第二十九話 明日は明日の風が吹く
― 王国歴1028年 冬
― 王国南部ボション領
南部への旅は疲れたが余裕を持った旅程だったので、アメリは無事予定通りにボション男爵家へ到着した。屋敷に居たビアンカの母親スザンヌに手厚く迎えられ、怪我に障らないよう、そっと抱きしめられた。
「アメリさん、遠いところよくいらして下さいました。事情は一通り聞いています。長旅で疲れたでしょう?」
「しばらくお世話になります。私も皆さまにお会いできて嬉しいです」
「こんな我が家でよければいつまで居てくれてもいいのよ。今まで頑張ってきた分、ゆっくりして体を休ませないとね」
「ありがとうございます」
ボション一家との再会によりアメリの気分もだいぶ上向きになった。身も心もボロボロだったが、こんなに暖かく迎えて入れてくれる人々がいることが何よりの薬だった。無理に長旅をしてここまでやってきて本当に良かったとアメリは思った。
ジェラール牧師の手伝いは年明けからでよいとのことで年内はボション一家の好意に甘えてのんびりさせてもらうことになった。
スザンヌや、ビアンカの妹リナやジュリアと年越しの準備をしていると楽しくて、アメリの気も大いに紛れた。何かしていると余計な考え事もしなくてすんだ。それが分かっているのか、皆も何かとアメリの体の負担にならないような用事を頼んできた。
ビアンカは良く文を書いて寄こした。動植物と話が出来る彼女は鳥に文を託すので、長距離でも半日で届く。ボション一家はもちろんビアンカの鳥たちと意思の疎通は出来ないが、彼らは賢くて家族がビアンカへの返事を書くのを待ってくれ、それから返事を持ってビアンカの所へ戻って行くのだった。
ビアンカによると、デジャルダン子爵は変わりなく元気だが、アメリが王宮の宿舎に戻ったのではなく、ボション領に来ていることをなんとなく察しているとのことだった。先日書いた手紙の消印から分かってしまったのかもしれない。
リュックのことはいつも何も書かれていなかったし、アメリも聞かなかった。
ただ時々夜一人になるとどうしても彼のことを思い出してしまい、アメリはどうしようもない悲しみに襲われた。春に再会したリュックとのひと時ひと時が懐かしく、胸が痛み度々枕を濡らしてしまう。
ある夜、見兼ねたスザンヌがアメリの部屋に来て話を聞いてくれた。
「彼の幸せを一番に願っているはずなのに、彼が私の隣にいないのがこんなにも辛くて寂しいのです。私って身勝手な女ですね」
スザンヌは優しくアメリを抱き締めてくれた。
「自分勝手でも何でもないわよ。恋をするってそういうものでしょう? とりあえず今は思いっきり泣いて、全てを吐き出してごらんなさい」
「ううう、本当はリュックに会いたいよー! 私だって望んで彼の求婚を断ったんじゃないわよ! うわーん!」
こんな調子でわんわん泣き続けたアメリはしばらくすると少し落ち着いて、今度は子供のように泣きじゃくったのが少々恥ずかしくなってしまったのだった。真っ赤に腫れた目でスザンヌを見つめて謝った。
「おばさま、ごめんなさい。みっともない所を見せてしまって。でも、お陰で少しすっきりしました……」
「良かったわ。私たちはいつもここに居て貴女の話を聞くし、胸も貸すわよ。大丈夫よ」
「はい……」
その夜は久しぶりによく眠れたアメリだった。次の日は案の定、瞼がひどく腫れていたが今までになく気分は良かった。
ジェラール牧師が新しい助手を探していたのは、今まで彼の手伝いだったビアンカのすぐ下の妹リナが辞めるからだった。リナは来年の春にボションの町の商人に嫁ぐことが決まったのだ。
町からの帰りにリナを送ってきた婚約者シモンは誠実で人の良さそうな青年である。
(こうして皆ちゃんとお似合いの相手を見つけて嫁いでいってしまうのね)
少し寂しい気持ちになったアメリだった。ビアンカの弟セドリックに言わせると一番寂しく思っているのは父親のポールだそうだ。
「リナお姉さまには言ったのですよ。ビアンカお姉さまの結婚が決まってまだ日も浅いから、少し待った方がいいのではないかと」
案の定、待ちきれず早く一緒になりたいというリナがシモンを連れてポールに結婚の許しを請うた日には、ポールはいじけてしばらく自室にこもってしまった。
『放っておきなさい。娘が三人も居るのだから当然よ』
心配する子供達に対し、スザンヌはこのように手厳しかったらしい。
アメリはふと、もし父が生きていて自分が嫁ぐ時にはきっと彼もポールのように結婚式では大泣きするだろうなと考えた。
(もし、私にそんな日が訪れたら天国でこっそり泣いてね、パパ)
「あ、ごめんなさい。アメリさんにあまりこんな話をしても……」
「どうして謝るの? 何に対して? 気を遣われる方が嫌だわ。自分が身も心もズタズタだからって人の幸せを妬むわけがないわ。私の大切な人たちのおめでたいことは素直に祝えるわよ」
「僕はアメリさんのそういうところが好きですね」
「そりゃあ私も王都を出た時にはもう二度と笑えない、っていうくらい落ち込んでいたの。それでも人生やめるわけにはいかないじゃない? お腹も空くし、お手洗いにも行きたくなるし」
「うわ、すごく現実的」
「でもそういうものじゃない? ここでの生活は楽しいから、もう悲しみに暮れている暇もそんなにないわ」
「良かった。アメリさんに楽しんでもらえて、僕たちも嬉しいです」
「うん。今日はこれからリナたちが町に買い物に行くの。私も連れて行ってもらうから身支度してくるわ。私、着替えも何もかも人一倍時間がかかるようになってしまったから」
「アメリさん、強いですね」
セドリックはぼそっと呟くが、自分の部屋に向かうアメリの耳には届いていなかった。
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