衝撃につぐ衝撃
「次。お前、名前は」
「え、えっと……」
お兄さんの事を話してもらったんだから次は私だよね。話すのは簡単だけど……結果何もわからない、というのが正直なところである。
そして最初から躓く質問だ。私の名前は
「……わからないのか」
「う……はい」
むーむー唸っていたらギルナンディオさんが助け舟を出してくれた。ってか自分の名前すらわかんないって何さ。幼いって言ってもちゃんと喋れる年齢なのに、自分の名前も言えないなんて事ないでしょうに。……いっそのこと記憶喪失という使い古された設定を使うべきか。そんな事を考えていたら、ギルナンディオさんから驚くべき一言が発せられた。
「……メグ、だな」
「え……」
自分の名前を言い当てられた事に衝撃を受ける。あまりの事に目を見開いて完全停止してしまった。
呆然としていたら、ギルナンディオさんの手が私の耳に触れた。ビックリして思わず硬直してしまう。
「ああ、すまない。これだ、お前の耳飾り。これに『メグ』と書かれているんだ。きっとこれがお前の名前だろうと思ってな」
耳飾りなんてしてたんだ、私。そう思ってそっと耳に触れてみると、確かに付いている。正確な形まではわからないけど、ピアスではなくイヤーカフのようだ。
……あれ? なんとなしに今耳を触ってるわけなんだけど……な、なんか形が変じゃない……? 私のよく知る耳の形より、先が尖ってる気がするんだけど……
ま、さ、か。
異世界特有のあの種族、なんてことない、よねぇ……?
思わず両耳をギュッと握りしめてしまった。……うん、本物だ。
「ああ……心配しなくていい。お前のことは信用できるお前の保護者が現れるまで俺が保護する。途中で放り出したりしないさ。それにギルドにはお前と同じエルフがいるしな」
……今、お前と同じエルフ、とおっしゃいましたよね、ギルナンディオさん。
っぎゃ——ー!? 私、もはや人間ですらないの!? 嘘でしょ!? いたたた、耳を強く握りすぎた! 夢じゃない! そして本物の耳だぁぁぁっ!!
「……最後にもう一つ聞かせてくれ。メグ、お前を保護してくれる大人のアテはいるのか?」
大混乱により私が涙目になりつつ耳を握りしめているのを、哀れむような目をしながらギルナンディオさんがそう言った。よ、よし、ひとまず考えるのは後にしよう。
「いない、でしゅ……たぶん」
たぶん、いないよね……気付いたら一人でここにいたわけだから。それに、もしいたとしてもわからない。
思えば本当にギリギリの状態だった。文字通り右も左もわからない状況で見知らぬ異世界にひとりぼっち。わからないことだらけで不安で、不安で。
身体が元のままの大人だったとしても危機的状況だった。助けが来るだなんて希望、持たないように気を張っていたけど。
本当は誰かにすがりたかった。誰かに助けを求めてた。
じんわりと目に涙が溜まっていく。視界がぼやけていく。
ぽんぽん、と頭を撫でる大きな手に我慢できなくなった私は、声をあげて泣きじゃくってしまった。
「さて、そろそろ行くか」
泣きじゃくる私にタオルを渡したり鼻をかませたり抱っこしてあやしたりという一連のお世話を終え、私が落ち着いた頃、ギルナンディオさんがそう告げた。……お手数おかけしました、とほほ。
「行くって……どこへ?」
「もちろんギルドだ」
「でも……おしごとは?」
「……仕事は終えた。後は帰るだけだから問題ない」
優しい微笑み付きで頭を撫でられる。……ほんの少しの間にかなり表情が、というか纏う雰囲気が柔らかくなったように思う。頭を撫でられるのって気持ちいいなぁ……いつ以来だろう。恋人にされなかったのかって? 私は友だちで終わるタイプなので。けっ。
「メグ。お前もギルドに連れて行こうと思う。ここに残りたい、というのなら別だが……」
「ぜひ、連れて行ってくだしゃい! お願いしましゅ!」
ギルナンディオさんの言葉にかぶる勢いで返事をすると、彼はくくっと声をもらして笑った。……か、からかわれた!
「ギルドにいるメンバーは大体信用出来るヤツらだ。まぁ、そうじゃなきゃメンバーにはなれないわけだが。その中でも特に信用出来るヤツにお前のことを相談しようと思う。……万が一にもギルドに置けなかったとしても、俺が面倒見てやる」
え、ギルドに置いてくれるの? 特級っていうくらいだし、結構入るの大変だったりするんじゃ……しかも無理ならギルナンディオさん直々に面倒みてくれるとか……そんなに甘えていいのだろうか。
「……お前今、そんなに頼っていいのかとか思って遠慮してるだろう」
「あうっ……だって……」
私が黙っていると、おでこを軽く人差し指で突かれながら図星を指されてしまった。……そんなにわかりやすいのかしら。にしても地味に痛くて両手でおでこを抑えるはめになる。
「いいか、お前は子どもだ。自分で色んなことが出来てキチンと考えられるようだが、それとこれとは話が違う。身体も小さいし、体力も魔力もそんなにないように見える。だが、今のお前ならそれが普通なんだ」
ズバズバと正論を言われて眉尻が下がる。わかってる、わかってるよー!
「……だから、もっと頼れ」
頼むから、と困ったように微笑み、手を差しだしたギルナンディオさん。
頼る、か……思えば私は誰かに頼るということをほとんどしてこなかったかもしれない。
父子家庭で育ったから家事は私がしなきゃっていう使命感をどこかで持っていたような気もする。父がいなくなってからは一人で何でもしなきゃいけなかったし、それがなんとか出来ていたから。
職場でも、言われたことを理解してそれ以上をこなそうと必死になって頑張っていたら、色んな方向から頼られるようになって。それが少し嬉しかったから余計に頑張ったせいで、見事立派な社畜になったわけだけど。
人に頼るのって、難しくて、気恥ずかしくて……でも、あったかいんだなぁ。
頼って良いだろうか。この温かい手をとっても許されるだろうか。
私は震える手でギルナンディオさんの手の上に小さな自分の手を置いた。
「はい。……よろしくお願いしましゅ……」
「ああ……まかせろ」
ワシワシと少しだけ荒っぽく私の頭を撫でたその手は、手つきも温度も心地よく感じた。
せっかくこの手を取ったのだから、頼らせてもらおう。だけど、頼りきりはやっぱりしたくない! ギルドに着いたら、私にも出来る事がないか探してみよう。そして、自分でもきちんとお願いしなくちゃ。
さっきまでの沈んだ気持ちがフワフワと浮かび上がってくる。頑張ろう、という気持ちを胸にしたところで、私はこの世界に来て初めて安堵の笑みを浮かべたのだった。
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