第三十四話 騎士道はやはり一日にしてならず

 騎士道大会の会場は相変わらず女性たちの甲高い声、男性の怒鳴り声に激励にと、大層盛り上がっていた。


 アメリの見るところ、リュックの剣はいつものようにキレが良かったが、少し円熟したというか、落ち着いた感じがした。そして同じように順調に勝ち進んでいたジェレミーと途中あたることなく、決勝対決になった。二人が闘技場の中央に進み出る。


「恋人に無様な姿は見せられないよなぁー」


「今日から婚約者だ」


「まあせいぜい今度は逃げられないようにするんだな」


「もう二度と離さない」


「はいはい。お熱いことで。手加減はしないからな」


「望むところだ」


「はい、そこのお二人、私語は慎んで前に進んでください!」


 ジェレミーは審判の注意も気にせず続ける。


「ところでお前たち、どこまでイった?」


「な、何を!?」


「陽動作戦。お前な、もう少し精神面鍛えないとなー」


「余計なお世話だ。お前はもっと持久力つけろ。煙草やめろ」


「そんなことは勝ってから言え。で、もうヤったのか?」


「お前な、いい加減に……!」


「ルクレール中佐、サヴァン中佐! お静かに! 前に進んで礼!」




「まあ、あの子はルクレール中佐とも仲が良いのね」


「あれを仲が良い、と言うのでしょうか……(どんな話をしているのやら)」


 王妃は一度、適当な理由をつけて他の貴婦人数名とリュックの母親ジョアンヌをお茶に呼んだ。そのお茶会で王妃はアメリが如何に優秀な侍女で王太子に非常に懐かれていてと、何かと彼女を持ち上げる話をジョアンヌに聞かせたらしい。アメリが南部にいた昨年末のことである。


 ジョアンヌはその上リュックにアメリとの婚約の王命が下ったということを聞き、


『貴方たちは二人とも国王一家のお覚えめでたくて』


と上機嫌だったという話だった。


 王妃が年の初めに無事第二王子トーマを出産したというのは、アメリはビアンカからの文で知らされた。トーマ王子の誕生により国王一家も更に賑やかになり、サンレオナール王国全体がお祝いムードに湧いていたのは、王都から遠く離れた南部でも感じられていた。




 リュック対ジェレミーの決勝戦は幕を切って落とされた。両者とも目にも止まらぬ速さで次々と攻撃を繰り出している。そして二人共一歩も譲らず、戦いは長引く。


「で、南部まで……片道一日かけて行って……チューだけで……ハァハァ……帰ってくるわけないよなー?」


「お、お前な……息切れてんのに……しつこいぞ!」


「そういうお前こそ……息切れ、ウグッ……」


「ほら見ろ……油断するからだ!」


(リュック、どうしたの? 疲れてきたにしても剣が乱れているわよ?)


 会場の大声援のお陰で二人が何を言っているのかは周りには聞こえていないようだった。審判ももう注意するのを諦めている。そして最後は疲れの見えてきたジェレミーにリュックが一撃を加え、決着がついた。


「よ、陽動作戦失敗だ……もっと持久力つけろ……ハァハァ」


「うるせぇ……」


 両者握手を交わし、王族桟敷に向かって一礼したのち、リュックは兜を取ってアメリ達の居る席の方へ向かってくる。


 アメリは準備していた小さな花束を持って手すりの前で勝者を迎えた。


「優勝おめでとう、リュック」


「今日の俺の剣、どうだった? デジャルダン先生?」


「絶好調だったけど、決勝戦では何をそんなに動揺していたの?」


「え? い、いや、ちょっと……ルクレールにさ、下らないことばかり言われて……」


「何よそれ。(全く、ジェレミーさまは!)でもね、全体的には以前よりずっと無理な動きが減ったような感じがするわ。警護団で色々揉まれているからかしら?」


「全くお前には敵わないな。守るものができたからだよ」


 その言葉にアメリは微笑み、いたずらっぽい口調で付け足した。


「ふふ、それから剣を振っている時でさえ『アメリ好きスキ大好きオーラ』がだだ洩れよ」


「へぇ? じゃあ態度でも表さないとなぁ」


 リュックは周りの騒音の中で話すために手すりから少し乗り出し、身をかがめていたアメリにキスをした。一瞬で終わるものかと思いきや、リュックはアメリの首の後ろに手をまわして口付けを止めない。しかもだんだん深くなっていく。


 周りの騒音は歓声と、女性ファンの悲痛な悲鳴と、冷やかしが入り混じったものになった。


「マルセル、私たちの若い頃を思い出しますわね」


「ジョアンヌ、私はあそこまで大胆じゃなかったよ」


「ああ、兄上はいいなあ。僕も可愛い恋人が欲しい」


 若かりし頃を懐かしむリュックの両親に、兄が羨ましいクリストフだった。アメリの祖父は苦虫を嚙み潰したような顔をしている。


「全く、最近の若い者は! 所構わず何という……恥を知れ!」


 しかし彼もなんだかんだ言ってアメリが王都に帰ってきてリュックと婚約したことは嬉しく思っているし、リュックが優勝したことは我が事のように喜んでいるのだった。


 そこへジェレミーがいまだにキスをしている二人に近寄り、リュックの頭をバシッとはたいた。


「痛ぇよ、お前」


「もうやだぁ、こんな公衆の面前で!」


「婚約したんだからいいじゃないか。その拗ねた顔も可愛いよ。そそる」


「リュックのバカァ!」


「サヴァン、いつまでもそこで乳繰り合ってないで早く表彰台に上がれ、クロードがイライラしてきてるぞ」


「ち、ちち、何ですって!?」


「ったく、バカップルにつける薬はねえよなぁ。おい、サヴァンさっさと行けよ! アメリ、姉上が計画大成功でご満悦だ。だいぶ元気になったようで良かったな」


「(バカップル?)はい、ありがとうございます」


「一時期はどうなることやらと、やきもきさせられもしたけどな」


「おい、お前も早く来い! それから、人の婚約者を呼び捨てにして馴れ馴れしくするんじゃねぇ!」


「あいつ、また優勝したからって威張ってやがる」


 そしてジェレミーは去り際にアメリの耳にこっそり囁いた。


「俺の貸した本、役に立ってるだろ? お前らもう第二章に入ったか?」


 アメリは真っ赤になって無言で口をパクパクさせるしかなかった。



***ひとこと***

前作「世界」の『第十三話 招待』で生まれる前から王妃に振り回されていた赤ちゃんは王子さまでした。

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