番外編1 隣は何をする人ぞ

― 王国歴1015年-1028年


― サンレオナール王都



 伯爵家の長男として生まれたリュック・サヴァンは学業も苦手ではなかったが、体を動かして剣を振っている方が向いていた。十八で王宮に騎士として勤め出した彼は、学院時代から剣の腕には定評があった為すぐに頭角を現した。


 その甘いマスクに人当たりの良さで女性の間で人気が上がるのにも時間はかからなかった。そして王宮一のモテ男の名をほしいままにしていた。王宮の稽古場で剣を振っていたら女性職員や、出入りを許されている貴族の娘などがわんさと見物に来る。


 しかし、時々見物に来ている女たちの中にあのはしばみ色の瞳を無意識に探していることがあった。昔屋敷の隣に住んでいた少女、アメリのことである。一家が引っ越して行った後もたまにリュックは彼女のことを思い出していた。


 子供の頃、自分が剣を振っている姿を見ては


『リュック、今日は何かいいことあった?』


『もしかして肩が痛いの?』


など的確にその日の彼の調子を言い当てていたあの少女である。


 そして今日の俺の剣を見たらあいつならきっとこう言うだろうな、とか今日は少し思い切りが良くないと言われそうだ、などと想像することもあったのだ。




 アメリの一家のことはリュックの母親は悪いようにしか言ってなかったが、彼は母の言葉は話半分にしか聞いてなかった。


 アメリと兄フェリックスが良く庭で父親と一緒に遊んでいるのは塀越しに聞こえてくるので知っていた。いつも楽しそうな様子だった。


 リュックは何度かミシェルを見掛けたこともあった。アメリと同じ、はしばみ色の目に濃い茶色の髪の男性だった。ある日塀の向こうからボールが飛んできたのをリュックが拾って渡すと、ミシェルに一緒に遊ばないかと誘われた。


「やあ、隣の少年くん、君もやらないかい? 私一人にこの二人だとどうも不利でねぇ」


「パパとリュックが組んだら今度は僕たちが負けるじゃないか!」


「じゃあ私とリュック対パパとフェリックスで!」


 リュック自身は両親にこうして遊んでもらったことなど一度もなかった。




 アメリたちの母フランソワーズが家を出てやもめの伯爵に嫁いだことを、やっと目が覚めて賢明な選択ができるようになって、とリュックの母親は言っていた。リュックはこんなに優しい父親であるミシェルよりどうして年寄りの伯爵の方がいいのか分からなかった。


 それに残された父子三人は裕福でなくても十分幸せそうだった。


 リュックもミシェルに時々誘われると自分も一緒に遊びたいのは山々だったが、母親に隣の敷地に入ったと分かると何を言われるか分かったものではないので、稽古と宿題があるからと断った。




 ガニエ家はフランソワーズに去られた後どんどん負債が嵩んでいき、遂に一家は屋敷を手放すことになった。


アメリはリュックの前では気丈に


『引っ越すことになった』


とだけ告げた。


 そして一家は去りリュックは王宮に上がり、もうアメリが自分の剣を振る姿を見ることはなくなった。それでも居ないと分かっていながら時々何となく鍛錬の合間にあのはしばみ色の瞳を探さずにはいられなかったのである。




 先日王宮の回廊では、もう一人の侍女が彼女をアメリと呼んでいたので思わず振り返ってみると、そこにはすっかり大人の女性になった彼女が居た。


 変わらない豊かな茶色の髪とあの瞳は見間違いようがなかった。


 あまりにも不幸な境遇のアメリに驚き言葉を失ったが、子供の頃と変わらず逆境に負けない強い意志を彼女の瞳に見てとって安心した。


 丁度騎士道大会が近く、自分の剣を見てもらいたくて入場券を渡さずにはいられなかった。


 サヴァン家では代々文官の要職を輩出してきた為、両親の期待はむしろ弟の方へ向けられており、騎士道大会でリュックが好成績を修めようが彼らはあまり感銘を受けているようではない。


 だから実際にはリュック自身は周りの期待に応えないといけないという圧力はあまり感じていなかったのだ。


 むしろ大会当日は観客の中にアメリの姿を確認し、八年ぶりに剣を見せる為に例年以上に緊張していたのは事実だった。


 だから祝賀会で彼女に


『少し余裕がなかった?』


と指摘されて、長い空白があっても彼女には何でもお見通しなのだという意味で『参った』のだった。



***ひとこと***

子供時代から第六話の騎士道大会まで、リュック視点のダイジェストでした。

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