第二十話 錚々(そうそう)たる見舞客

 怪我から一週間経ち、アメリもようやく寝台の上に体を起こせるまでになった。


 ビアンカから彼女も聞いていたが、国王が王太子を救ってくれた礼を是非言いたいとのことで訪問を受けることになった。


 国王は供を一人だけ連れて現れ、部屋の外に供を残し扉は開けたままアメリと面会した。王妃付きの侍女として国王の姿は何度も拝見することはあったアメリだが、こうして直々に言葉を掛けられるのは初めてだった。しかも彼の方からわざわざアメリの所へ出向いて来たのである。


(心臓に悪い……もうなるようになれだわ)


「デジャルダン子爵令嬢、王太子を体を張って守ってくれたこと、国王として一人の親として心からお礼を言う。あの子がかすり傷一つなく無事だったのは正に貴女のお陰だ」


「陛下、もったいないお言葉です。まだ幼い殿下に、このような苦しい思いをさせずにすんで良かったのです。いいえ、王太子殿下でなくても、小さい子供が痛みに耐える姿を見るのはつらいものです。咄嗟に体が動いただけですわ」


 もし本当に王太子のような幼い子供がこの怪我を負っていたらその苦しむ姿は見ている大人の方も辛いだろう。


「それでも中々誰にでも出来ることではないと思うよ」


「あの、王太子殿下はご自分が狙われたという事実をご存じなのですか?」


「自分が標的にされたということは知らされていない」


「怖がったり、精神的に参ったりなさっていませんか?」


「あの子のことまで心配させてしまって。貴女の怪我のことは非常に気にしている。でも本人はまだ幼いからか、今のところ大丈夫みたいだね。お陰で攻撃自体は目にしなかったし、貴女の怪我も直視してないからかな」


「殿下の心の傷になってないのなら、それでいいのです」


「貴女を始めサヴァンや他の者達の働きがあってのことだよ。ところで貴女に褒美を授けたいのだが、何がいいかな? 何でも言ってごらん」


「何でも、ですか? 私の願いを叶えるのはいくら最高権力者の陛下でも難しいと思われますが」


(いくら国王でも死んだ人間を生き返らせたりできないでしょ!)


「私と王家に出来ることなら何でもいい」


「そうですか……それでは陛下の側妃にして下さいませ」


「そ、側妃ぃ! そ、そういう願いはその、非常に魅惑的ではあるけども……」


 慌てる陛下を冷静に見つめ、アメリは表情を変えずに言った。


「冗談でございます、陛下。何でも、とおっしゃるので言ってみただけです」


「男性に対して容赦ないね、君も」


「良く言われます」


「趣味の悪い冗談が言えるってことは随分と元気になった証拠かな」


 アメリはそこで国王の前で初めて微笑んだ。


「褒美は側妃以外で考えておいて。怪我の治療費などの心配はしなくていいからね」


「お気遣いありがとうございます」


「次はミラとエティエンと共に見舞いに来るよ」




 国王の言葉通り、今度は国王夫妻にエティエン王太子の三人がアメリの見舞いに訪れた。


(私が二階の大部屋で雑魚寝しているとまずいわけだわ……うちの祖父や母ならともかく、こうひっきりなしに高位の貴族や王族が訪れると……)


 王太子の笑顔にアメリは元気づけられた。


「アメリ、助けてくれてありがとう。けががとってもいたいって本当?」


「殿下の元気なお姿が拝見できただけで、痛みなんて吹っ飛んでしまいましたわ」


「アメリ、本当に感謝のしようもないわ。体に障るからって私は貴女の怪我のことも何もかも全て後から知らされたのよ。それでもサヴァンが馬でエティエンを連れて帰った、と聞いた時には非常事態だってことだけは分かったわ」


「ねぇ、アメリはサヴァンとけっこんするの?」


「はい? で、殿下またどうしてそんな話に?」


「だってアメリがけがしたときにサヴァンがさけんでいたよね。『アメリー、好きだぁーあいしてるー!』って。これってぷろぽうずって言うのでしょう?」


「えっ殿下、そんなこと私聞いておりません!」


 アメリは真っ赤になった。国王など『へぇ、そうだったのか』とにやにやしながらうなずき、王妃と目配せし合って面白がっている。


「サヴァンにとつがないのだったらぼくのきさきになって、アメリ。こういう時、男としてはせきにんを取るものなのでしょう?」


 アメリは眩暈めまいがしてきた。ツッコんでいいものやら、幼い子にこんな考えを吹き込んだのは王妃に違いない……国王夫妻はこらえきれずに笑っている。


「そんな、恐れ多いこと。私は王太子妃の器ではございませんわ。側妃で十分でございます」


「ウグッ」


 国王がギクッとして笑顔をひきつらせた。やたらと鋭い王妃が問いかける。


「陛下、どうなさいました?」


「い、いや、何でもないよ」


 国王は目を泳がせている。アメリは彼の方に一瞬目をやった。


「そうですわね、側妃でも私などには荷が重すぎますわ。怪我が治ったらまた殿下の侍女として仕えさせて下さいませ。それが私には分相応でございます」


「うん、分かった。早くもどってきて。アメリがいないとさみしいよ」


「殿下のそのお言葉だけで随分元気になったような気がいたします。ありがとうございます」


「復帰して欲しいのはエティエンだけでなく西宮皆の思いよ。サヴァンに嫁いでも王宮勤めは辞めさせないわ!」


「いえ、ですから王妃さま、サヴァン中佐とはその……」


「要するに王太子妃でも側妃でも侍女でも、とにかく何でもいいから西宮に早く戻っていらっしゃい」


「何でも良くはないと思いますが……」


「あ、そう言えばあの堅物ジェレミーとも結構いい感じになっていたわよね。デジャルダン嬢にモテ期到来ね!」


「モテ期って、王妃さま……」


 アメリは半ば呆れて何も他に言えなかった。



***ひとこと***

エティエン王太子殿下、速攻でアメリにフラれてしまいました。残念でしたね、殿下。もっと歳の近いお似合いの相手はいくらでもいますよ!

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