空の旅はゆりかごの如く


「うわあ……!」


 籠にすっぽり収まると、ギルさんは布の上に籠ごと私を乗せ、布の四隅をしっかり結んだ。それから私に一言声をかけると、瞬く間に大きな鳥へと姿を変えた。

 確かに事前に聞いてなければ驚きすぎて硬直していたな、こりゃ。だってすごく大きいんだもん。だけど、黒い翼がとても綺麗だ。鋭い眼光や堂々とした佇まい、そして嘴だけが黄金色で王者の風格を感じさせる。


「かっこいー……! あの、あの、少しなでなでさせてくだしゃいっ!」


 一見すると、会った瞬間死を覚悟するであろう大きな影鷲かげわしも、ギルさんだとわかっていれば全く怖くない。というか、ギルさんだと知らなくても、纏う雰囲気に敵意が全くないのがわかるから、案外平気だったかもしれない。

 ともあれ、こんなに大きくて手触りの良さそうな羽毛……触るなというのは無理というものだ。

 私の一言に少し怪訝な顔をしたのが何となく伝わったが、ギルさんは大人しく頭を下げてくれた。羽は広げたら大きすぎて危ないからだろう。配慮が伝わってほっこりする。


「ふわぁ……ふわふわー……」


 ギルさんの頭をそっと撫でる。それから首元、羽の付け根など、あっちこっちにウロチョロする私の頼みを素直に聞いて、撫でさせてくれるギルさん。……たまらん。羽毛万歳。この上で寝たい。最初は撫でるだけだったけど、あまりの気持ち良さに思わずぎゅっと抱きついてしまった。幸せ……


『……もう、いいか?』

「ふぇっ!?」


 突如、頭の中で響く声に驚いて顔を上げる。思わずキョロキョロ辺りを見回すけど、今聞こえたのはギルさんの声だ。今のはギルさん? という意味を込めてギルさんを見つめながら首を傾げた。


『……念話だ。この姿になると、喋れないからな。そろそろ行くから籠に入れ』


 どことなく照れたような声色でギルさんが言う。……考えてみれば、私ったらギルさんの頭やあんな場所やこんな場所に撫で撫でしてモフモフしてスリスリしてたのよね。……やっちまった、か……?

 うん。私は子どもだから問題ない。あとモフモフなのが悪い! 私は心の中で開き直ってすぐに再び籠へと乗り込んだ。顔が熱いのは気のせいである。ぐあっ……恥ずかしい!!


『よし、乗ったな。では行くぞ。危ないから身を乗り出すな』

「あいっ! よろちくお願いしましゅ!」


 恥ずかしさを誤魔化すためにもビシッと真っ直ぐ挙手をして返事をすると、ギルさんは翼を広げた。その時に巻き起こる風で私の髪が靡く。……へぇ、今の姿の髪はピンクゴールドなんだなぁ、なんて暢気に思う。

 ギルさんが翼を広げた姿は、ますます綺麗で思わず見惚れてしまう。真上を見る形だから、背景は木々の緑と晴れ渡る青空なのがまた良い。ギルさんはフワリと浮かぶと、チラと一瞬目線をこちらに向けてから結んだ布を足でしっかり掴む。ポカンと口を開けて上を見ていた私は、慌てて籠のフチを握った。


 ふと感じた浮遊感。最初はゆっくりと、それから少しずつ早く上昇していく。これぞ逆フリーフォール!! とは言っても私が怖がらないように気を使ってくれているのか、ほどほどの速さをキープして上昇しているようだ。高速エレベーターに乗ってるようなあの感覚。それなのにそよ風程度しか感じないのは魔術のおかげだろう。でもきっと、ギルさんだけならもう既に空高く舞い上がってるんだろうな……お世話になります。


 こうして始まった空の旅。でも布に包まれてるから景色とか見られないんだよね。かと言って布なしはそれはそれで怖いから遠慮したいけど。

 ギルさんの飛行は安定の一言に尽きる。揺れることもなく、突然スピードが変わることもない。安全運転ならぬ、安全飛行。そよそよと感じる程度の風が気持ちいい。籠の中でゴロンと仰向けに横になる。狭いから頭は籠のフチを枕にして、膝を少し曲げたけど。


 青い空に大きな鳥のシルエット。絵になるわー。自由に大空を飛び回るってどんな気分なんだろう。怖くはないよね、鷲だし。いいなぁ……

 そんな事を考えながらぼんやり眺めてたら眠くなってきた。やる事もないし、寝てもいいかなぁ? 車の助手席で寝てしまうような罪悪感が少しあるけど。


『眠くなったら、寝てていい。その方が飛ばせるしな』


 ど、どうして眠くなったことがバレたのかしらっ!? でも、そっか。起きてる間は気を使ってゆっくりなのね。寝てれば速かろうが乱暴な飛行じゃない限りわかんないし。

 それならば遠慮なく寝させていただこう。おやすみなさい!






「ぶっ……! まじかよギル! 隠し子かあ!? 違うな、どこのお宅に配達だ? ぶははははっ!!」

「……んむぅ?」


 大きな声と笑い声でふと目を冷ます。なにやらとても楽しそうだ。

 目をぐしぐし擦って、キョロキョロ辺りを見回しながら声の元を探す。ギルさんとは違う明るい声だったみたいだけど……すると突然「いっ!?」という呻き声が耳に入り、ついで見上げた先でおどろおどろしい声が聞こえてきた。


「ジュマ……寝ている子どもの前で大声を出すとはどういった教育を受けてるんですかねぇ……?」

「ってぇな……オレに痛みを与えるってどんな威力だ……って、いだだだだっ! わかった! 悪かったって!」


 目に入ってきたのは人型に戻って腕を組み、機嫌悪そうに睨みをきかせているギルさん。そしてギルさんが見ているだろう先には2人の人物がいた。

 サラサラな銀髪を肩口で揺らす、青い瞳が綺麗な……たぶん声からいって男の人が、真っ赤なツンツンした髪に金目の小柄な青年の耳を掴んで捻っている。とても痛そうだ。


 状況からして、さっきのひっくい声で凄んでいたのが銀髪の人。こんな美しい人の口からあんな声が出るとは。そしてやる事が地味にえげつない。赤い髪の青年は大声で笑っていた人だろう。確かにそれで目が覚めたけど、そこまでしなくていいんだよ? 離してあげておくれ……


 あ、あれ? 銀髪の人がこっち向いた。そして髪の間から覗く耳は尖っている。ひょっとして……


「こんにちは、可愛いお嬢さん。私はシュリエレツィーノ。貴女と同じ、エルフ族ですよ」


 美人なお兄さんがニッコリ微笑んで挨拶してくれました。蕩けそうです、さすがはエルフ、期待を裏切らないその美しさ! でも赤髪兄ちゃんの耳は離さないのね? かなり暴れてるのに手が離れないって逆に凄いよ!


「そしてようこそ、特級ギルド『オルトゥス』へ」


 しかしそんな事は気にも止めずにマイペースに言葉を続けたお兄さん。へ、特級ギルド? もう着いたの?

 そこでようやくお兄さんの後ろに大きな建物がある事に気付いた。


 知らない間に目的地へ到着していたのでした、まる。

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