番外編3 地震雷火事王妃

― 王国歴1028年 秋


― サンレオナール王宮 王妃の居室



 ある秋の夜、ミラ王妃は侍女に湯浴みをするようにと口を酸っぱくして説得されていた。


「最近すっかりお腹も大きくなって、入浴するのも一苦労よ。この季節、汗をかくわけでもないのだし……」


「王妃さま、今晩は陛下がお成りですから湯を浴びられないなんていけません」


「ほぇーい」


「ほぇーい、じゃございません。今からご入浴を億劫がってどうなさるのです? これからお腹は益々大きくなられますわよ?」


「分かっているわ」


「それに王妃さま、陛下がお出での夜に湯浴みをされなかったなどとレベッカさんに知られると、明日の朝は王妃さまと私二人揃って大目玉でございます」


「言わなければバレないわよ」


「レベッカさんに問い詰められて、私たちしらを切り通せるわけがございません」


 レベッカは小さい子供がいるので王都の自宅から通っており、日中しか勤めていないのだ。


 ミラも三人目の妊娠であるから前回の経験から、もうすぐ臨月を迎えるにあたって一回りも二回りもお腹が大きくなることは予想できた。最初の懐妊時は少々神経質にもなったが(ミラ自身でなくレベッカ等周りの人間がである)二回目以降は割と余裕を持って出産に臨めている。第一子が王子だったということもある。


 ミラは結局観念して湯浴みも終え、寝衣に着替えてくつろいでいた。


「それにしても陛下は遅いわね。まあしょうがないわ。今朝はエティエンと三人でアメリの見舞いにも行ったし、そうでなくても最近は執務が溜まっているようだし」




 国王はそれでもミラがまだ起きているうちにやって来た。


「ミラ、遅くなってごめん。いいよ、座ったままで」


 彼は長椅子に座っているミラの唇に軽く口付けて彼女の隣に座る。


「無理せず起きていないで先に休んでいても良かったのに」


「昼寝をしたので目が冴えてしまっていて。執務お疲れさま、ゲイブ」


 ミラは国王と二人きりの時や家族だけの時は彼のことをゲイブと愛称で呼んで言葉遣いも少々くだけたものになる。彼女は立ち上がり国王に蒸留酒を注いだグラスを渡した。


「ありがとう。でも酒くらい自分で注げるよ」


「いいのです。あまり動かずにゴロゴロしてばかりいると難産になると脅されているのよ(でも入浴は面倒だけど)」


 ミラは長椅子の国王の隣に座った。


「ゲイブ、聞きたいことがあります」


「何?」


「貴方、側妃をめとろうとお思いなの?」


「ブハッ……そんなわけは……いや……ミ、ミラどうしてそれを?」


 国王はチビチビと飲んでいた蒸留酒にむせた。


「ただ何となくよ。今まで妃はずっと私だけでしたけど、ゲイブは本当にそれで良かったのかな、なんて思って。私には反対する権利もございませんし、側妃に入られる方をいじめるなんていたしませんわよ」


「そ、それは、分かっている。いや、そういう問題ではなくて……」


 国王の慌てぶりを見てどう思ったのか、ミラは真面目な顔で続けた。


「側妃に据える女性方はきちんと選んでください、ゲイブ。見た目やあっちの相性が重要なのもそうですけれど……王位継承権を狙ってエティエンに毒を盛ったり刺客を放ったり、暗殺を企てるような女どもはいくらなんでも私も認めるわけにはいきませんもの」


「それも、分かっている。ってそういう問題でもないし、どうして既に複数形!?」


「別に私はエティエンをどうしても次期国王にと申しているのではないのですよ。正妻腹か、脇腹か、何番目の王子かというのは、貴方や王国貴族院が決めることですものね」


(言葉遣いが丁寧過ぎて怖い! 妊娠しているせいで不安定になっているのか?)


「いや、そ、そんな……」


「側妃の方々とは仲良くお付き合いしていきたいのです、私も。でもいくら仲良くと申しましても、変な病気を貴方さまを介して彼女たちと分かち合うのは嫌ですからね」


「だから側妃は取らないって言っているじゃないか!」


「陛下もまだまだお若いのですし、別に私や実家のルクレール家にご遠慮なさらなくてもよろしいのですよ。特に私が嫁いできてからエティエン誕生までの数年間は周囲の進言にもかかわらず、妃は私だけで十分良くして頂きましたわ」


(ますます怖い……なんで俺はこんな状況に陥ってしまった!?)


「と、とりあえず今は心を落ち着けて、側妃問題など考えるべきじゃない。元気な子を産むことだけに専念しよう」


 国王はミラを恐る恐る優しく抱きしめた。


「そうね、さすがに眠くなってきたわ。そろそろ休みましょうか、ゲイブ」


 ミラは欠伸を噛み殺して国王の胸にもたれかかっている。実は彼女、怒っても拗ねてもいない。当時王太子だった国王に嫁いで来た時に、彼は何人も妃をめとるだろうというのは覚悟の上だったのだ。


(この事態をなんとか収拾せねば……全てはサヴァンのせいだぞ。あいつがいつまでもフラフラしていてデジャルダン嬢とさっさとくっつかないからだ、クソッ)


 国王の自業自得のような気もしないでもない。趣味の悪い冗談がここまで影響するとはアメリも思っていなかっただろう。これが恐妻家の国王が後日リュックを呼びつけて、アメリとすぐにでも婚約しろという王命を下す切っ掛けとなった『少々ややこしい事態』だった。



***ひとこと***

4000PV突破記念に書きました。第二十話の直後のお話です。陛下は王妃さまに頭が上がりません。この二人のお話もいつか書きたいと思っています。

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