ギルさんまさかの


 部屋を出たギルさんは、その足で街の方へと向かう。もう少しだけ我慢してくれ、と小さな声で言うので、了承の意を込めて頷いた。

 スタスタと長い足で歩を進めるギルさん。すれ違う人がチラと振り向いては怪訝な顔を浮かべていた。まぁ……顔も良く見えないどころか全身真っ黒だもんね。

 でもその中にはギルさんを知ってる人もいるようだった。


「あの黒尽くめ……オルトゥスの……!」

「人通りの多い場所に現れるなんて滅多にないって聞いた事あるぞ……?」

「うおぉ……かなり貴重な体験してるんだな、俺ら。しかし何で顔隠すんだ? 酷ぇ面してんのか?」

「おいやめろ、詮索すんな。……消されるぞ」


 何やら物騒な単語が聞こえた気もしたけど、うん。気のせいだ。私は何も聞いていない。


 そんな周囲の反応が耳に入ってないわけがないのに、ギルさんは気にすることもなく街の中を迷いなく進んでいく。きっと、いつもの事なんだろうなぁ。ギルさんの対応に慣れを感じるもん。これで素顔を晒してたら余計噂になるだろうなぁ。ギルさんったら超イケメンだし、女の人は特に放っておかないんじゃなかろうか。


 ……あ、もしかして顔を隠してるのってそういう事? きっとギルさんは自分の顔が人目を惹くって自覚があるんだ。なるほど、そりゃ顔隠すわ。特にギルさんの仕事はスパイみたいなところもあるだろうし、顔を覚えられるわけにはいかないんだろう。

 けど場合によってはその美形を使って情報集める、なんてこともあるかもしれない。あの顔に至近距離で囁かれたら余計なことまでペラペラ吐きそうだ。……いかんいかん、妄想が捗って困る。隠蔽で姿が見えないのをいい事に、盛大ににやけておく。


 私が妄想の世界で遊んでる間に、ギルさんは雑貨屋さんと思われるお店で何やら大きな布とこれまた大きな籠を買っていた。何に使うのかしら。……詮索はやめておこう。街のおじさんたちも言ってたし!

 素早く買い物を済ませると、またしても迷う事なく颯爽とした足取りで街の外へと出て行くギルさん。私を抱えている事など全く感じさせない足取り。地味に凄いスキルだ。力持ちだね!


「よし、ここまで来れば大丈夫だろう。……ずっと大人しくしていて偉かったな、メグ」


 街を出てしばらく歩き、森の入り口が見えてきたところでようやくギルさんがそう口を開きながら私の頭を撫でる。ひょっとして、私が我慢してると思って急いでくれてたのかな?


「……も少しゆっくり歩いても良かったんでしゅよ? ギルしゃん、つかれちゃう……」


 私がそう言うと、ギルさんは今までで1番柔らかな笑みを見せてくれた。イケメンずるい、ごちそうさまです。


「どっちみち人混みは好きではないからいいんだ。ありがとう」


 そっか。無理してたわけじゃないならいいんだけど。ほっ、と軽く息を吐き、そういえばと少し気になっていたことを尋ねることにした。


「そいえばギルしゃん。さっき、追加ほーしゅーって言ってましたけど……なんで追加なんでしゅか? 普通のほーしゅーじゃなくて?」

「ああ……本来の依頼は、ダンジョンの機能が停止した原因の調査だけだったんだが、それを成り行きで解決したから。その場合は追加で報酬を渡す、というのは最初から依頼書に記載されていた」


 なるほど……どうでもいい事とは思ったんだけどね。気になっちゃってつい聞いてしまった。でもおかげでスッキリしたよ。

 ギルドってのは結構たくさんあって、どうやら等級がつけられているんだったよね。話の流れから察するに、今回はよそのギルドにも依頼を出してたっぽいし、同じ依頼を色んなところに出してるのかな? だとしたら依頼をこなせるかは早い者勝ち? 細かい決まりとかどうなってるんだろ? それに、このギルドに是非お願いしたい! って場合もあったりしそうだ。


 というか、ギルドというものがどんなものかさえまだわかってないから、お世話になる予定なんだし少しずつ勉強させてもらいたいな。

 だって長谷川環に戻れるのかも、元の世界に帰れるのかもわからないんだから。悲観していられない。生きるために、ひとまずこの世界でどうにか働き口を探さなきゃ。こんな姿であっても、ね!




