生き物なのよ。種族問わず、大体そうだと思うの。そうじゃないって人もいるだろうけど……「可愛いは正義」に同意してくれる人は多数派だと私は信じてる。




 私たちや亜人は、人間に比べて極端に出生率が低い。それは私たちが長生きする生き物だから、ということに他ならない。

 人間の血が入ってればそれなりに出生率が上がるけど、そうなると寿命も短くなる。簡単に言うと、長生きで強い生き物はなかなか子どもが出来にくく、短命で弱い生き物ほど、たくさん子どもが生まれる。要は自然の摂理ってやつなのよ。


 そして私、小人族はその中でも特に長生きの種族に分類される。他にはドワーフ、エルフ、あとは希少な亜人なんかもそうね。ギルの影鷲なんかも長命だわ。

 年齢? ……女は自分の年を明かさない。勝手に勘違いしてもらうものよ!


 コホン。話を戻すけどね? ドワーフ、エルフ、小人、巨人。これらの種族は血が濃い事でも有名なの。だから他の希少亜人よりも子どもが生まれにくい。血が濃いっていうのはどういうことかっていうと、他の種族と交配して子どもが出来た時、片方がドワーフなら生まれる子どもは絶対ドワーフってな具合ね!

 それならドワーフとエルフならって? その場合は五分五分ってところじゃない? 聞いた事ないし、この種族の間に子どもが出来る確率なんか2階から1階の針穴に糸を通すようなものだもの。私だって知りたいわ!


 ちなみにその他の亜人は、1つの国で10年に5、6人くらいは子どもが生まれはするけど、どんな種族が生まれるかわからないのが普通。遠い遠い昔の遺伝子に影鷲があったなら、両親ともに他の亜人であっても影鷲が生まれる可能性があるってこと。実際ギルの両親は竜と人魚だったらしいし。

 つまり、産んでみなきゃ子どもがどんな種族かさえわかんない。びっくり箱みたいよね!


 話が少し逸れたけど、つまり何が言いたいかっていうとね?


 幼子自体、かなり貴重でひっさしぶりに見たってことなの!! ここら辺に人間は住んでいないから当然っちゃ当然なんだけど。

 前に見たのはいつだったかしら……50年は前だったと思うのよね……この街は希少亜人ばかりで出生率が特に低いから。


 まぁ、そんな事は抜きにしても、この子は特に可愛いと思うの。というか、こんなに可愛い子どもって見た事ない!

 毛先がくるんと内側に向かうサラサラふわんな綺麗な髪。キャトルの目みたいな形の大きな瞳に、小さな口。色白で頰がほんのりピンクでモチモチで……ああっ……!

 だからつい、取り乱してしまったってわけ。ええ、言い訳よ? なんか文句ある?




 だから、ギルからメグちゃんの話を聞いたときは、どこへ向けたら良いのかわからない怒りと、悲しみでいっぱいになった。

 保護者のいない状況がまずあり得ない。何度も言うように、エルフの子どもは特に生まれにくいんだし、大事にされるのが普通なの。後でシュリエから聞いた話になるけど、数百年ぶりの子どもだって聞いたから尚更。

 それでいてダンジョンに放置、よ? いくら守護の耳飾りがあるといっても、危険すぎる。そもそも準備してなければ飲み食い出来ないダンジョンの、しかも岩山エリアで放置なんか、魔物に襲われなくても餓死するってのよ。


 何気なくメグちゃんの耳飾りを見たけど……守護の魔術がもう消えてる。エルフの耳飾りは特殊で、一度術をかければ何度でも守護してくれるはず。……術者さえ生きていれば。

 つまり……この子を守ろうとした存在はもう……


 一体何があったというのかしら。大事な子どもをこんな目に遭わせなければならない状況。すぐには思いつかない。でも、メグちゃんが痩せすぎているのと、質素な服装という事から、きっとダンジョンに送り込まれる前から、あまり良い生活をしていたとは言えないんじゃないかな。……メグちゃんに守護魔術を込めた人は、きっと何かからメグちゃんを逃がそうとしたんだわ。ここまで想像するのが今の精一杯ね。


 本当は、メグちゃんに聞いてみるのがいいんだけど……ギルの話からするとメグちゃんは、自分の名前や生活魔法の使い方さえ覚えていないという記憶喪失。……心の問題なのか頭を打ったのかはわからないけど、どちらにせよ酷い状況に変わりはない。

 無理に聞いて刺激したくないし、まずこんな小さい子が事情を知っているとも思えない。これは、特級ギルド「オルトゥス」の名にかけて、何としても事件の全貌を明らかにするべき案件だった。


 オルトゥスが本気を出して依頼を受けるのは、メンバーの心が動いた時。

 オルトゥスの統括たる私、サウラディーテの心を動かしたこの事件。絶対に解決してみせるわ……! 主にギルがね!!


 さて、その為にもメグちゃんにはこのギルドにいてもらう事になる。これはメグちゃんの安全の為にも一番いい事よ。

 だってこのギルドは、この世界で最も安全な場所と言われているもの。ま、正確にはもっと安全な場所もあるとは思うけどね。


 そうと決まれば住む部屋、着てもらう服や、メグちゃんの側にいてもらう人物なんかを決めないと。いつも同じ人物ってわけにはいかないから、交代制で! ……メグちゃんのお世話係なんて美味しすぎる仕事、希望者が溢れかえりそうね……


 それよりなにより服よ、服! こんなに可愛いのに質素な服だなんて勿体無い! 可愛い子は着飾ってナンボよ! うふふふ、どんな服着せようかなぁー?


 っと。それと同時にギルにはすぐダンジョンに戻って調査してきてもらわないと。とんぼ返りで悪いけど、時間の経過はあらゆる痕跡、重要な情報を消し去ってしまう。一刻も早く行ってもらいましょうか。


 その事をギルに話そうとした瞬間、とんでもない言葉が馬鹿ジュマの口から飛び出したものだから、それを拾わないわけにはいかなくなった。


「ま、赤ん坊ってのはよ、実際はストークルが運んでくるんじゃなくて、男と女が乳繰り合っ……むぐっ!」


 ナイスよ、シュリエ。良くぞ止めた。本当に馬鹿な事しか言わないんだからこの赤頭はっ!

 深刻な事態にイライラしてたのもあって、その苛立ちをジュマにぶつけてやったわ。


 そうしたら、何? 年増……?

 このウルトラ美女の私を捕まえて年増ですって……? チビはいいのよ。小さいのは小人族にとっては褒め言葉だもの。でも年増は許せないわ……! 私はまだピッチピチの200歳代なのよ……っ!?


 溜まりに溜まった苛立ちを発散すべく、ジュマの首根っこを掴んでズルズルと引きずりながら部屋を退出する私。新作トラップの威力をまだ試してなかったのよね、威力がヤバすぎて。でもジュマはやたら頑丈なのが売りの天翔鬼あまときだから、死にはしないでしょ。

 ちょうどいい実験動物をうまく使う口実を得て、さっきまでの無礼による不機嫌さは鳴りを潜め、上機嫌で訓練場まで向かう。うふふ、楽しみねぇ!

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