隠し事はするけど嘘はつかない


 光が収まって、そっと目を開けると明るい外の風景が目に入ってきた。さっきの岩山も外だと思ってたから、ダンジョンの外に出たというのにあんまり久しぶりの外だ! っていう感覚はない。

 キョロキョロと目だけで辺りを見渡していると、少し離れたところから男の人が駆け寄ってくるのが見えた。ほんの少し、ギルさんの服を握る手に力が入る。


「ギルナンディオさん、遅かったですね! お疲れ様です! あの、もしかして……」

「……ああ。ダンジョンは元に戻った」

「やっぱり……! 昨晩から戻った気はしてたんですが、ギルナンディオさんが戻るまで待機してたんです。あの……お疲れのところ申し訳ないのですが、早速報告をお願いしたいのですが……」

「構わない」

「助かります……! ではこちらへ」


 男の人は一切こちらを見ないから、本当に私は周囲から見えてないんだ……魔術、すごい。とはいえ、私はここに実際いるのでドキドキして落ち着かないけど。

 この人の話し方から、ギルさんが何やら凄い立場の人のような気がしてきた。特級ギルドの所属だし、やっぱり事実凄い人なのかも。ライオンも瞬殺だったしね!

 男の人の案内に着いて行き(ギルさんが)、ダンジョンの入口っぽい場所から少し離れた簡易の建物の中へと入っていく。受付みたいなものなのかもしれない。朝も早いと思うのに、すでに行列が出来ていた。……みんなそんなにダンジョン好きなのかしら? んなわけないよね、何か理由があるんだろうな。よく稼げるとか?

 まあ、私にはあまり関係のない世界だろうけど。だってこんなちびっころがどうしてダンジョンに行かなきゃならないのさ! 今までそのダンジョンにいた、というのは棚上げである。


「では、申し訳ありませんが、こちらの水晶に手を乗せてください」


 簡素な机と椅子が置かれた小さな部屋。向かい合うように男の人とギルさんが椅子に座ると、男の人が机の上に置いてある水晶を手で指し示し、そう告げた。……さっきダンジョンのボス部屋にあったのとは違うものなのかな?


「真偽の水晶か」

「ええ。ギルナンディオさんが嘘をつくわけないのは知っていますが、規則ですので……」


 私が疑問に思っているのを僅かな身動ぎで察したのだろう。さり気なく答えを教えてくれるギルさん、出来る男である。


 でも……真偽の水晶、か。つまり、嘘ついたらバレるって事でいいのかしら。魔術ってのはすごいな。でもあれ? それ大丈夫なのかな? 少なくとも私という迷子を隠しているわけだけど……

 私の心配をよそに、ギルさんは全く動揺する素振りも見せず、堂々としている。さすがは出来る男、あげいん。


「では、ダンジョン内魔物消失事件についての依頼報告をお願いします」

「ああ。……ダンジョン3階層奥に保護結界を発見。力が強力過ぎたために近くの魔物が出現することも出来なくなっていた模様。結界を破壊することによりダンジョンの機能が復元された。……以上だ」


 ほへー。ギルさんの依頼はそんな不思議現象の調査だったんだ……そんな事があったなんてちっとも知らなかった。ひょっとして、その結界のおかげで私、あの岩山で魔物に遭わずに済んだってこと? うわーなんて幸運! いや、不幸中の幸い? そもそも突然訳わからない異世界転移? しちゃってるのが不幸すぎるし。

 まあなんにせよ今の私の命があるのは、ダンジョン内にあったらしきその結界のおかげ。どこの誰かは知らないけど感謝の気持ちを捧げます。ありがたや……


「そうですか……ではいくつか質問させていただきますね。その保護結界はなぜ見つける事が出来たんですか? 今までの報告にはそのような物は何もなかったと聞いていますが」

「ああ、巧妙な隠蔽の魔術も重ねがけしてあった。俺と同程度の技量がないと見つける事すら出来なかっただろう」

「ギルナンディオさんと同程度……それは見つけられないのも道理ですね……ひょっとしてボス部屋にも……?」

「ああ。ボスがいた気配はなかった。皆知らずに帰還の水晶に触れていたのだろうな。俺が出てくる時にはもうボスは復活していたが」


 ひょー! もう少し早くに出てたらボス戦しなくて済んだんだ! 私が無駄に泣きじゃくってたから……ほんと、足引っ張ってばっかりですみません。ギルさんならボスがいてもいなくても大した問題じゃなさそうだけど、それとこれとは別だよね。反省。


「なるほど。では、その保護結界の中には一体何が? そこまで強力な結界が張られていたのなら、余程の物があったのでは……? あ、もちろんダンジョン内で得たものは見つけた人のものですから、答えられる範囲で結構ですよ」


 答えられる範囲でいいんだ。あれかな、かなりのお宝だったとしたら、良からぬ輩が狙ったりするから? ギルさんなら返り討ちにしそうではあるけど。


「……いや、目ぼしいは特になかったな。なぜあの場所に保護結界が張られていたのか、その経緯については調べていない。ダンジョンだしな」

「それはまた不思議ですね……ダンジョン内では奇妙な事が起こる事もありますし、ダンジョンだから、と言ってしまえばそこまでではあるんですけど……」

「確かに気になる事態ではあったな。だが俺は所用でもうギルドに戻らなければならない。またすぐ調べに戻るが、もしそれまでに何か分かる事があったら知らせてもらえないか?」

「それはそうですよね。わかりました。こちらでも調べた結果をオルトゥスへ送らせていただきます」


 それにしても、目覚めてからずっとそのダンジョンにいた、というのに、知らない所でそんな変な事が起きてたんだなぁ……でもそのおかげでギルさんに保護してもらえたわけだし結果オーライ?

 というかギルさん的には消化不良な依頼だったって、感じだろうなぁ。原因はよく分からなかったけど、ダンジョンの問題は解決出来た、と。だというのにこれといった戦利品もなし。私だったらなんだかなぁってなっちゃうよ。いや、事件とか被害とかがないのは良いことだけどさ!

 そんな事もあるってことかねぇ……ダンジョンってのは魔物と同時に不思議も生み出してるのかも?


「他に何かありますか?」

「……いや、他に報告したい・・・事はない」

「……はい、大丈夫ですね。虚偽の発言は見受けられませんでした。ご協力に感謝します! つきましては数日間、ダンジョンが通常に機能するかを経過として見させていただき、問題なければ追加報酬をお渡ししします。その書類はギルドの方へ送っても……?」

「構わない。よろしく頼む」

「わかりました。それではギルナンディオさん、お疲れ様でした」


 お、無事に終わったようだ。ギルさんが振り返ることなく颯爽と部屋を後にする。


 それにしても、嘘を言う事なく私のことは黙っているなんて器用なことをしたギルさん。私だったらすぐ口が滑る自信しかない。頼りになるイケメン……絶対モテるわこの人。

 私? もちろんときめいたり眺めたりはするけど、それだけ。あのねぇ、恋心なんて面倒なもんよ? 恋愛なんざ己の醜さを思い知る儀式みたいなもんなんだから。何があったかは割愛させていただくよ。

 なんにせよ、素敵な殿方、お嬢様は見ているに限る。あわよくば少し仲良くさせてもらえれば、もうそれだけで幸せです。


 どことなく緊張していたらしい私は、そんなくだらないことを考えてほっと息を漏らすのだった。

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