怪我

第十七話 王太子襲撃事件

「あーあ、つまんないな。もう王宮にかえらないといけないなんて」


 アメリは王太子の供で離宮から王宮に向かう馬車に揺られていた。


「殿下はもう狩りも釣りも乗馬もと、沢山お楽しみになられたではないですか。また春になったら来られますわ」


「それまでまてないよー、アメリ」


 どうもアメリは同僚の侍女たちから、不機嫌な王太子のなだめ役をいつも押し付けられているような気がした。まあ実際彼女は王太子の機嫌取りが上手ではあった。


 アメリは昔近所の孤児院でたくさんの子供たちの世話をしていたからかもしれない。教会併設の孤児院の経営は大変そうだったから、あまり割のいい仕事ではなかったが。


(ビアンカも小さい子供の相手は上手そうよね、弟も妹も居るから彼女は)


 数日前に国王夫妻、エティエン王太子にマデレーヌ王女が離宮に着いたはいいが、王女が熱を出し、身重の王妃も風邪気味になった。


 その上王国西端の領地で隣国との小競り合いが始まったという情報がもたらされた為、予定を繰り上げて国王夫妻と王女だけ先に王宮に帰ってしまったのだ。


 王太子はもうしばらく離宮生活を楽しみたいとのことで、国王からあと二日だけ滞在することを許されていた。


 王族は生まれた時から常に一緒に居るのは、侍従や教育係といった他人ばかりである。王太子も五歳という幼さながら親と離れても、王宮よりはるかに自由気ままに過ごせる離宮の方が楽しいのだった。


「殿下は活動的でいらっしゃるから乗馬もあっという間に上達されて、私は馬に乗ったことさえございませんから羨ましいですわ。乗馬でしたら王宮の馬場でもお出来になりますよね」


 そんな話をしているとガタンと大きな音がして馬車が急に止まった。


「うわっ、なんだろう」


 その時、馬車の扉を叩く音がしたのでアメリが小窓から覗くと、慌てて様子を見に来たリュックだった。アメリは扉を少し開けた。


「殿下、ただ今前方から数名の賊らしき者どもが襲ってきました。数ではこちらの方が上回っております、殿下はこのまま馬車で待機されますよう」


 扉から顔を少し出したアメリには賊は見えなかったが、馬車横に控えている魔術師が馬車周りの防御壁の前方をより強固にしたのが分かった。


 その時である、馬車後方から何やらおどろおどろしい鈍い光がアメリの視界に入ってきた。彼女はまずい、と思った瞬間


「危ない、後ろ!!」


と叫ぶと共に馬車の足踏みに片足を乗せていたリュックをありったけの力で突き飛ばし、馬車の中の王太子を抱き締め彼に覆いかぶさるかたちで馬車の床にうずくまった。


 鈍い光はその直後、防御壁も突き抜け、アメリの声に咄嗟に魔術師から発された魔法盾で少し威力を減らされたものの、馬車を直撃し半壊させた。


 アメリの不意打ちに地面に尻餅をついたリュックがすぐに立ち上がり


「後方援護!」


と叫び、壊れた馬車の後方から駆けつけて見たものは、背中一面にひどい怪我を負って崩れた馬車の中で倒れているアメリだった。


「アメリ! 殿下!」


「サ、サヴァン……アメリが……」


 アメリにしっかり抱きしめられていた王太子が声を上げた。


「殿下、ご無事ですか?」


 半分気を失いかけているアメリはリュックの手で横向きに地面に寝かされた。彼は王太子がアメリの怪我を直視しないようそれとなく二人の間に入り、急いで彼女に自分の上着を掛けてやる。


「で、殿下は?」


 アメリは少し目を開けて王太子を探しているようだった。その隣に膝をつき、リュックは彼女に話しかける。


「アメリ、しっかりしろ、殿下はご無事だ」


「アメリ、だいじょうぶ?」


 その二人の声を聴いたアメリは『よかった』と口を動かしてそのまま意識を失った。


「アメリ、頼む! 好きだ、愛してる」


 リュックの告白は空しく響き、アメリには届かなかった。リュックは周囲を見渡し、指示を出した。


「グラヴェル少佐、直ちに王宮へ向かえ。騎士団長に報告、援護要請しろ。医療班、解呪に詳しい魔術師もだ」


「はっ」


「侍従用の馬車はやられてないな。デジャルダン嬢をそちらに移してやれ、大怪我を負っている。そっとな」


「中佐、前方の賊も後方の敵も引き上げた模様!」


「クソ、最初からこの一撃が狙いだったのか、許さん!」


 リュックの言うように、彼らはあの魔術攻撃を与えることだけが目的だったらしい。


「王都まで馬で行けば四半刻もかからないな。私は先に殿下をお連れする。タンゲイ魔術師も同行してくれ。私の後、現場の指揮はブレトン少佐に一任する。誰か、殿下が目立たないようにマントでも貸してくれ」


 リュックはアメリの頬に軽く触れた。


「頑張れ、アメリ。助けがすぐに来る」


 そして地味なマントを羽織り顔を隠した王太子と二人馬に乗り、魔術師と共に王宮に急いだ。




 その頃王宮の魔術塔の窓に大鷲が止まり、鳴いてビアンカを呼んだ。鷲の姿を見た途端にビアンカは嫌な予感がし、厳しい表情になり窓に駆け寄った。


「いい子ね、ここまで急いで来てくれて。知らせてくれてありがとう」


 鳥に水をやり労わってやった。


 婚姻の翌朝アメリと別れた時に、彼女が怪我を負っている未来がちらりと脳裏に映ったのだ。それ以降ずっと不安だったビアンカは、この大鷲にアメリを見守るように頼んでいた。


 それからビアンカはまず夫で副総裁のクロードとフォルタン総裁に報告した。クロードはすぐに国王の執務室前に瞬間移動して彼に知らせ、その後彼は鳥に変幻して大鷲に案内されながら襲撃現場へと飛び立った。


 ビアンカは他の魔術師達と共に馬で駆けつけた。援護の騎士達と医療班もそれに続く。


 大鷲のお陰でグラヴェル少佐の早馬が王宮に着くよりも早く救援の一団は出発し、途中リュックと魔術師に守られながら王宮に戻る王太子にすれ違った。


 結局襲撃はあの魔法の一撃で終わり、敵は全て退散したので被害はアメリだけだった。

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