side ギルナンディオ 前編
西の隣国にあるダンジョンに魔物が現れない、という話がギルドに届き、たまたま手が空いていた俺が調査しにいくことになった。
そのくらいの調査なら、現地の適当なギルドの奴らに任せても良いと誰も気にも止めなかったんだが、サウラの勘により俺が向かわされることになった。……あいつの勘は侮れない。きっと何かあるのだろうと疑うことさえしないのは、オルトゥスに所属する者なら当たり前の事だった。
早速隣国へ飛び、件のダンジョンについての情報を集める。調べるのに時間は然程かからなかった。わかる事が極端に少ないからだ。
当然近くのギルドにも依頼が行っており、何名かが調査に赴いたという。そこで分かったのは2つ。3階層まで全く魔物が出現せず、罠の類も発動しなかったこと。そしてもう1つは、3階層のボス部屋へ行こうとしても辿り着けず、気付けば外に出ているということ。
まず、ダンジョンというのは常に魔物を生み出す。成長する意志を持った魔力密度の濃い空間がダンジョンだからだ。ダンジョンについては諸説あるが、いわば魔物は餌であり、人を誘っているのではないか、というのが通説である。なぜ人を誘うのかについては今でも専門家の間で意見が多数分かれているんだとか。
そんなわけだから、魔物が出現しないというのは明らかに異常である。2、3日前までは普通に現れていたというのだから、その辺りで何かが起きたのだろう。しかし調べようにも先に進めない。調査は難航しているようだった。
街での調査を終えたら、次は現場だ。結局は自分の足で赴いて自分の目で見てみないことにはなんとも言えない。ダンジョン入り口で名乗り、調査の旨を告げて乗り込んだ。
一歩踏み込んだ時点で違和感に気付く。あり得ないほど静かなのだ。通常でも静かではあるが、生き物が生息している以上、無音になることはない。だというのにこの場では自分の息遣いや鼓動以外は無音と言っても良いくらいだった。
これは、少し気を引き締めなければいけないな。いつも着けているマスクを少し上げた。自然と目つきが鋭くなる。
2階層を歩いていると、突然空気が揺れた。……何かが起こったらしいがそれが何かはわからない。これまで以上に慎重に歩を進めたのだが、先ほどと変わらず魔物はおろか、罠も発動しない。ただ、これまで無音だったダンジョン内に、魔物の気配だけは漂い始めたのがわかった。
噂の3階層に急いだ方が良さそうだ。ボス部屋に辿り着けるかどうか。その辺りの確認を急ごうと思った。
3階層の階段を下る直前、再び空気が揺れた。またしても最初に足を踏み入れた時のような無音が訪れる。一体なんだと言うのだろうか。全く見当がつかない。ただ、この先に答えがあるような、そんな予感がする。僅かに足を速めた。
3階層、ボス部屋まであと少しというところで、異変に気付く。何か、強い魔力を感じるのだ。それでいて巧妙に隠された魔力。俺にはこういった類の魔術の心得があり、それを得意としているからこそ気付けた異変だった。多くの者はこれに気付かず、このまま進んでしまっていただろう。きっと、知らずに主のいないボス部屋に辿り着き、外へと通じる水晶の元へ導かれるように進んでしまう。謎の1つが明らかとなった。
では、その異変の大元を暴こうではないか。巧妙に隠された、魔力の元。それが一体何なのか。かなり自身の魔力を消費しそうだが仕方ない。その存在が強敵だったなら、俺であっても苦戦するかもしれないが、不思議と危険な者ではないという勘が働いた。サウラのように百発百中ではないが、確信のようなものを感じる。
隠蔽を解くにはいくつか方法があるが、今回の場合はひたすら魔力を注ぎ込むことが1番の近道だ。魔力の元に向けてひたすら自分の魔力を注ぐ。感覚として3分の2ほど注いだところで、パァンとガラスが割れるように隠蔽が解かれる。何が出るかと一応身構えていると、予想を超えた存在がそこに横たわっていた。
「……っ子ども!? しかも……エルフか……!?」
驚愕したもののすぐに気を引き締める。なぜなら隠蔽を解いた瞬間、近くに魔物の気配が漂い始めたからだ。恐らく今まで通りにダンジョンが機能し始めたのだろう。感覚でわかった。
これには慌てて結界を張る。俺だけなら全く問題はないが子どもの身を守らなければならないからだ。子どもの事を調べるにしろ、落ち着いてやるにはここらの魔物を駆除しておかなければ。目覚めた時に魔物だらけだと、子どもも怯えるだろう。そう考えた俺はひとまず子どもを結界内に残し、このフロアの魔物を1匹残らず駆除して回った。
子どもの元へ戻るのに然程時間はかからなかった。出かけた時と変わらず、子どもの目が覚める様子は見られない。今のうちに軽く調べておく。
「これか……魔力の元は」
エルフ特有の尖った子どもの耳。エルフ族は子どもに守護の魔術を込めた特殊な耳飾りをつけさせるのが習わしである、とギルドにいるエルフ族であるシュリエに聞いたことがあった。その耳飾りは生涯大切にし、耳から外すことはほぼないらしい。シュリエもシンプルながら強力な魔術が込められた物を身に付けていたな、と思い出す。
この子どもの耳飾りは綺麗な細工がされており、小さな花の造形が繊細でとても美しい。秘められた魔術も非常に強いものだ。親、もしくはこの子に耳飾りを与えた者が、この子をとても大切に思っている事がよく分かる。
「む……『メグ』か。この子の名前だな」
耳飾りの裏側には名前と思われる文字が刻まれている。これも皆ではないがよく刻まれていると聞いた。まあ、子どもが目覚めたら確認してみるとしよう。
その他、魔術を駆使して調べてみたが、子どもにかけられた魔術の類は見当たらない。詳しく分かるわけではないが、俺に見つけられない魔術はないだろう。自慢じゃないが、その分野に関しては自分が世界でもトップレベルであると自負している。
さて、子どもが目覚める前に軽く食べられる物を用意しておこう。魔物は明日の昼前までは湧いて来ないよう術も仕掛けておいたし、幸いにも同じ時間くらいまではこのダンジョンに誰も来ないよう入り口で契約してある。依頼遂行中に、自分の切り札を他者に知られないような処置を申請出来るのだ。まあ、ある程度の等級がなければ得られない許可ではあるが。
こうして子どもが目覚めるまでの間、夕飯の支度をしながらかなり消費した魔力も回復するべく、のんびりとした時間を過ごした。
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