第十八話 一に看病、二に薬
「アメリ、良かった。気がついたのね?」
アメリは激しい痛みを感じ、うっすらと目を開けると眩しい光が目に入ってきた。
「パパ、フェリックス、何処に居るの?」
「アメリ、ここは王宮の医療塔よ」
ビアンカの声が聞こえているのかいないのか、まだ夢の中にいるようだった。
「どこへ行ってしまったの、パパ? また私を置いていかないで!」
顔をゆがめて痛みに苦しみながらも、体を起こそうとするアメリをなだめて落ち着かせるまでに数分かかった。
やっと状況を把握できたアメリは、王太子とリュックや皆の無事を聞いて安心した表情を見せたものの、
「パパ、フェリックス、どうして私も連れて行ってくれなかったの?」
と空しそうに
翌日ビアンカが昼休みに再び医療塔を訪れると、アメリの部屋の前に彼女の祖父が居る。廊下の椅子に座ったデジャルダン子爵は涙を拭いていた。
ビアンカそっと彼の隣に座り、しばらくしてから彼に話しかけた。
「アメリにお会いになったのですね、子爵さま。今朝はどんな様子でしたか?」
「こ、公爵夫人。あのバカ娘、何とも投げやりになってしまっているのか、何と申しますか……」
ビアンカはそっと彼の背中に触れた。
「私めのことを初めてお
「まあ、そんな。昨日はお父さまとお兄さまを呼んで、自分も一緒に連れて行ってくれとおっしゃっていました」
「十二歳で引き取って以来何の我儘も言わず、最初の頼みが貴族学院ではなく侍臣養成学院に行かせろ、そして二つ目が間もなく死ぬから父と兄の側に埋葬しろ、とはあの娘は全く!」
「辛いご心中お察しいたします。解呪は行いましたが、あまりに強い呪いだったためか、生きる気力を失ってしまわれていて」
「また見舞いに参ります」
「子爵さま、階段の上り下りが大変でしたら昇降機を動かすように申しつけますが」
「公爵夫人、ありがとうございます。しかし、私のことはどうぞお気遣いなく」
子爵は立ち上がってビアンカに深く頭を下げた。
「それよりあの不憫な娘を寝る間も惜しんで看病していただいて……婚姻の儀が済んだばかりの夫人にご面倒をおかけして申し訳ありません」
子爵の後姿を何とも言えない気持ちでビアンカは見送った。
ビアンカがアメリの病室に入ると目は覚ましていたが、彼女は無表情で定まらない視線を窓の外へ泳がせていた。
「アメリ、気分はどう? 体の向きを変えましょうか? 鎮痛剤は必要かしら?」
「薬を飲むと良く休めるのだけど、いつもパパとフェリックスの夢を見て目覚めた時に空しい気持ちになるだけなのよ」
「アメリ……」
「そんな顔しないで、ビアンカ。少々痛くても平気よ」
ビアンカは自分の力不足をひしひしと感じ、たまらない気持ちになった。治癒魔法でも、ここまでひどい怪我は治せない。少し症状を和らげるのが精いっぱいだった。
「白魔術師って言っても肝心な時に役に立てないだなんて……」
次の日、アメリの顔色は少し生気が戻ってきたような様子だった。
「ビアンカ、ここは王宮の医療塔って言ったわよね。そうは思えないくらい清潔で広い部屋なのだけど」
「ここは医療塔の上部、高級貴族専用室よ」
「どおりでこんな豪華な個室なのね。私の身分だと二階の大部屋に入れられるのではなくて? 治療費に加えてこの部屋の滞在費なんかとてもじゃないけど払えないわ」
ビアンカはにっこり微笑んで答えた。
「(アメリがお金の心配をし始めたということはいい兆候よね)陛下の命で貴女はこの特別室に入れられたのよ。治療が済むまで費用は全額王室が負担するとおっしゃって。安心して早く元気にならないとね」
「本当にいいのかしら。もしかしたら私にはもう支払い能力がないものだから子爵家に請求が行ったのかと……」
「アメリ、子爵は純粋に貴女のことが心配でお見舞いにいらっしゃったのよ! 余計なことを考えずに療養して」
「それは分かっているのよ。お祖父さまに昨日は弱気になるな、と叱られたわ」
「貴女のことを本当に気にかけている人はたくさんいらっしゃるのよ」
ビアンカはリュックのことを言おうか少し迷ったが、結局口を開いた。
「サヴァン中佐なんて襲撃の首謀者を捕らえるまではアメリに会わせる顔がないって、騎士団長の許可も待たずに王都警護団に加わって捜査を始めたのよ。伯爵家にもろくに帰ってないとか」
「リュックには無理して欲しくないのに。相手はこれだけ強力な魔法を使うのよ。それにお坊ちゃまのあの人がいきなり叩き上げ集団の王都警護団に乗り込んで、周りと上手くやっていけるとは思えないのだけど……」
「向こうが強力な魔法を使っているから首謀者はおそらく貴族だろうということで、結局特別捜査班が組まれたの。捜査班にはサヴァン中佐に騎士団や魔術院からも何人かが加わったから、そこまで中佐も肩身は狭くないと思うわ」
「とにかく無事でいて欲しいわ。責任感じなくてもいいのに。ところでビアンカ、仕事もあるのにしょっちゅう私についていてくれて大丈夫なの?」
「私の心配はしなくていいのよ」
「それに、副総裁さまはご不満ではないかしら、新妻がろくに屋敷にも戻らないのじゃあ……」
「主人は貴女が私にとってどれだけの存在か理解してくれているから。でも少し寂しそうだけどね。私が仕事帰りの時はたまに廊下で待ってくれているの。さすがに貴女の許可なく部屋に入れるわけにはね」
「私も、副総裁さまのお見舞いなど恐れ多いわ……」
「私はともかく、公爵閣下を一般病棟に出入りさせるわけにはいかないからこの特別室で良かったのよ。あ、両陛下と王太子さまもお見舞いにいらっしゃりたいそうよ。せめて貴女が起き上れるようになってから、とお伝えしておいたわ」
ビアンカが気づいた時にはアメリはうとうとし始めていた。
「少し生きる気力が湧いてきたみたいね。安心したわ」
そっと囁いてビアンカは病室を後にした。
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