sideギルナンディオ 後編
嫌な疑念は確信へと変わりつつあった。なぜなら、子どもは自分の名前すらわからないという様子を見せたからだ。俺の名前を噛んだ際の可愛さに和んだ気持ちを少し引き締める。
出来るだけ不自然にならないように子どもの名前を伝えてやる。「メグ」と呼ばれる事に違和感はなさそうなので胸を撫で下ろしたが、耳飾りの事に触れた時、耳をぎゅっと握って青褪める子どもに少し慌てた。
エルフの特徴とも言える尖った耳。それを見られた事に対する怯えととれるその反応。無理もない。
エルフというのはその美しい容姿ゆえに狙われやすい種族なのだ。持って生まれた強力な魔術や、特殊体質を持って生まれやすい、という恵まれた種族だからこそ、胸糞悪い事に人間の大陸では高値で売買されるのだ。しかもメグは碌に抵抗も出来ないであろう子ども。記憶はないとはいえ、もしかしたらこれまでに何かしら事件があって、身体に刻み込まれた恐怖を感じているという事も十分有り得た。
それらを想像すると、どうしようもない怒りと同時に子どもに対する強い庇護欲を感じる。保護者はいるのかという問いに、いないと答え涙ぐむメグを見て、何としても守りたい、そう思った。
メグが落ち着いたのを見て、そろそろ行こうと声をかける。もうじきダンジョンの魔物も現れ出す頃だし、ダンジョンに他の者がやってくる時間でもある。少しのんびりし過ぎた気はするが、メグの気持ち優先だ。ボス戦は免れられないだろうが、致し方ないだろう。
確認のためにもメグに一緒にギルドへ来るかと尋ねてみる。ギルドは絶対にメグを保護するだろう。万が一にも断る事はないと確信している。
……確認してよかった。こんなちっさい癖に遠慮している。逆に俺が保護しなければ1人でどうするつもりなんだと延々説いてやりたいところだ。
……人に甘えられる環境ではなかったのかもしれないな。ここまでくるといっそ痛々しく感じ、頼むから頼ってくれと願わずにいられなかった。きっと、メグはこのくらいしないと受け入れてくれない。だから、よろしくお願いします、と言いながら見せた安心しきった笑顔に心が揺さぶられるのを感じた。
メグを左腕に抱いてボス部屋を目指す。ダンジョンから出るには、元の道を戻るよりこちらの方が早い。腕に自信がなければ戻った方が安全で確実だが、この階層のボス程度は俺の敵ではない。
ボス部屋の扉の前に来ると、メグは不思議そうに扉を見つめていた。この様子じゃここがダンジョンだという事すら知らなかったと見える。……全く、メグをこの場に置き捨てた奴に殺意を覚える。強力な保護魔術をかけていたとはいえ、俺が来なかったら飢え死んでいてもおかしくなかった。せめて説明くらい……いや、知らない方が幸せかもしれんな。どのみち許そうとは思えないが。
さて、ここで立ち止まっていても意味がない。さっさと先へ進むべく、俺はドアを押し開けた。
「ひっ……!」
腕の中のメグが小さな悲鳴をあげた。この部屋のボスは……ふむ、レオガーのキメラか。見た目だけで子どもが怖がるには十分な魔物ではある。
だがこいつは火力こそ強大だが、攻撃さえ当てられれば中級クラスのパーティなら無理なく倒せる魔物である。メグが怖がる時間を最短にすべく、一瞬でケリをつけてやろう。
メグの珍しいピンクゴールドの髪をそっと撫でて落ち着かせ、強めの結界を張る。万が一にもここまで攻撃はこないだろうが、メグを安心させるためにも念のための処置だった。
「大丈夫だ、すぐ終わる。ここで待ってろ」
「ギルしゃん!? あぶないの!」
心配してくれる声の可愛らしさに笑みが溢れる。強さを示したことはないし、ここで1つ派手にやって安心要素を増やしてやろう。
グッと足に力を込め、一気にレオガーの元へと駆け寄ると同時に刀に手を添える。レオガーが火を吹く予備動作をするが、遅い。
抜刀し、一太刀。鞘に納める。
背後で頭だけになったレオガーの、最初で最後の攻撃が部屋の片隅に向かって放たれ、すぐ力尽きる。頭のない巨体も同時に倒れ込み、ダンジョンの魔物らしく跡形も無く消えて行くのを見届けた。
チラとメグにめをやると、目をまん丸にしてこの光景を見ていた。可愛らしい姿に小さく微笑む。賞賛の眼差しを向けられるのはどこかむず痒いが、嬉しくもあった。
レオガーのドロップ品をさり気なく回収し、メグの元へと駆け寄る。怖いと思う前に倒し、恐怖より驚きを上回らせようという作戦は上手くいったようだった。
加えて少しからかうと、それに気付いたメグの頰が少し膨れる。……ちっとも怖くないぞ。
「じゃあ戻るが……少し隠蔽の魔術をかけさせてもらう」
「いんぺい……?」
「ああ。このままお前を連れてダンジョンから出ると、色々と厄介な事になりそうだからな」
ボスを倒したらもうこの場所に用はない。依頼も同時に遂行した事だし、ダンジョン受付で報告をしてさっさとギルドに戻らねばならない。その際にメグを誰かに見られるわけにはいかなかった。時間を取られるし、メグを捨てた誰かが近くにいる可能性は高いからだ。やむを得ない事情があったにせよ、メグに悪感情を向ける存在がいるのは確かなのだ。
メグの耳飾りの魔術は、正直力を込めすぎだ。余程大事に育てられた箱入り娘と言われればそれも有りなのかもしれないが、メグの痩せた身体や質素な服装からそうとは考えにくい。にも関わらず、ここまで強力な保護魔術を必要とする。となると必然と答えは見えてくる。
メグは、誰かに狙われている。
どんな状況なのか、メグがどんな存在なのか。本来ならしばらくこの街に留まって調べるべきである。メグが放置されたのが数日前なら、手掛かりが消される前に調査するのは常識だ。
だが、メグを連れて調べるのには限界がある。この子を危険に巻き込むのは戸惑われたし、何より早い所安心できる場所で休ませてやりたかった。いつもの単独行動が今回ばかりは悔やまれる。
反省会は後だ。今の俺の任務は、メグを無事にギルドへ連れて行き、それでいて可能な限りここでも情報を集めること。魔術を使えばある程度は集まるだろう。
俺がダンジョンの依頼を解決した事で、メグがいる場所などすぐにバレると思った方がいい。だからその前に、少しでも先手を打ちたい。だからこそギリギリまで居場所を特定されないように、調査中に身元がバレるなどあってはならない。
いつもの依頼なら、オルトゥスのギルナンディオという名前だけで相手に圧力をかけられるから、むしろバレるように動けたが、今回は別。慎重に事を進める必要があるのだ。……腕が鳴る。
誰に依頼されたわけでもない、俺が俺に出した依頼だ。
この道何年だと思ってるんだ。必ず良い成果を出してみせよう。
例えメグが、俺たちにとって良くない存在だったとしても。
そうであると確信が持てるまで、この子を守ろう。それが愚かな事だとしても、俺は俺の信じたように動こうと思う。
しっかり覚悟を決め、隠蔽をかけたメグを抱いてダンジョンの外に出た。
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