特級の名に相応しい人たち
「さてと。じゃあまずギルね。メグちゃんをどこで連れてきたのか説明をお願い」
来客室へと案内され、座り心地の良いソファに腰掛けると、サウラさんがそう話を切り出した。サウラさんの向かい側にギルさんと私が座り、シュリエさんは優雅にお茶を淹れてくれている。ジュマさんは窓辺に寄りかかって立ったままだ。
「ああ。シュリエとジュマには先ほど簡単に説明したが……もう一度ちゃんと説明しよう」
シュリエさんが淹れてくれた紅茶は、私の物だけミルクが入っていて心配りに感動した。一口飲んではふぅ……と吐息を漏らしていると、シュリエさんにおいでと手招きされた。
「う?」
「む? ……ああ。俺たちの話は退屈だろう。あちらで菓子でも食べていていいぞ」
「ふふふ、メグちゃん。あのお菓子はね、私のお気に入り店の期間限定品なのよ! 丸ごとオランのゼリーでね、冷やして食べると絶品なのよー!」
オラン? オランってなんだろう? でも冷えたゼリーでサウラさんがここまで絶賛するならさぞや美味しいのだろう。
「もらっていいんでしゅか……?」
でもそこまでお気に入りの一品を、私が貰ってもいいのかな……? なんだか申し訳なくてそう聞くと、サウラさんは飛び切りの笑顔を向けてくれた。
「んもー、メグちゃんってば可愛い上に本当に良い子よね! いいのよ! その代わり、美味しく食べてね?」
やだ、サウラさん、惚れてまうやろ! ウインクしながらそんな事言われたらコクコクと首を縦に振ることしか出来ないじゃないか!
そんな私を見てクスクス笑いながら、シュリエさんがジュマさんのいる窓際にあるテーブルへと案内してくれた。う、恥ずかしい……
「美味しくいただくぞー!」
「おいこらジュマ。あんたは金を払いなさい」
「なんでだよー! ケチ!」
そんな漫談を聞きながら、私はウキウキとテーブルの前に腰かけた。……けど。
「……届かにゃい」
この身体が小さすぎて、椅子に座るとテーブルはちょうど私の目が出る程度の位置にあった。悲しい……
落ち込んでいたら、ふわりと身体が浮いた。誰かに持ち上げられてる?
「うわっ、軽っ! おい、ちっこいの。お前ちゃんと食ってるかぁ?」
頭上でそんな声が聞こえてくる。どうやら赤髪兄ちゃんが膝の上に座らせてくれたらしい。おかげでようやく丁度いい高さになったよ。結構派手で荒々しい印象だったけど、優しいところもあるのね。えっと、確か名前は……
「ジュマ、しゃん?」
「おーそうだぞ。自己紹介してなかったよな! 兄貴って呼んでもいいんだぞー」
ニカッと笑いながらわしわしと頭を撫でられる。笑うと少し尖った犬歯が見えて、なかなかにやんちゃな兄貴っぽさを演出しているなぁ。髪がボサボサになってるけど、その手つきは優しい。ふむ、兄貴か……それなら。
「メグでしゅ。よろしくお願いしましゅ。えっと……ジュマにーちゃ?」
膝の上に乗ってるので思い切り真上を向いてこれでいいかと聞いてみる。すると、ジュマくんは目を見開き、その動きをピタリと止めた。あれ、ダメだったかな?
「あ、いや、それで、いいぞ。うん、よろしくな、メグ」
しどろもどろといった様子でジュマくんがそう言った。なんだ良かったのか。ほっと胸を撫で下ろした。
「ジュマ……可愛いの威力に初めて気付きましたね……」
ボソリと何かを呟きながら、私の前にお水とゼリー置いてくれるシュリエさん。でも残念ながら上手く聞き取れなかった。
まいっか! ゼリーだゼリー!
