第二十一話 天知る、地知る

 特別捜査班が犯人一味を追い詰めて捕らえたと、アメリがビアンカから聞いたのは襲撃から十日経ったある日の午後だった。



 この襲撃事件は伯爵位を剥奪されたセルジュ・オージェという男が仕組んだことだった。セルジュの息子グスタヴ・オージェは数年前に領地で違法にケシを栽培、麻薬を製造加工し王都で販売していたことで捕らえられ獄中で自害していたのだ。今上陛下の即位前、まだ先代の王の時代のことである。


 それが原因で国王一家に恨みを持ったセルジュは長年周到な計画を練った。賊やもぐりの呪術師などを雇い、わざわざ王太子が一人になる機会を狙ったという何とも悪質で狂気的な犯罪だった。警護がもっと手薄になりがちな、狩りの間などではなかったことが不幸中の幸いと言えた。王国西部で隣国との小競り合いが始まった、というのも彼による作為的誤報だった。


 その割にセルジュは犯行後国外に逃げるわけでもなく、捜査班に追い詰められても抵抗するわけでもなく、すぐに捕まることは覚悟の上での犯行だったようだ。


 首謀者セルジュは第一王位継承者暗殺を企てたことで、終身刑は免れないだろうというのが大方の見方である。




「とにかくリュックや捜査班の方々が無事で良かったわ」


「つい先ほど皆さん王宮にお着きになって、ただ今陛下に報告中だそうよ。後でサヴァン中佐がこちらにいらっしゃるわ」


「まさか、リュックも疲れているだろうし久しぶりにお屋敷に帰るでしょう」


「いいからいいから。体を拭いて少しお化粧するくらいの時間はあるわよね。今、お湯を持って来るわ」


 ビアンカは非常に楽しそうである。いそいそと病室を出て行った。




 ビアンカの言った通り、さっぱりと身づくろいをしてもらったアメリの元へリュックはやって来た。彼の方はと言うと対照的に護衛服も汚れ、普段はきちんとまとめられている長髪も乱れ、無精ひげに目の下の隈とひどい状態だった。


「アメリ、今まで来られなくてごめん。怪我の具合はどうだ? 髪の毛、焼けてしまったんだな……」


 リュックは彼女の短くなった髪を軽く撫でた。


「私はだいぶ良くなったけど……リュック、任務お疲れさまでした。それにしてもひどい格好ね。いい男が台無しよ」


 アメリは憎まれ口を叩いてしまったが、実はやつれてボロボロになったリュックでも素敵に見える。こんな自分はかなりの重症だとも改めて自覚した。


「馬車の所で俺を突き飛ばしたばっかりに、お前一人がこんな大怪我を負うことになった。一行の責任者として情けないな」


「魔術が見えるだけで使えないなんて意味ないわ、と昔から思っていたの。でもこうして誰かの役に立てて良かったわ。なんて偉そうなこと言ってもね、本当は体が勝手に動いただけなのよ」


「アメリ、俺と王太子殿下を助けてくれて感謝の言葉もないよ」


 リュックは深く頭を下げた。王宮の騎士として誇り高い彼にここまでさせることがかえって申し訳なかった。


「今日はもうお屋敷に帰ってもいいのでしょう? ゆっくり休んでね。ご家族も心配されているわ」


「うん、また来る」


 リュックはアメリの頬に触れ、額に軽いキスをして去っていった。アメリはしばらくぼうっとリュックが出て行った扉を眺めていた。




 リュックと入れ替わるように今度はリゼット女官長が文官を一人連れてやって来た。


「アメリ、どうですか具合は? 今回は色々と大変な目に遭いましたね。逆恨みのとばっちりなんて、全く可哀そうに!」


「リゼットさま、ご心配おかけしました。随分と良くなってきたのですが、まだ普通に歩けるほどまでには。あの、私当然免職されるのですよね……」


「本日はその話をするために参りました。結論から言うと、貴女が今まで通りの仕事に戻れるように回復するまで、現在と同じ給金が王宮から支給されます。そして貴女が元の職場に復帰したい場合にはそう手配いたします」


「まあ、本当ですか? そのような待遇、思ってもみませんでした。リゼットさま、お取り計らいありがとうございます」


「私はまだ貴女が床から出られないうちからこのような話題を持ち出さなくとも、と申し上げたのです。長い間体を起こして込み入った話をするのもまだ疲れるでしょう?」


「ずっと気になっていたことなので、早く聞けて良かったです」


「ええ。どうやら公爵夫人が両陛下に掛け合って下さったようなのです。今後の生活の心配を取り除いて、無理もさせないためにも早めに保障事項を決定してください、と。そして貴女が怪我を治すことに専念できるように、と」


「まあ、そうだったのですね。ビアンカにはお金の心配はするな、と言われていたのです」


「この長々しい保障の書類は気分が良い時にゆっくり読んで、何か質問があるなら給与担当の文官に誰でもいいですから尋ねなさい。署名はそれからでも遅くはありません」


 そして文官に簡単な説明を受けた後アメリはその書類を受け取った。


「私としては貴女のような働き者には是非戻ってきて欲しいですが、回復してもし別の道を選ぶならそれはそれで結構だと思いますよ」


「リゼットさま、転職だなんて、私は今更侍女以外の職には就けませんわ」


(ですから職を変わるのではなくて、どなたか然るべきお方に嫁ぐ道という意味なのですけどねえ)


 リゼットは何も言わず軽く微笑んだ。

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