番外編2 親思う心にまさる親心

― 王国歴1030年-1036年


― サンレオナール王都



 王太子襲撃事件から一年と少し、怪我が随分と良くなったアメリは王妃付きの侍女として復職した。まだ幼い王太子付きだと彼を追いかけて歩き回ることも多いだろうから、まずは王妃付きでというリゼット女官長の計らいであった。


 リュックの母親ジョアンヌは、将来の伯爵夫人が侍女として働くのは、と最初難色を示した。


 しかし王妃から直々に戻って来てほしいと文が来たので


『まあ貴女は今でも王妃さまのお覚えが目出たくて』


とガラリと態度を変えて快く送り出してくれたのだった。




 リュックはまだしばらくは近衛に戻らず王都警護団に勤めている。彼はアメリと婚約中に伯爵位を継ぎ、その春二人は晴れて結婚した。


 アメリはちゃんと杖なしで自分の足で大聖堂の祭壇前で待つリュックの元まで歩いて行け、感無量だった。アメリと腕を組んで入場した祖父のデジャルダン子爵も涙目になっていた。


「リュック、私の我儘を聞いて今まで待ってくれてありがとう。お陰で夢にまで見た最高の式になったわ」


「お姫様のご要望を叶えて差し上げるのは私の務めですから」


「もう、リュックったら」


「そんでもって今晩は最高の初夜にしてみせますよ、姫」


 彼はウィンクをし、アメリの唇に軽くキスをした。


「周りに聞こえるじゃないの、リュック! ほら、特にすぐそこにジェレミーさまもいらっしゃるのだから! また色々言われるわよ」


「晴れて結婚したんだから別に聞こえてもいいじゃないか」


「リュックのバカァ!」




 そして結婚してしばらくした後、アメリは身籠ったことが分かるとリュックに聞いた。


「ねえお願いがあるの、リュック。この子が男の子でも女の子でも名前はね、」


「ミシェルとつけたいんだろ? いい名前だと思うよ」


「うん、そうなの。ありがとう」


「姫のご希望ですから」


「もう結婚して母親になるのだからいつまでも姫はおかしいわよ」


「だけどアメリはいくつになっても俺のただ一人の姫だから」


 それを聞いてアメリは真っ赤になった。父親のミシェルも


『姫はいつまでも私の小さな姫だよ』


と言うだろう。


「今度の休みにパパとフェリックスに赤ちゃんが出来たって報告しに行かなくちゃね」




 次の年の春、アメリは元気な女の子を出産した。


 跡取りの男子を希望していたかのように思えたジョアンヌだったが、手放しで喜び早くも婆バカぶりを発揮していた。彼女自身は男の子二人の母親で、実は女の子も欲しかったらしく、ミシェルにはメロメロだった。


「ミシェルちゃんは王都一の美人さんでしゅねー!」


 アメリの母親フランソワーズはジョアンヌのはしゃぎぶりに大いに呆れ、いつも彼女を冷めた横目で見ていた。


「私、まだまだお祖母さまなんて呼ばれるのは嫌よ。確かにね、ミシェルは王国一の美人だということは認めるわ」


「ミシェルちゃんはその辺のボンクラには嫁がせませんわよ。王太子殿下は少しお歳が離れているかしら。八、九歳の差くらいなら構わないわね。第二王子殿下はお歳もちょうどいいわ」


 事あるごとに家族にそう言うジョアンヌには皆苦笑する。


「何をおっしゃるのかしらね、前伯爵夫人は。王太子妃なんて堅苦しいだけで何の楽しみもないじゃないの」


「それは今まで奔放に気の向くままに生きてきたフランソワーズさんにとっては王太子妃や王妃の座は居心地悪いでしょうねぇ」


「まあまあ、お二人共。ミシェルはまだまだ赤ん坊ですから……」


 ジョアンヌとフランソワーズのなだめ役は決まってリュックか父親のマルセルだった。


(そう言えばエティエン王太子殿下に求婚されたこともあったわね、私。娘のミシェルの方がよっぽど殿下には歳が近いわよね……ま、そんなことある筈ないけど)


 アメリは一人思い出し笑いをする。




 何よりもアメリは祖父のデジャルダン子爵が涙を流してミシェルの誕生を喜んでくれたのが特に嬉しかった。


 ミシェルを初めて自分の腕に抱いた時に


「フランソワーズの小さい頃を思い出すな……」


としみじみと言った子爵を見たアメリまで涙が出そうになってしまった。


 彼には夭逝したフェリックスを含め四人の孫が居るが、娘のフランソワーズと縁を切っていたせいで四人の乳幼児期を知らないのだ。


「お祖父さま、ミシェルの成長を見守るためにも、いつまでもお元気でいて下さいね」


 アメリの言葉に再び子爵は涙を流した。




 ミシェルは金髪で容姿はリュックにそっくり、勝ち気で意地っ張りな性格は正にアメリ譲りだった。彼女の二つ年上の幼馴染、ギヨームなどは穏やかな性格でいつもミシェルに言い負かされていた。


「ギヨーム、なかないでよ。いいすぎたわ」


「ぼく、泣いてないもん!」


 これがいつもの二人のお決まりのやりとりだった。


 その光景を見るたびにアメリは父のミシェルが


『まるで私の姫の幼い頃を見ているようだよ』


と空の上から微笑んでいるような気がしたのだった。



***ひとこと***

この番外編を書いた理由は色々あります。


1.二人の最初の子供はアメリパパと同じミシェルと名付けたかった。

2.デジャルダン子爵に是非とも曽孫を抱かせたかった。

3.ジョアンヌとフランソワーズにババ対決させたかった。

4.娘のミシェルはアメリそっくりの気の強いしっかりした子になって欲しかった。

5.エティエン王太子殿下、アメリにはフラれましたけど彼女の娘ミシェルはどうですか?


などです。

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