異世界のお約束とやら
「よし、メグ。行くぞ」
「あいっ!」
あいって言っちゃったよ……張り切りすぎると上手く言えないのね、お姉さん学んだよ……だからそんな生温い眼差しを向けないでおくれ。
私としては自分の足で歩く気満々だったんだけど、それだとかなり遅いし、それに合わせて移動する方が疲れるから、との言葉で大人しくギルさんの抱っこ移動を受け入れております。え? 呼び方? 脳内だけだったとは言え長いから省略させていただきましたよ。
衝撃すぎる情報の過多で頭から抜け落ちてたけど……名前、メグで良かったのね。耳飾りに書いてあるって言ってたし、やっぱりそれがこの身体の名前なんだろう。
物凄い偶然ととるべきか、必然ととるべきか。自分でも耳飾りを確認したかったけど、このイヤーカフ、どうやっても取れないんだよね。ギルさん曰く、私を助けてくれる効果とともに外れないような魔術が施されているのだとか。いずれ自分でも取れるようになるとは思うと言ってくれたギルさんだけど、専門外だから込められた魔術も詳しいことはわからないという。
悪いものではない、むしろ良いものである事は確かだと太鼓判を押されたのでそれは良いんだけど……助けてくれる魔術はいつ発動するのだろうか。目覚めたばかりの状態程度は危機のうちに入らなかったのかな。謎だ。
ギルさんの歩くスピードは速い。きっとこの身体だったら全力疾走でようやく追い付くかどうかの速さである。あっという間に目的地に到着した。でも体感で30分ほどかな? 私が歩いてたらその倍以上かかったことだろう……
「……ドア?」
そう、目の前にはドアがあった。岩山に、ドア? 不自然すぎる光景にひたすら首を傾げる。
ギルさんは私の疑問に答えずに、躊躇いなくそのドアを開けた。そしてそのドアの向こうには……
「ひっ……!」
な、な、な、なんかいる——ー!! だだっ広い岩山に囲まれた部屋の中に! なんかおかしいのがいる!!
この生き物を表すならそう、ライオン! ただデカい! 4、5メートルくらいあるんじゃないかな……身体がちっさいから大きく見えるだけかもしれないけど、それにしても大きすぎる。
そして私の知るライオンは頭が一つだし、口から火は吹かない。尻尾は1本だし蛇みたいな顔もない。ちょっと現実逃避してもいいですか……
「大丈夫だ、すぐ終わる。ここで待ってろ」
そんな私を、ポンポンと軽く頭を撫でてから下ろしたギルさんは、何やら魔術を使って私の周りに膜みたいなものを張った。け、結界とかそういうやつだろうか。……じゃなくて!
「ギルしゃん!? あぶないの!」
思わず手を伸ばしたものの見えない膜に遮られてギルさんに手が届かない。そんな私の慌てた様子を見、口角を少し上げてニヒルに笑ったギルさんは、すぐに前を向いてライオンの方へと駆け出した。
ライオンが大きな口を開けて火を吹こうとしている! ギルさん危ない! と叫ぶつもりが。
「ふえ……?」
ギルさんが消えた、と思ったら次の瞬間にはライオンの頭と身体がバイバイしており、火を吹く直前だったからか、切り離されてなお、頭だけのライオンが部屋の片隅に向かって火を吹いている。それも徐々に勢いがなくなり、ついには動かなくなった。そして、どういう原理なのかあんなに大きかったライオンが、流れた血でさえも瞬く間に跡形もなくキラキラと消えていったのだった。
……たぶん、ギルさんがライオンを倒したんだよね。ごめんね、私の実況じゃギルさん駆け出す、ライオン火を吹こうとする、ライオンやられる、程度しかわからないんだよ……! しかし、これだけは断言出来る。ギルさん強っ!
「これでこの階層のボスは倒したから、一気に外へ出られる。まだまだこのダンジョンは続くが、攻略する気はないだろう?」
またしてもとんでもないこと聞いた気がするぞ? えーと、ダンジョン? お約束異世界ワードきたこれ。え? ここダンジョンだったの? ただの岩山じゃなかったんだ……でも、ダンジョンって魔物とか出てくるものなんじゃないのかな? ボスを倒したって言ってたし、いないってわけじゃないよね。
今になってゾッとする。私、本当に危険な場所にいたんだ……この身体じゃ、というか元の身体でも1番弱い魔物だったとしてもやられる自信しかないもん。当然攻略なんか目指すわけもなく、私はブンブンと首を振った。
「じゃあ戻るが……少し隠蔽の魔術をかけさせてもらう」
「いんぺい……?」
「ああ。このままお前を連れてダンジョンから出ると、色々と厄介な事になりそうだからな」
1人でダンジョンに潜ったはずの黒尽くめのお兄さんが、ダンジョンを出た時に幼女を抱えている。……うん、在らぬ疑惑をかけられそうなシチュエーションだ。私としても、助けてくれた命の恩人が変質者扱いされるのはいただけない。了承の意味を込めてコクリと1つ頷いた。
私が頷いたのを見てから、ギルさんの手が宙に円を描くように動いた。フワリと暖かな風のようなものを感じる。どうやら無事に隠蔽の魔術とやらがかけられたようだ。
「出る前に顔を隠させてもらう。普段は誰にも素顔を見られないようにしてるんだ。怖いかもしれないが、我慢してくれ」
おおう、私がギャン泣きしたために、見られたくない素顔を晒させてしまったんだね……申し訳ない。でも、こんなにイケメンなのに隠すなんて勿体無いなぁ、なんてちょっぴり思ったり。けどここはちゃんと謝っておこう。
「ごめんしゃい、ギルしゃん……」
「……お前みたいなやつばっかりなら、俺もわざわざ素顔を隠さなくても良いんだけどな……」
私の謝罪を聞いて、そんな意味深なことを遠い目で言うギルさん。……うん、まあ、色々あるんだな。深くは聞かないでおこう。いつかわかる時が来るかもしれないし。
「この水晶に俺が触れれば一瞬で外に出られる。声は出さないでくれ。さすがに声を出されたら隠蔽が解けるからな」
「わかりまちた!」
くっ、肝心なところで噛むと場が締まらない! ぐぬぬ、と悔しがっているとクスリという小さな笑い声とともに頭を撫でられた。
……子どもって役得。私の持ってる武器は子どもの可愛らしさしかないのだから、少しくらい甘えてもいい、かな? まあ、精神はゴリゴリ削られるけどね!
「行くぞ」
そう言ったギルさんは、右手でマスクを目の下まで上げ、フードを深く被り直してから水晶に手を触れた。眩しい光が溢れ、私は目を閉じ、ギュッとギルさんの服にしがみつくのだった。
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