大団円

第三十二話 冬来たりなば春遠からじ

― 王国歴1029年 年初-春


― 王国南部ボション領-サンレオナール王都



「ところで今何時? ボション男爵夫人に夕食までにはアメリを連れて帰ってくれと頼まれてたんだ。ビアンカさんの弟がお前を迎えに行くって言い張るのを代わってもらって、馬車も借りてきた」


 リュックはセドリックに意味ありげに睨まれたことは黙っていた。王妃の言うアメリのモテ期はまだ終わってないようだ。


「じゃあ急いで帰りましょう。男爵夫妻はその、信心深いからか、結婚前の男女交際に厳しい考えを持っているのよ。だからビアンカの妹リナもすぐにでも結婚したいみたいなの」


 二人はきちんと身繕いをしてボション家に帰った。アメリがリュックに付き添われて仲良く帰宅したのを見て、ポールとスザンヌはほっとしたようだった。


「サヴァンさまがわざわざ王都から来てくれたのが無駄足にならずに本当に良かったわね。さあ、皆で食事にしましょうか」


 特にスザンヌはアメリの為に喜んでくれた。少々遅くなった二人のことは咎めず、アメリにはこっそり意味ありげな微笑みを向けていた。


(うっ、おばさま……やだ、恥ずかしい)


 その後、リュックもボション一家と賑やかに楽しく夕食をとった。


「サヴァン様はアメリさんと一緒に王都に戻られたいのは山々でしょうが、今は王都に向かうにつれて雪深くなるし冬の悪路をアメリさんに旅させるのには私は断固反対ですよ」


「そうね。私もそれは心配だわ。途中で吹雪いたら足止めされて大変よ。アメリさんはせめて春までここに居たら? その頃には怪我ももっと良くなっているでしょうし」


 ポールとスザンヌの言うことはもっともである。


「ええ。私も無理できないのは分かっています。それに折角頂けた仕事もすぐに放り出せないですし。ごめんね、リュック」


「分かっているよ。俺も一人でここまで来るのでさえ結構難儀だったからね」


 結局アメリは春のリナの結婚式まではボション領に滞在することとなった。非常に申し訳なかったが、始めたばかりの学校の仕事は後任を募集してもらうことにした。


「ほんの二か月の辛抱だわ」


「うん」


「今度王都に帰ったら、もうどこにも行かないから」


「もちろん。二度と離さないよ」


 そしてリュックはボションの町には二泊しただけで王都に帰って行った。




 南部の春は王都よりも少し早く訪れる。リナの結婚式のためにビアンカは一人で来た。それにしてもクロードが良く来させてくれたものである。


 公爵が男爵家の次女と平民の結婚式に出るわけにはいかないし、公爵様などいきなり現れたら花婿シモンの家族が腰を抜かすだろう。ビアンカが彼を置いてきたというのが正しいのだった。


 ビアンカとの再会をジェラール牧師は殊更喜んだ。教会の前に置き去りにされていた赤子のビアンカを発見したのが彼であるから当然である。


 前回三年前に帰省した時ビアンカはまだ学院生で、クロードにも出会っていなかった。


「お嬢様は王都に行かれてますます立派に、そして前回お会いした時よりもよりお美しくおなりで。いつも旦那様や奥様から聞いておりますよ。ご結婚おめでとうございます。お幸せそうで何よりです」


 ジェラールは涙ぐんでしまった。


「今の私の幸せはジェラール牧師さまに拾われて、それからボション家にもらわれたからこそあるのですわ」


「勿体ないお言葉でございます、お嬢様、いえ公爵夫人」


 ジェラールは更に涙を流し始めた。ビアンカもつられて目に涙が溜まっている。


「まあ、私はここボションの町に戻ってきたら昔のようにただのビアンカです」


 そして二人で泣き笑いしながら昔話に花を咲かせたのだった。




 リナとシモンの結婚式は教会でこじんまりと行われた。が、田舎の小さい町のことである。町中を挙げてのお祝いとなった。簡素だが可愛らしい花嫁衣裳のリナと、黒い礼服のシモンの若い夫婦は見ていて微笑ましかった。ポールはやはり式の時から泣いていたが、リナは遠くへ行くわけでもないのだから、とスザンヌになだめられている。


 式も無事に済み、リナが嫁いで行き、ビアンカとアメリが王都に帰ると急に家の中が静かになる、とポールは寂しそうである。二人は後ろ髪を引かれる思いで王都への帰路についた。


 帰りの馬車の中でアメリとビアンカは久しぶりにゆっくり話が出来た。


「私が貴女をこんなに遠くのボションまで行かせたのはね、実は貴女がサヴァンさまと最後はうまくいくって分かっていたからなの」


「どういうことなの?」


「医療塔の病室で、ボション領に行きたいって言われた時に一瞬未来が見えたのよ。サヴァンさまとボションの町の教会で抱き合っている貴女が」


「えっ……」


(ちょ、ちょっと、その後のことは見てないわよね、この人)


 アメリは顔を赤くした。ビアンカはアメリの慌てた様子には気付かず続けた。


「そうでもなきゃ、絶対にボション領なんて遠い所まで旅立たせなかったわ。貴女を公爵家に軟禁してでも」


「天使の様な微笑みを浮かべながら、怖いことおっしゃるわね、ビアンカさん。リュックが貴女は何もかもお見通しみたいだって言っていたわ。副総裁さまは悪いことなんて出来ないわね」


「うふふ」


「もうそろそろ王都の南門が見えてくるはずね。三か月ちょっとしか離れていなかったのに久しぶりな気がするわ」


「あ、クロードさまが……」


「どうしたの?」


「こちらに向かっていらっしゃるわ……」


 ビアンカは遠くからでも彼の魔力が感じられるのだ。馬車は王都の南門を通過し、しばらく街中を行ったところでいきなり止まった。ビアンカの言った通り、馬にまたがったクロードがそこにいた。


「ビアンカ、お帰り」


「クロードさま! お仕事抜けてきてよろしかったのですか?」


「貴女が帰ってくるのが感じられたから、その、居ても立っても居られなくて……」


「上司がこのような個人的な用事で早退していたら下の者に示しがつきませんわよ」


 早速ビアンカに叱られてクロードはまるでしょげた大型犬のようである。


「まあまあ。ビアンカ、今日くらいは大目に見てあげたら?」


「それは、その、私もクロードさまに一刻でも早くお会いしたい気持ちは同じでしたから……」


 アメリは苦笑した。たった数日離れていただけでこれだ。ビアンカは夫を叱りながらもさっさと馬車を降り、手を引っ張ってもらい既に彼の前に横座りしている。結局そこからビアンカはクロードと馬で帰宅し、アメリは一人馬車で祖父の待つ子爵家へ戻ることになった。


「ここに来る前にサヴァンの奴にも使いをやっておいたから、今晩にでも貴女の所にやって来ると思う」


 クロードは去る前にアメリになんとウィンクまでした。


(ひぇっ、あの副総裁さまにウィンクされちゃった! 超ご機嫌ね……)

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