第三十話 当たって砕けろ

― 王国歴1029年 年初


― 王国南部ボション領



 年が明けると、アメリは町の教会に併設の学校でジェラール牧師の手伝いとして働き始めた。


 一人で移動出来るようにと一頭立てバギーと馬を入手したが、ほとんどセドリックが学業と父親の手伝いの合間にそのバギーで送り迎えをかって出てくれた。


 子供たちに勉強を教えるのは純粋に楽しかった。まだ松葉杖をついているアメリでもあまり不自由はなかったし、生徒たちに色々助けてもらったりしていた。


 学校の仕事の外には、スザンヌやリナと婚礼衣装の仕立てるのに精を出した。




 まだリュックのことを考えると胸が痛んだアメリだった。彼なら大丈夫、警護団でも上手くやっているみたいだし、新しい恋だってすぐに出来るだろう、と自分に言い聞かせていた。


 怪我を治してから、今後どうするかはゆっくり決めればいい、とアメリは思っていた。時が解決してくれることもある。年老いた祖父を一人王都に残してきたのも気になる彼女だった。そのうち笑顔で王都に戻れる日が来るかもしれないから、とアメリはなるべく前向きに考えるように努めた。


 今は一番寒い季節だというのに、この南部の地には雪は降らなかった。たまに少し降ってもまず積もらない。これが王都の凍てつくような寒さだったらアメリの怪我にも応えたろうし、雪や氷に覆われた路面は松葉杖での移動も大仕事だ。




 ある日の午後、生徒たちを帰宅させた後、アメリは教会でセドリックの迎えを待ちながら提出された宿題を見ていた。しばらくして扉が開く音がしたが、アメリは生徒の練習帳に眼を落としたまま顔も上げずに言った。


「セドリック、今日は忙しかったの? あとちょっとでこの頁を見終わるから」


 入ってきた人物は彼女の名前を呼んだ。


「アメリ」


「嫌だわ、最近は幻聴まで聞こえるようになって」


 アメリははぁっとため息をつく。


「アーメーリ?」


 アメリは顔を上げた。彼女の双眼は扉の前に立つ愛しい人の姿を認めた。


「まあ幻覚まで、私も相当重症ね……って。ゲッ本物!?」


「ゲッ、はないだろ。ゲッは。挨拶だな」


 リュックは質素な旅人の装いだった。何だか少し頬がこけて疲れ気味のようである。


「お、お久しぶり、リュック。あの、痩せた?」


「そりゃ痩せるさ! お前な、何も言わずに消えてこんな遠くまで。人の気も知らないで。まとまった休みは中々取れないし」


「……」


 リュックはアメリに近付き、彼女の短い髪に触れた。


「なあ、アメリ。うちの両親の許可が下りたとしたら結婚してくれるか?」


 この私のどこに、リュックみたいな人が懇願してまで結婚したい魅力というか要素があるのだろう、とアメリは答えに詰まった。幸せな結婚生活を続けられる自信もなかった。


「婚姻前契約を結んでくれる? 私に子供を成す能力がないと分かったら他所で作ってください。でもその子は夫婦の養子として育てることが条件」


(私のバカ! ちょっと何言っちゃってんの!?)


「でも、私が跡継ぎを産めたら外で子供は作らないで欲しいの」


 アメリは自分の口を呪った。


(私の為にわざわざ南部まで来てくれて、とか……えっと、せめて何かもっとましなこと言わなきゃ……)


「お前、なんで俺が愛人を作るって大前提で話を進めてんの? 俺はそこまで信用ないの?」


「信用の問題ではなくて、伯爵家継続の問題よ。どこの貴族でも同じで切実よね」


「どうして俺はさぁ、わざわざこの南部まで来て、愛人囲って子供作れだの、そんな話を聞かされないといけないんだ? もういいよ。今晩はこの町に泊まって明日王都まで帰る。じゃあな」


 リュックはくるりと背を向けて教会から出て行こうとした。アメリは彼が自分の人生から去っていく、その背中をぼんやり眺めていた。




 その時、アメリが首に掛けていたビアンカに渡された魔法石が淡い光を発すると共に、彼女の耳に懐かしい声が聞こえてきた。


『私の小さなお姫様は彼女だけの王子様を見つけて、誰よりも幸せになるのだからね』


「……そうね、パパ。私も幸せになりたいわ」


 アメリは立ち上がって松葉杖をつかんだ。これが最後なら、思いをぶちまけてみてもいいではないか。


「イヤだ、リュック。行かないで」


 そして必死に彼を追いかける。振り向いたリュックに、最後の二、三歩は松葉杖も放り出して倒れこむようにしてしがみついた。


「本当は他の女には手も触れてもイヤ! 私が貴方の事だけを想っているように、貴方にも私だけを見ていて欲しいの、うわーん!」


 アメリはほぼ泣き声になってしまった。いきなり抱きつかれたリュックは体勢を立て直し、軽く抱き返した彼女の耳元に囁いた。


「良く言えました」


「ほぇ?」


 アメリは涙が溢れた目をぱちくりさせながら少し体を離す。


「両親も許してくれた。結婚許可証もすぐに下りた。だからまあお前が何と言おうが、馬の背にくくり付けてでも連れて帰るつもりだったんだ」


 リュックはニコニコしながらアメリの唇に軽くキスした。


「それどころか、陛下に呼ばれて『エティエンが本気になる前にさっさと婚約しろ。それに、お前が彼女のことをしっかりつかまえておかないから少々ややこしいことにもなって……』と訳の分かんない王命まで下ったんだよな」


 アメリは未だに目をぱちぱちさせている。


「お前に選択肢はないの。陛下はその婚約しろっていう王命を文書にしたためちゃったし。でも俺としてはちゃんとお前の口から告白を聞きたかったのよ」


「私のこと、めたの?」


「嵌めたとはまた人聞きが悪いね、アメリちゃん。大体お前はいつも口とは裏腹に『リュック好きスキ大好きオーラ』がだだ洩れなんだよ!」


「何よそれ!」


「素直なアメリも可愛かったよ」


 リュックは優しくそっとアメリの腰を引き寄せて抱きしめた。


「ねえ、リュック、きちんと正式に求婚してくれる?」


「あっ、そうだった忘れていた。本当はさ、もっと小ぎれいな格好で求婚したかったけど」


 リュックはそう言いながらも真面目な顔になり、アメリの前にひざまずいた。立派な正装だろうがボロボロに汚れた旅の装いだろうが、リュックはリュックだ。アメリにとってただ一人の人だ。


「アメリ・デジャルダン嬢、どうかこの私に祭壇の前で貴女の手を取る栄誉をお与え下さい」


「はい。リュック・サヴァンさま。一生私の手を離さないで」


「うん、離さない。愛してるよ、アメリ」



***ひとこと***

やっと素直になったアメリ。ここから最後まで糖度高めです。

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