いい加減に話をしよう


 おはようございます。ただいま私の時間が一時的に停止しております。


 ふと目覚めたらね? 至近距離にね? 文字通り目の覚めるような美男子の寝顔がありましてね?


「にょっ!?」

「……む」


 変な奇声をあげてしまったものだからお兄さんも一瞬で目を覚ましましてですね。驚きはしたけどすぐに昨日のことを思い出したから、とりあえず朝の挨拶をしたんですよ、ええ。社会人ですから当然ですよね。挨拶は基本です。


「ああ……おはよう」


 そうしたらほんのり微笑んだイケメンの挨拶返しですよ! 昨日から表情がほとんど変わらなかったのに! しかもイケメンの! 微笑み! 至近距離でね!

 ああ……朝からごちそうさまです。動け、私の時間!


 私がぼんやりしていると、お兄さんはどこからともなくタオルを私に差し出してくれた。昨日も思ったけどどこから出したんだろう? 首を傾げていたら、お兄さんも不思議そうに聞いてきた。


「顔、洗わなくていいのか?」

「……? お水、ないでしゅ」


 私が答えるとお兄さんは何かに気付いたかのような表情を浮かべた。次いで発せられた言葉に、私は内心で激しく動揺することになる。


「……魔術、使ったことないのか?」


 きたこれ魔術。異世界説濃厚……


 いやね、わかってたよ? 突然体が小さくなってたっていう驚きの状況だったし、よくわかんない岩山にいるし、そんな可能性もあるよねって思ってたよ! でも確信はなかった。まだ、ここは外国だって可能性もあったんだよ。


「頭の中で水を思い浮かべるんだ。……こうして水を出す」


 異世界説濃厚を通り越して、確定のお知らせです。


 お兄さんは手のひらを上に向けて、なんて事ないように水球を作り出していた。私によく見えるようにと目の前に差し出してくれている。せっかくなので恐る恐る触ってみることにした。


 ちゃぽん……


「うおぉぉぉ……」


 水だ。紛うことなき水だ。人差し指で突いても溢れることなく、球体を維持して浮いている水の塊がとても不思議だった。


「お前もやってみろ」


 私が目を輝かせていたら、残念なヤツを見るような目で私を見ながらお兄さんがそう言った。え、私も出来るの? まじすか? 色んな意味で不安だったけど、とりあえず言われた通りにやってみることに。


 頭の中で水をイメージ。お兄さんのように手の上に出てくるように……

 ふと、身体の奥の方がほんのり暖かくなる感じがしたかと思うと、私の両手のひらの上に小さな水球が出現していた。


「で、できた……!」


 お父さん! 私、魔術ってやつを使ってるよ! いつもの癖で脳内にいる父に自慢する。私が内心で大喜びしていると、生活魔術は誰でも使えるから出来て当たり前だとの説明があった。いやいや、それでも魔術というものに縁がない生活してたんだから、感動するんだよ! まあ、事情を知らないんだから仕方ないけど。今は幼子だから知らなかった、という感じで納得していただきたい!

 興奮しながらもその水で顔を洗う。んー、さっぱり! でも出来ればもっと早く知りたかったよ……具体的には喉カラカラで彷徨い歩いてた時かな!


 それからちょっとお手あら……お花摘みに行ってから帰ってくるとお兄さんはすでに朝食の準備を終えていた。ああ、何から何までこの人は本当に……! 絶対恩返ししよう。この小さな身体で私に出来ることがあるのかはわからないけど、気持ちだけは決して忘れないようにしようと心に決めた。




「そろそろ、互いに話をしようと思うんだが……」


 少し硬めのパンにチーズとハムを挟んだ簡単な朝食を終えると、お兄さんがそう切り出してきた。うん、そうだよね。私が泣いたり寝たりしちゃったからタイミングがなかっただけで、本当なら詳しい事情とか話すべきだったよね。

 私がちゃんと落ち着くのを待ってくれたんだってわかる。もうこの人に足を向けて寝られません。


 さて、真面目な話になりそうだ。私はきちんと座り直してお兄さんの目を見つめながら返事をした。人と話すときは目を合わせないと。


「……まず俺から話そう。俺は『オルトゥス』所属の諜報、まぁ主に情報収集担当だ。今は依頼の関係でここへ来ている」


 オルトゥス? 所属っていうくらいだから何かの組織かな。そして諜報担当……ものすごく納得した。もう見た目からして忍者かスパイっぽいもん。だけど、なんだか物騒な響きだよね……異世界怖い。けどそんなこと言ってられない。情報を少しでも集めなきゃ。わからない事はガンガン聞いてしまおう。では、早速。


「オルトゥしゅ、って、なんでしゅか?」

「む、知らないか……かなり有名なんだが幼子なら知らなくてもおかしくない、のか……? まあいい。『オルトゥス』というのはギルドの名前だ。近隣国でも知らぬ者はいないと言われている特級ギルドで、俺はそこのメンバーだ」


 ギルド……異世界っぽい。じゃなくて、特級ギルド? ギルドに等級があるのかな。「ギルド」っていう単語は小説とか漫画とかで聞いた事があるけど、私の知る知識というかイメージは、冒険者のお仕事斡旋所、みたいなものなんだけど……冒険者の集まりなのかな?

 でも口ぶりからするとその「ギルド」は複数存在してるっぽいし……この世界でのギルドがどういったものなのかがまずわからない。

 だめだ、初っ端から挫けそう。そう思ってショボくれていたら、お兄さんがすかさずフォローしてくれた。


「ギルドもわからないか? ……気にするな。だが俺は説明するのが苦手でな……まあ、仕事場だと思っていてくれ。オルトゥスに来る依頼を、メンバーで手分けして遂行していくんだ」


 ふむふむ。つまり『オルトゥス』っていう会社の諜報、情報を扱う部署のひとりがこのお兄さん、って事でいいのかな。うん、今はそう認識しておこう。私はコクリと首を縦に振った。


「……ああ、そうだ。まだ名乗っていなかったな。俺はギルナンディオという」

「ギルにゃん、でぃ、お……しゃん……」


 めちゃくちゃ噛んだ。猫みたいになった。


「ご、ご、ごめんしゃい……」

「……気にしなくていい。ギルでいいぞ」

「ギルしゃん」


 うまく喋れない口が憎い! ギルナンディオさんが優しくて良かった……!

 せっかくのカッコいい名前なのに! いつか噛まずに言うんだ、とおかしな決意を胸に、再び話を続けることにした。

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