第二十七話 一難去ってまた一難
その日の夕方、帰宅したリュックは両親にある書類を見せた。それは王都銀行の口座の写しと一通の手紙だった。
「アメリが母上に渡された手切れ金を何に使ったかここに記されています。昔彼女が世話になっていたという孤児院に、匿名で全額寄付する様に取り計らっていますね」
リュックは口座の写しの金額の部分を指差した。
「先日半額の金貨25枚が既にこの手紙と一緒に孤児院に送られ、来月からは毎月金貨2枚ずつ1年間送金されることになっています。残りの金貨1枚は担当者に手数料として支払われたそうです」
リュックが孤児院から借りてきたという手紙には、特に月々の金貨2枚は子供たちの食事の質の向上や、文具やおもちゃの購入に使って欲しいとの要望と、出来るだけ長期間細々と援助をしたかったという意図も綴られていた。
手紙の最後には
『多くの子供たちが輝かしい未来に向かっていけますように。私が少しでも手助けができるなら幸いです』
と一言添えられていた。
「兄上、どうしてこれがアメリさんの字だって分かったのですか?」
「以前彼女から来た手紙の字と同じだからだ。今年の騎士道大会の券を彼女に譲った時わざわざ礼状をくれた。何なら見るか? 今持ってくるぞ」
「いえ、結構ですよ。兄上って、恋文とかまめに保管しておくタイプなのですね」
「クリストフ、頼むからいちいち話の腰を折るのはやめろ」
父親はそう言った。母親のジョアンヌの方は終始無言だった。
「それにしても、王都銀行の我が家の担当者は私が少し脅しただけですぐに口を割りました。金を扱う仕事には向いておりませんね」
「って兄上、貴方がすごい剣幕で迫ったからじゃないですか。これくらいのことなら他にいくらでも調べ上げる手立てはあるっていうのに」
「悪いなあ。俺は頭脳戦は苦手だ」
「分かっておりましたよ、彼女が欲しかったのはお金ではないことは。貴方のためを思って身を引いたことも」
「母上!」
「アメリさんにはその……悪いことをしたと思っております」
「結婚許可証の申請をしてもいいぞ、リュック。母上もまあ、お前のことを思ってしたことだ」
「母上、父上、ありがとうございます」
「お前の熱意には負けたよ」
両親にアメリとの結婚を許してもらえたリュックは早速結婚許可証の申請を済ませた。そして意気揚々とアメリに会いに子爵家へ行く。そこで新たな問題に直面する。
肝心のアメリが居ないのである。デジャルダン子爵は、アメリの様子が少し変だったのは、リュックの縁談を断ったことを引きずっているからだとばかり思っていた。
「先日、数年ぶりに屋敷に顔を出したと思ったら、医療塔を出て宿舎に戻れることになったから挨拶に寄りました、などと言いまして」
「えっ、それは正確にはいつのことですか?」
「はい、あれは確か五日前でした。すぐに帰ると申しました。『お祖父さま、くれぐれもお体を大事になさって下さい。また時々手紙を書きますね』などと、今言われてみればまるで今生の別れの如く去っていったのです」
「医療塔を出たのが一週間前ということは……何処へ行ってしまった?」
「サヴァン殿、あの娘は父親にも母親にも似ず、私そっくりの筋金入りの意地っ張りでして。素直に自分の気持ちが言えず気付いたら遅すぎた、ということが良くあるのです」
「デジャルダン子爵、何事にも遅すぎるということはございません。必ず彼女を連れ戻します」
次にリュックはテリエン伯爵の屋敷を訪ねた。少しでも手掛かりを探し、こうなればなりふり構ってはいられない。
幸い伯爵は留守でリュックはすぐにフランソワーズ・テリエン伯爵夫人に会うことができた。
「今を時めく中佐さまが私に何のご用かしら?」
「アメリの、お嬢さんの行方をご存じありませんか? 医療塔を出た後、宿舎にも子爵家にも帰っていないのです」
心配そうなリュックを値踏みするように見ながらフランソワーズは言った。
「ふうん、あの子もやるわね。それにしてもアメリが言ったのかしら? 私が生みの母親だとご存じなのね」
「ええ、一度舞踏会でお見かけした時に教えてもらいました」
アメリは父親似だが、フランソワーズのふとした仕草や表情がアメリを思い出させた。
「おかしいわね。わざわざアメリが人に言いたくなるほどの母親ではないわよ、私。むしろ恥と思われているくらいだから」
リュックはテリエンの素行を言っていいものかどうか迷った。
「いえちょっと、ご主人とその舞踏会で揉めたことがありまして……それでお母上の再婚相手だと」
「あの人がアメリに声を掛けて無体を働いたとか?」
「まあ、実は、そんなところです」
「あのハゲエロオヤジ、今度毒でも盛ってやろうかしら。あら、今のはただの独り言ですから気になさらないで」
リュックは居心地が悪くなってきた。
「丁度ハゲエロが留守中で良かったわ。自分のことは棚に上げているくせに、私に対してはやたら嫉妬深いったらありゃしない。まあどうせ使用人の口から洩れるでしょうけどね。若い男を屋敷にまで連れ込んだとかなんとか」
アメリの行方が分からないならさっさと退散したいところだった。そのリュックの表情を読み取ったのか、フランソワーズはこう言った。
「父のデジャルダン子爵もあの子がどこへ行ったか知らないのでしょう? わざわざここまでいらっしゃるくらいだから。私が知る筈ないわ。お役に立てなくて申し訳ないですわね。貴方の口ぶりからすると、アメリは自分の意志で姿を消したみたいだけど、何故?」
「その、彼女との結婚を私の両親に反対されていましたので」
「そういうこと。アメリにはもう少し私の無鉄砲さがあってもいいのにね。かと言って私とあの子の父親みたいに強硬手段には出ずに、ちゃんと両家から祝福される結婚をして欲しいわ」
「両親はやっと許してくれました。だから堂々と彼女を迎えに行けます」
「ふうん。でもね、真正面から立ち向かってもあの子は頑なになるだけよ。押してもダメなら時には引いてみることね」
***ひとこと***
アメリママ、娘についてかなり的確な助言をリュックにしています。
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