 話をしながらもギルさんはどんどん森の奥へと歩を進めていく。薄暗いけど大丈夫かな……不安になってギルさんの服をギュッと掴んだ。

 それに気付いたのかはわからないけど、ギルさんがこの辺でいいだろう、とついに歩みを止めてそっと私を下ろす。久しぶりの地面である。


「さて、これからギルドへ戻る。オルトゥスの建物はこの国の隣国にあるんだ」


 ギルさんは先ほど買った布と籠を下ろしながらそう告げてきた。え、隣国!? それってすごく遠いんじゃ……そう思って聞いてみると、馬車などを使った場合は国境を越えるだけなら5日ほどで着くらしい。

 現代日本からきた私から言わせてもらうと5日ほど、ではなく5日も、である。


「普通にいけば、の話だ。もちろん俺たちは普通・・には行かない」

「ふつーじゃない……行き方……?」


 どことなく不安を覚える言い方だ。ギルさんの口元だけ見せる不敵な笑みが、一層嫌な予感を増幅させる。


「早速行きたいところだが、その前に俺のことをもう少し話しておかなきゃならない。俺の種族の事だ」


 種族? え、人間じゃない、とか……? ……うん、ここは異世界。常識というフィルターを外さなければ驚きすぎて顎が地面に着く。こくりと小さく頷いて話の続きを催促する。


「俺は影鷲かげわしの亜人だ。影鷲、聞いた事あるか?」


 ギルさんの言葉にふるふると顔を横に振る。「かげわし」どころか亜人ってのも説明が欲しいです。鷲って入ってるし、やっぱ鳥なのかな……? 普通の人間にしか見えないけどなぁ。


「影鷲は俺の今の身長の3倍ほどの大きさになる大きな黒い鷲だ。その名の通り影を使った魔術を得意とする。影を通って亜空間と行き来出来るんだ。色んな使い方が出来るが、簡単なところでいくと荷物を影に収納していくらでも持ち運べたり、だな」


 わぁお、異世界っぽさここに極まれり! 魔術、奥が深すぎて理解しきれない自信があるよ! なんか凄いことが出来て、とても便利、という認識でいいだろうか。……大丈夫か、私。


「とまあ、影を使う事で本領発揮するんだが、今はそうではない。今は人型だが、これから俺は影鷲の姿になる。空を飛んでギルドに帰ろうとしてるんだ」


 まさかの、ゆーきゃんふらい……まあ、そうだよね。鷲だもん。そりゃ飛べるよね。……人間の姿になれる不思議な黒い大きな鷲が影鷲、ね。驚かないぞ……!

 あれ、でも私は? 飛べないけどどうするんだろ? と、思ったところで目の前にある籠と布が目に入った。……まさかこれの使い道って……


「メグは籠に乗れ。それを布で包んで俺が掴んで飛ぶ」


 やっぱりか!! ひえぇ、空飛ぶの!? 籠と布っていう原始的でコウノトリな方法で!? 怖いっ! 怖すぎるぅ!!


「……空を飛んだ事がないやつは大体そんな反応をするな」


 私の怯えた様子を見たギルさんが苦笑を浮かべてそう言った。わかってるならどうにかなりませんかね……? 期待を込めて見つめたけど……


「ちなみにこれに乗らなきゃ俺の背に乗せることになるが……ギルドに着くまで握力や足の筋肉、もつか?」

「もちましぇん!!!!」


 想像したけどすぐ痙攣するわっ! 涙目で叫ぶと、ギルさんはクスリと笑った。笑い事じゃないんだよ……!




 結局、飛んでいかなければ私がいる分、ギルドに着くのは半月後になるという事と、絶対に落とさないし風の影響を受けない魔術がかけられるから、との事で泣く泣く了承した。

 こうして私は決死の思いで乗り込んだのだ。……籠に!

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