「だってさー、このちっこいのがどうやって運ばれてきたか見ただろ? デカい布に包まれて、影鷲ギルに掴まれて飛んできたんだぜ? さながらストークルが赤ん坊を連れてきたみてーなんだもん。笑うだろ!」
ゼリーは甘酸っぱいミカンの味がした。オランっていうのはどうやらミカンらしい。ジューシーで甘味が強くて美味しい。そんなゼリーを堪能しながら話すのは、私が目覚めた時に大笑いしていたその理由についてだった。
「
聞き慣れない単語に首を傾げていると、クスリと笑ったシュリエさんが説明してくれる。
「ストークルは鳥の名前ですよ。聞いたことはないですか? 赤ちゃんは布に包まれて、ストークルが運んできてくれるという話を」
なんと、コウノトリの事ですかね? へぇ、この世界でも似たような事言われてんだねぇ。面白い共通点である。感心していると頭上のジュマくんが軽い調子で口を開く。
「ま、赤ん坊ってのはよ、実際はストークルが運んでくるんじゃなくて、男と女が乳繰り合っ……むぐっ!」
最後まで言い終えることなく何かに口を塞がれた様子のジュマくん。きっとシュリエさんかな。そこへ、どうやらこちらの話が聞こえていたらしいサウラさんからの一喝が入った。
「小さい子がいるのになんってこと言うのよっ! この考えなしの単純馬鹿!」
「おめーだって小さい子じゃねぇかよ! っつーかさ、性教育は正しく伝えるべきだろっ!」
「にしたって早すぎるわっ! 常識から学び直せ! 幼児から、いや赤ん坊……いや生まれるとこからやり直してこぉぉい!!」
頭上とソファ席とで舌戦が繰り広げられている。まぁ、私は中身いい大人なんで、その辺も詳しいことは知ってるけどさ。確かにここまで小さい子に聞かせる話ではないよね、うん。
とりあえず場をこれ以上混乱させないためにも、聞いてない、わかってないフリを全力でさせてもらって、この美味しすぎるゼリーを食べてしまおう。うーん、うまっ!
「あーもー、キンキンうるせぇなー、チビ年増め……」
最後の一口を口に含んだところでとんでもない発言。一瞬でこの室内がツンドラに早替わり……! ひえぇっ! ジュマくん、それは言っちゃダメなやつなんじゃ……!? サウラさんがいくつなのかはわかんないけど、女性に年齢の、しかもそんな罵りを口にするとはなんて命知らずなのっ……!?
小さな声で呟いたジュマくんのその一言は、やけに室内に響いて消えた。
ゴゴゴゴ……という音と、室内なのに暗雲が立ち込めている……かのように思える突然の空気の変化。危険だ、極めて危険だ! と私の本能が警鐘を鳴らしているっ……!
突如私の身体が浮き、気付けばシュリエさんの腕の中へと場所を移していた。何事? と思って見上げると、ニッコリ微笑むシュリエさんと目が合う。うふふ、おーけぃ。緊急避難ってことね? 私、理解した!
「ねぇジュマ? チビ、は良いわ……でも年増、って? 誰の事かしらねぇぇぇぇ……?」
「あ、いや、その、本心じゃなくてだな……」
「うふふふふ! あ、そうそう、丁度ギルとの話も終わったことだしぃ? 私の新作を試させてもらえるかしら? ああ、大丈夫よぉ? 鬼族の貴方なら死ぬことはないでしょう、というか無事でいられるのは貴方くらいかなって思うのよ。……ご協力願えるかしらねぇ?」
「お、おう……」
自分でも失言だったと思うところがあったのだろう。ジュマくんは逆らうことなくサウラさんの協力の申し出を
「……ジュマの凄いところは、私やサウラに何度絞られてもすぐ忘れて懲りない所ですね。先ほど言葉には気をつけろとキツく言われたばかりだというのに……全く尊敬などは出来ませんが、あの打たれ強さと鋼の精神は賞賛に値するかもしれません」
サウラさんに引きずられるように部屋を去ったジュマくん。突如静かになった室内にシュリエさんの呆れたような声。……確かに学習しないとこ、ある気がした。
「……あいつ、死んだな」
ポツリと呟くギルさんの声がやけに耳に残る。が、がんばれ! ジュマくん!
特級ギルドのメンバーは、中身もなにやら特級なようでした。(いろんな意味で)
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